翌日、カズンは二日酔いで朝からフラフラだった。
だが、父ヴァシレウスが先に王都に戻るとのことで、何とかシャワーだけ浴びて頭をシャッキリさせた。昨晩は知らないうちに眠ってしまったようで入浴もしていなかったのだ。
軽い朝食を取った後、魔術師フリーダヤの空間転移術で消えていった父を見送ってから、まず、微妙な空気を察知してライルとグレンが逃げた。
「あ、今日は俺たちダンジョン行くんで、飯は要らないです。夜には戻ってくるんでヨロシク!」
そうライルが言って、さっさとグレンを連れていってしまった。
残ったカズン、ヨシュア、ユーグレン、そしてルシウスはサロンルームに移動した。
ソファに座るなり、ヨシュアが恐る恐るというようにカズンに声をかけてきた。
「あの。カズン様、昨晩のことなのですが」
「………………」
「カズン様?」
寝ている。朝食のときも、見送りのときも頭を押さえていたから、二日酔いでダウンしたようだ。
「カズン様。どうせならそのまま……」
ヨシュアがカズンの胸元に手を伸ばした。
指先からヨシュアの魔力が溢れてきて、端から透明な樹脂化していく。
だがヨシュアの魔力と魔法樹脂は、カズンの身体に触れる前に霧散していった。
「な……っ?」
ユーグレンは自分が今見ているものが信じられなかった。
ヨシュアはカズンを魔法樹脂に封じ込めようとしたのだ。
だが魔法樹脂にはセーフティー機能が術式にあらかじめ組み込まれていて、本人の正しい同意なしに生きた人間を封入することはできない。
「ヨシュア」
振り向くと、叔父のルシウスが首を横に振っていた。
それは、魔法樹脂の使い手が決して、してはならないことだった。
「叔父様のうそつき」
「!?」
「何が、『三人でいるとバランスが取れている』なのですか。全然ダメじゃないですか。叔父様なんて大っ嫌いだ!」
「よ、ヨシュア、待て……待ちなさい!」
思いっきり捨て台詞を吐いて、ヨシュアはサロンから足音も荒く出ていってしまった。
「……弱ったな」
ヨシュアを引き止めようと立ち上がりかけた身体を、またソファに預けた。
そして深い深い溜め息を吐いた。
「ルシウス様。昨日のカズンのことなのですが。あれは酒が入ったこともあるのでしょうが、……環が出てましたよね。あれは何かカズンの発言と関係があるのでしょうか?」
躊躇いながらもユーグレンはルシウスに尋ねた。
ルシウスはもうひとつ溜め息を吐いて、姿勢を正しユーグレンのほうを向いた。
「もちろん。ヨシュアがかけていた術を、カズン様の環が解除した。そんなところですね」
「術? ヨシュアが? まさか、王族におかしな術をかけていたということですか!?」
「いや……そんなに大層なものじゃない。子供のおまじない程度の、多愛ないものですよ。子供の頃からヨシュアはカズン様と『ずっと一緒にいたい』と思って、夜寝る前に簡単な儀式をしているのです」
「儀式とは?」
「自分がカズン様の一番でいたい、それを唱えるだけなのですよ。ただ、ヨシュアはとても魔力の強い子なので」
結果的に、カズンには友人が少なく、ライルやグレンと親しくなるまでは実質的にヨシュアしか側にいなかった。
ヴァシレウス大王の末子で現国王テオドロスの弟という王族の一員でありながら、だ。
「ほんの四、五歳くらいの頃からです。子供のおまじない程度の効果しかないから、ご両親のヴァシレウス様やセシリア様も笑って目こぼしされていた。そのままでも、大人になったときヨシュアがカズン様の側近になるのは間違いなかったので」
「……そんなことが」
「あの子は幼い頃からカズン様が大好きでしたが、それがここまで発展するとは、私も含めて周囲の大人たちは誰も思っていなかった。意識が変わり始めたのは、学園に入ってからでしょうか」
それもカズンの母セシリアから、カズンにたくさんの側近候補や婚約の打診が来ていると知らされてからだという。
「恐らく、カズン様がすんなりあなたたち三人での関係に巻き込まれてくれたのは、ヨシュアのおまじないの効果だったかと」
「………………」
ユーグレンは何も言えなかった。
本来なら王族への無許可の術の行使をたしなめるべきなのだろうが、自分だって三人でいた短い期間中、それなりに良い思いをしたからだ。
「私も気づいたのは、随分後になってからのことだったので。もっと早くわかっていれば、ちゃんと欲しい相手が手に入るよう助言したのですが」
「ルシウス様」
咎めるようなユーグレンの視線と口調に、ルシウスが肩を竦める。
「……私は、欲しいものが手に入らなかった男なので。可愛い甥っ子には、幸せになってもらいたかったのですよ」
元々、王家とリースト伯爵家には因縁があって、王家の者はリースト伯爵家の者に惹かれやすい。今回のユーグレンのように。
数代前には、両想いになった王族と、リースト伯爵家の娘もいる。
