「君さあ。そういうヘコんだときこそ、環出してリセットすべきなんじゃないの?」
「あなたみたいな人でなしにはわからないんだ。この胸の痛みこそが、人の生きる証ではないか!」
今や己の最愛といっても過言ではない甥っ子に「うそつき」「大っ嫌い」などと言われて、リースト子爵ルシウスは深刻なダメージを受けていた。
そこを師匠の魔術師フリーダヤに見つかって、こうしてからかわれているわけである。
そんなわけで、リースト伯爵家の本邸内、四日目の雰囲気はとても微妙だった。
何となく一同、談話室のサロンにいるのだが、会話は少ない。
ヨシュアはずっと機嫌が悪いし、ユーグレンは塞ぎ込んでいる。
その叔父ルシウスも落ち込んでいて、彼らしい覇気が失せて麗しの美貌も翳っている。
フリーダヤにからかわれても言い返す言葉は力ない。
カズンはといえば、昨日の二日酔いで動けない状態から復活して、朝食後は厨房に突撃して魚卵イクラの更なる可能性を探求しに行ってしまった。
「ちょっと提案なんだが、いつまでもここにいないで、王都帰ったほうがいいんじゃねえの?」
ライルの提案に誰も反対しなかった。
もう当初の目的だった鮭の魚卵もそこそこ堪能したことだし、夏のリースト伯爵領は避暑地なわけでもない。
まだ夏休みの8月上旬だったが、王都にいたほうが何をするにも便利だろう。
そもそもが、何日間滞在するなどはっきり決めていたわけでもなかった。
今、ちょうどカズンがリースト伯爵家本邸の料理人たちに混ざって昼食の準備をしているので、子供たちは全員、昼食後に王都に戻ることにした。
昼食はリースト伯爵家ご自慢の『サーモンパイの赤ワインソース添え』だった。
大変美味なご馳走パイなのだが、一同は味わいを楽しむところではない。
特に会話が弾むでもなく、昼食は淡々と終わった。
なお、残りの魚卵はヨシュアが魔法樹脂に封入して、欲しい者には土産としてくれることになった。
持ち帰り組はカズンとライルのみであったが。
ルシウスはリースト伯爵領に残って当主代理を務めるため、しばらくは仕事を片付けているとのこと。
カズン、ヨシュア、ユーグレンの三人はまだ不穏な空気を漂わせたまま。
ライルとグレンは、腫れ物には触らぬで余計な口を挟まず、差し障りのない会話だけしていた。
魔術師フリーダヤの空間移動術で、学生組は夕方前には王都のリースト伯爵家のタウンハウスまで戻ってくる。
フリーダヤは、環が出せるようになったばかりのライルのことをもう少し見たいからと言って、ライル、グレンと同乗してホーライル侯爵家へ向かうという。
伯爵家の家人に確認したところ、一日前に戻ってきていたカズンの父ヴァシレウスは、今日は友人である学園の学園長エルフィンを訪ねる予定だとアルトレイ女大公家から連絡を受けているのことだった。
リースト伯爵領から持ち帰った鮭と魚卵イクラの醤油漬け、山葵などを持って飲みに行っているらしい。
そちらはルシウスが魔法樹脂に封入してあるので、鮮度を保ったまま土産にしていたものだ。
「それなら僕はお父様を迎えに行こう。ユーグレン、おまえは王宮からの迎えをここで待つか?」
「いや、学園に行くなら私も行く。エルフィン先生に新学期のことで確認したいことがあったんだ」
王族ふたりが行くなら、まだカズンの護衛に任じられたままのヨシュアも当然、ついて行くことになる。
「うーむ。王都、何だか寒くないか?」
まだ8月なのに、馬車の中にいても少し肌寒い。
「分厚い雲で曇ってますねえ。今夜は雨が降りそうです」
馬車の窓から空を仰いでヨシュアが天候を読む。
気圧の変化で気温が下がっているらしい。
馬車の中での会話といえば、それきり、誰も喋らなくなった。
「………………」
(き、気まずい)
馬車の中に漂う空気の気まずさにユーグレンは居た堪れなかった。
馬車の中での座席は、ヨシュアがひとり、カズンとユーグレンがふたり並んで座っていた。いつもならヨシュアはカズンと並んでいることが多いのだが、今回はヨシュアから独りで座った。
結局、リースト伯爵家の本邸にいた間は、三人で話し合いなどは何もしなかったのだ。
(このまま先延ばしにするのはきつい。ヴァシレウス様と合流したら、カズンの家で今度こそ話し合いを……!)