ただ、大抵はヨシュアの祖父とヴァシレウスのような主従関係に収まっている。
「ユーグレン殿下は、王家とリースト伯爵家の話はどこまで聞いておられますか」
「……それぞれ、勇者と魔王の始祖がいると」
ユーグレンたちアケロニア王族の始祖は、かつて魔王を倒した勇者であり、そして前王家の邪悪な錬金術師ロットハーナ一族を倒したことも含めて勇者の性質を代々受け継いできている。
その勇者の性質のひとつが、人々の本質を見抜くための人物鑑定スキルだ。
この世界では鑑定スキルはとても特殊なスキルで、限られたものにしか発現しない。人から習っても、発現する者としない者が分かれている。
腐敗する王政国家が多いにも関わらず、アケロニア王家は名君や賢君が多数輩出されることで有名だった。
そういうところに、勇者の血筋が現れていると王族は習う。
対するリースト伯爵家の始祖は魔王だ。
世界征服を企むような悪役ではなかったのだが、何しろ強すぎた。
始祖は人類の古代種ハイヒューマンで、古の時代に少し暴れただけで平気で山河の形を変えてしまう。そういう一族だった。
あまりに暴挙が過ぎたので、当時“勇者”の称号持ちだった男に、“魔王”の称号持ちの始祖が懲らしめられる出来事が起きた。
戦いの後、彼らは親友になり、千年以上前に仲良く一族ごと今のアケロニア王国がある地域に移住してきたと伝わっている。
以降、付かず離れずの関係が続いている。
約800年ほど前に、当時アルトレイの家名を名乗っていた勇者の子孫が前王家ロットハーナ一族を倒し、新たな王族となってからも。
その因縁のせいなのか、縁ができるとお互い惹かれやすい。特にユーグレンのように王族側が。
ヨシュアのケースはどちらかといえばレアケースだ。
「私が、三人でいるとバランスが良いと見たことは、今も変わりがない。……ただの友人に戻ったとしても三人の縁が切れることはない」
それだけは保証する、とルシウスが、ヨシュアとよく似た麗しの顔でユーグレンを見つめてきた。
ただし、と更に先を続けた。
「カズン様には環が発現したし、我が甥ヨシュアにも魔術師フリーダヤが何やら助言したようだ。殿下、あなたがこれからもあのふたりと関わるなら、……覚悟しておいたほうがいい」
環使いとなるなら、どこかで王族の責務から離れる可能性がある。
現王家は王族の数がとても少ない。
次世代の王となることが確定しているユーグレンが選ぶには、あまりにもリスクの高い道だった。
だが、父ヴァシレウスが先に王都に戻るとのことで、何とかシャワーだけ浴びて頭をシャッキリさせた。昨晩は知らないうちに眠ってしまったようで入浴もしていなかったのだ。
軽い朝食を取った後、魔術師フリーダヤの空間転移術で消えていった父を見送ってから、まず、微妙な空気を察知してライルとグレンが逃げた。
「あ、今日は俺たちダンジョン行くんで、飯は要らないです。夜には戻ってくるんでヨロシク!」
そうライルが言って、さっさとグレンを連れていってしまった。
残ったカズン、ヨシュア、ユーグレン、そしてルシウスはサロンルームに移動した。
ソファに座るなり、ヨシュアが恐る恐るというようにカズンに声をかけてきた。
「あの。カズン様、昨晩のことなのですが」
「………………」
「カズン様?」
寝ている。朝食のときも、見送りのときも頭を押さえていたから、二日酔いでダウンしたようだ。
「カズン様。どうせならそのまま……」
ヨシュアがカズンの胸元に手を伸ばした。
指先からヨシュアの魔力が溢れてきて、端から透明な樹脂化していく。
だがヨシュアの魔力と魔法樹脂は、カズンの身体に触れる前に霧散していった。
「な……っ?」
ユーグレンは自分が今見ているものが信じられなかった。
ヨシュアはカズンを魔法樹脂に封じ込めようとしたのだ。
だが魔法樹脂にはセーフティー機能が術式にあらかじめ組み込まれていて、本人の正しい同意なしに生きた人間を封入することはできない。
「ヨシュア」
振り向くと、叔父のルシウスが首を横に振っていた。
それは、魔法樹脂の使い手が決して、してはならないことだった。
「叔父様のうそつき」
「!?」
「何が、『三人でいるとバランスが取れている』なのですか。全然ダメじゃないですか。叔父様なんて大っ嫌いだ!」
「よ、ヨシュア、待て……待ちなさい!」
思いっきり捨て台詞を吐いて、ヨシュアはサロンから足音も荒く出ていってしまった。
「……弱ったな」
ヨシュアを引き止めようと立ち上がりかけた身体を、またソファに預けた。
そして深い深い溜め息を吐いた。
「ルシウス様。昨日のカズンのことなのですが。あれは酒が入ったこともあるのでしょうが、……環が出てましたよね。あれは何かカズンの発言と関係があるのでしょうか?」
躊躇いながらもユーグレンはルシウスに尋ねた。
ルシウスはもうひとつ溜め息を吐いて、姿勢を正しユーグレンのほうを向いた。