そして、できたらその場にはヴァシレウスに同席してもらって、カズンとヨシュアが喧嘩しないよう見守っていてもらいたかった。
「あなたみたいな人でなしにはわからないんだ。この胸の痛みこそが、人の生きる証ではないか!」
今や己の最愛といっても過言ではない甥っ子に「うそつき」「大っ嫌い」などと言われて、リースト子爵ルシウスは深刻なダメージを受けていた。
そこを師匠の魔術師フリーダヤに見つかって、こうしてからかわれているわけである。
そんなわけで、リースト伯爵家の本邸内、四日目の雰囲気はとても微妙だった。
何となく一同、談話室のサロンにいるのだが、会話は少ない。
ヨシュアはずっと機嫌が悪いし、ユーグレンは塞ぎ込んでいる。
その叔父ルシウスも落ち込んでいて、彼らしい覇気が失せて麗しの美貌も翳っている。
フリーダヤにからかわれても言い返す言葉は力ない。
カズンはといえば、昨日の二日酔いで動けない状態から復活して、朝食後は厨房に突撃して魚卵イクラの更なる可能性を探求しに行ってしまった。
「ちょっと提案なんだが、いつまでもここにいないで、王都帰ったほうがいいんじゃねえの?」
ライルの提案に誰も反対しなかった。
もう当初の目的だった鮭の魚卵もそこそこ堪能したことだし、夏のリースト伯爵領は避暑地なわけでもない。
まだ夏休みの8月上旬だったが、王都にいたほうが何をするにも便利だろう。
そもそもが、何日間滞在するなどはっきり決めていたわけでもなかった。
今、ちょうどカズンがリースト伯爵家本邸の料理人たちに混ざって昼食の準備をしているので、子供たちは全員、昼食後に王都に戻ることにした。
昼食はリースト伯爵家ご自慢の『サーモンパイの赤ワインソース添え』だった。
大変美味なご馳走パイなのだが、一同は味わいを楽しむところではない。
特に会話が弾むでもなく、昼食は淡々と終わった。
なお、残りの魚卵はヨシュアが魔法樹脂に封入して、欲しい者には土産としてくれることになった。
持ち帰り組はカズンとライルのみであったが。
ルシウスはリースト伯爵領に残って当主代理を務めるため、しばらくは仕事を片付けているとのこと。
カズン、ヨシュア、ユーグレンの三人はまだ不穏な空気を漂わせたまま。
ライルとグレンは、腫れ物には触らぬで余計な口を挟まず、差し障りのない会話だけしていた。
魔術師フリーダヤの空間移動術で、学生組は夕方前には王都のリースト伯爵家のタウンハウスまで戻ってくる。
フリーダヤは、環が出せるようになったばかりのライルのことをもう少し見たいからと言って、ライル、グレンと同乗してホーライル侯爵家へ向かうという。
伯爵家の家人に確認したところ、一日前に戻ってきていたカズンの父ヴァシレウスは、今日は友人である学園の学園長エルフィンを訪ねる予定だとアルトレイ女大公家から連絡を受けているのことだった。
リースト伯爵領から持ち帰った鮭と魚卵イクラの醤油漬け、山葵などを持って飲みに行っているらしい。
そちらはルシウスが魔法樹脂に封入してあるので、鮮度を保ったまま土産にしていたものだ。
「それなら僕はお父様を迎えに行こう。ユーグレン、おまえは王宮からの迎えをここで待つか?」
「いや、学園に行くなら私も行く。エルフィン先生に新学期のことで確認したいことがあったんだ」
王族ふたりが行くなら、まだカズンの護衛に任じられたままのヨシュアも当然、ついて行くことになる。
「うーむ。王都、何だか寒くないか?」
まだ8月なのに、馬車の中にいても少し肌寒い。
「分厚い雲で曇ってますねえ。今夜は雨が降りそうです」
馬車の窓から空を仰いでヨシュアが天候を読む。
気圧の変化で気温が下がっているらしい。
馬車の中での会話といえば、それきり、誰も喋らなくなった。
「………………」
(き、気まずい)
馬車の中に漂う空気の気まずさにユーグレンは居た堪れなかった。
馬車の中での座席は、ヨシュアがひとり、カズンとユーグレンがふたり並んで座っていた。いつもならヨシュアはカズンと並んでいることが多いのだが、今回はヨシュアから独りで座った。
結局、リースト伯爵家の本邸にいた間は、三人で話し合いなどは何もしなかったのだ。
(このまま先延ばしにするのはきつい。ヴァシレウス様と合流したら、カズンの家で今度こそ話し合いを……!)
そして、できたらその場にはヴァシレウスに同席してもらって、カズンとヨシュアが喧嘩しないよう見守っていてもらいたかった。