「もちろん。ヨシュアがかけていた術を、カズン様の環が解除した。そんなところですね」
「術? ヨシュアが? まさか、王族におかしな術をかけていたということですか!?」
「いや……そんなに大層なものじゃない。子供のおまじない程度の、多愛ないものですよ。子供の頃からヨシュアはカズン様と『ずっと一緒にいたい』と思って、夜寝る前に簡単な儀式をしているのです」
「儀式とは?」
「自分がカズン様の一番でいたい、それを唱えるだけなのですよ。ただ、ヨシュアはとても魔力の強い子なので」
結果的に、カズンには友人が少なく、ライルやグレンと親しくなるまでは実質的にヨシュアしか側にいなかった。
ヴァシレウス大王の末子で現国王テオドロスの弟という王族の一員でありながら、だ。
「ほんの四、五歳くらいの頃からです。子供のおまじない程度の効果しかないから、ご両親のヴァシレウス様やセシリア様も笑って目こぼしされていた。そのままでも、大人になったときヨシュアがカズン様の側近になるのは間違いなかったので」
「……そんなことが」
「あの子は幼い頃からカズン様が大好きでしたが、それがここまで発展するとは、私も含めて周囲の大人たちは誰も思っていなかった。意識が変わり始めたのは、学園に入ってからでしょうか」
それもカズンの母セシリアから、カズンにたくさんの側近候補や婚約の打診が来ていると知らされてからだという。
「恐らく、カズン様がすんなりあなたたち三人での関係に巻き込まれてくれたのは、ヨシュアのおまじないの効果だったかと」
「………………」
ユーグレンは何も言えなかった。
本来なら王族への無許可の術の行使をたしなめるべきなのだろうが、自分だって三人でいた短い期間中、それなりに良い思いをしたからだ。
「私も気づいたのは、随分後になってからのことだったので。もっと早くわかっていれば、ちゃんと欲しい相手が手に入るよう助言したのですが」
「ルシウス様」
咎めるようなユーグレンの視線と口調に、ルシウスが肩を竦める。
「……私は、欲しいものが手に入らなかった男なので。可愛い甥っ子には、幸せになってもらいたかったのですよ」
元々、王家とリースト伯爵家には因縁があって、王家の者はリースト伯爵家の者に惹かれやすい。今回のユーグレンのように。
数代前には、両想いになった王族と、リースト伯爵家の娘もいる。
ただ、大抵はヨシュアの祖父とヴァシレウスのような主従関係に収まっている。
「ユーグレン殿下は、王家とリースト伯爵家の話はどこまで聞いておられますか」
「……それぞれ、勇者と魔王の始祖がいると」
ユーグレンたちアケロニア王族の始祖は、かつて魔王を倒した勇者であり、そして前王家の邪悪な錬金術師ロットハーナ一族を倒したことも含めて勇者の性質を代々受け継いできている。
その勇者の性質のひとつが、人々の本質を見抜くための人物鑑定スキルだ。
この世界では鑑定スキルはとても特殊なスキルで、限られたものにしか発現しない。人から習っても、発現する者としない者が分かれている。
腐敗する王政国家が多いにも関わらず、アケロニア王家は名君や賢君が多数輩出されることで有名だった。
そういうところに、勇者の血筋が現れていると王族は習う。
対するリースト伯爵家の始祖は魔王だ。
世界征服を企むような悪役ではなかったのだが、何しろ強すぎた。
始祖は人類の古代種ハイヒューマンで、古の時代に少し暴れただけで平気で山河の形を変えてしまう。そういう一族だった。
あまりに暴挙が過ぎたので、当時“勇者”の称号持ちだった男に、“魔王”の称号持ちの始祖が懲らしめられる出来事が起きた。
戦いの後、彼らは親友になり、千年以上前に仲良く一族ごと今のアケロニア王国がある地域に移住してきたと伝わっている。
以降、付かず離れずの関係が続いている。
約800年ほど前に、当時アルトレイの家名を名乗っていた勇者の子孫が前王家ロットハーナ一族を倒し、新たな王族となってからも。
その因縁のせいなのか、縁ができるとお互い惹かれやすい。特にユーグレンのように王族側が。
ヨシュアのケースはどちらかといえばレアケースだ。
「私が、三人でいるとバランスが良いと見たことは、今も変わりがない。……ただの友人に戻ったとしても三人の縁が切れることはない」
それだけは保証する、とルシウスが、ヨシュアとよく似た麗しの顔でユーグレンを見つめてきた。
ただし、と更に先を続けた。
「カズン様には環が発現したし、我が甥ヨシュアにも魔術師フリーダヤが何やら助言したようだ。殿下、あなたがこれからもあのふたりと関わるなら、……覚悟しておいたほうがいい」
環使いとなるなら、どこかで王族の責務から離れる可能性がある。
現王家は王族の数がとても少ない。
次世代の王となることが確定しているユーグレンが選ぶには、あまりにもリスクの高い道だった。