ユーグレンはもう覚悟を決めていた。
「……はは。ままごとのような関係もこれで終わりか」
「いやだ、いやです! オレは絶対あなたを諦めませんからね、カズン様!」
嘆息するユーグレンに、必死に縋るヨシュア。
「おまえたちこそ、いい加減にしろ! 結局、僕を間に挟んでダシにして、自分たちに都合のいいことやってただけじゃないか」
酒が入って怖いものなしのカズンは無敵だった。
いつもなら場の雰囲気を読んで控えるようなところなのに、まったく遠慮がない。
そして先ほどまで胸元で光っていた環はとっくに消えていた。
「あー言われちゃってますねえ」
「言われてるし……」
こちらは、スモークサーモンのピザを焼いてもらって、ルッコラやスライスした玉ねぎのサラダと一緒に食しているグレンとライルのペアだ。
ピザのお供は酒ではなく、白ワインをごく薄く炭酸水で薄めたソーダだったが。
「せ、せめて、ふたりきりで話す時間が欲しいです。それまでオレはあなたと離れません、絶対離れないですからね!」
「……わかった。お互い納得のいくまで話し合おう。約束する」
何だかシリアスなやりとりをしているカズンとヨシュアだったが、ふたりとも呂律が回っていない。
本人たちは真剣なつもりかもしれなかったが、酔っぱらいどもである。
なにがどこまで本気なのか、わからない。
「あーイクラ美味い。鮭イクラ、ほんとに最高だわ」
しかし余興というならもうちょっとマシなものが見たかったなと、追加の鮭イクラ丼をモリモリ食しながらのライルである。
夏休み前に、カズン、ヨシュア、ユーグレンの三人で将来を決めたと聞いたときも驚いたが、まあまあ上手くやっているとばかり思っていた。
ところが蓋を開けてみれば、とんだ茶番だった。
「痴話喧嘩っつうか、修羅場っつうか」
「まったく、お前たちときたら」
「あれ?」
「ヴ、ヴァシレウス様!?」
まだ続くかと思われた諍いはヴァシレウスが止めた。
呆れたヴァシレウスがカズンを小脇に、ユーグレンを反対側の肩に担ぐ。
あれっ自分まで!? とユーグレンが慌てるも、暴れると肩から落とされそうで大人しくしていた。
無言でルシウスも追随し、甥のヨシュアを横抱きに抱き上げた。
「うむ。まあ、三人で明日までよく話し合うがよい」
そのままひとつの部屋に放り込まれた。ヨシュアの部屋だ。
「話し合えって言われてもなあ……」
ユーグレンが困ったように眉を下げている。
部屋に放り込まれたまま、床の上で頭を掻いた。
ヨシュアはめそめそと泣いているし、カズンは不貞腐れている。
自分もだが、ふたりとも酒が入っていて、とてもじゃないが正気ではない。
そしてどう見ても、カズンとヨシュアは飲み過ぎだった。普段からほとんど酒を飲んでいなかったはずだから、加減がわからず飲んでしまったものらしい。
「むー。まだイクラ、たべたかった」
「カズンさまのばか! イクラとオレ、どっちがだいじなんですか!」
「んん……イクラはイクラ。おまえはおまえ」
「カズンさま、すき」
「ふあっ?」
ヨシュアの語彙が崩壊している。
何やらカズンとふたり、床の絨毯の上で真剣な顔になっているかと思いきや、ヨシュアがカズンに勢いよく抱きついて押し倒していた。
そのままカズンは昏倒して夢の中だ。
「カズンさま。おきて。おきてください」
ヨシュアがカズンを揺さぶっているが、カズンはすぴょーすぴょーと普段たてないようないびきをかき始めて、まるで起きる気配がない。
「おきないならわるいことしちゃうから。カズンさまがないちゃうようないたずらだってしちゃいますから!」
必死にヨシュアが言い募っていたが、カズンが目を覚ます様子は、やはりなかった。
「ヨシュア。君はやりかたを間違えたんだ」
そんなふたりを眺めながら、できるだけユーグレンは冷静な感じに聞こえるような声で言った。
「………………」
カズンを押し倒していたヨシュアが身を起こし、ゆっくりとユーグレンを振り返った。
その銀の花咲く湖面の水色の瞳には、カズンに見せていたような感情の揺れはどこにもなかった。
(カズンの目のないところでは、君はそんな目で私を見るのだな)
ズキッとユーグレンの胸は痛んだが、ヨシュアの新たな側面を知ることができたことには、仄暗い喜びがあった。
「こんな三人の関係なんかに持ち込まないで、恥も外聞も投げ捨てて、カズンが好きだからお前なんかお呼びではない、と私を手酷く振るべきだったんだ」
言いながら、後からなら何とでも言えるよなと、自分でも偉そうなこと言ってるなと内心苦笑のユーグレンだ。
もし本当にヨシュアがそんなことをしていたら、今頃はカズンとユーグレンの間には決定的な亀裂ができていたことだろう。
ユーグレンは学園の高等部に入学して、来襲してきた竜をヨシュアが華麗に倒したときからずっとヨシュアを崇拝していた。
そのヨシュア信仰を、仕方ないなって顔をしながら何年も何年も、一番聞いてくれていたのがカズンだ。
けれど、当のヨシュア本人がこだわっていたのは、そのカズンだったのだ。
この事実を知ったとき、ユーグレンが怒りを覚えたのはカズンに対してだった。
カズン自身はヨシュアの真意なんて、これっぽっちも知らなかったというのに。
「………………」
「でもさ、怖かったんだろう? カズンが他人の思惑に全然興味がないから、自分が拒絶されるのが怖かった。だから私を巻き込んで自分の保身を図ったんだ」
そしてユーグレン自身、カズンがいればこの麗しのリースト伯爵の側にいることが可能になると知って、派閥問題の解消を利用して三人で親しくしようと狡猾な提案をしてきたヨシュアに乗った。
ヨシュアとユーグレンは揃って、カズンを自分の執着のために巻き込んで利用した共犯者なのだ。
「……だから何だっていうんです。不敬だとオレを罰しますか。ユーグレン王子殿下」
「ふ」
しっかり正式な称号付きで名前を呼ばれて、思わずユーグレンの口から笑いがこぼれた。
「君の幸せが私の幸せだ。私はこの関係から身を引く。でも、今後も友人として付き合ってくれるかい?」
言えた。言ってしまった。
ヨシュアのアースアイが驚いたようにユーグレンを見た。
「君と話す前に、カズンを寝かせてこようか。ベッドはどこ?」
「あ、はい、こちらに……」
絨毯の上で眠ってしまったカズンを、ユーグレンは抱き上げた。
カズンの身体はぐんにゃりとした猫みたいで、抱き上げてもまるで抵抗がない。泥酔したまま深い眠りの中のようだ。
ヨシュアに誘導されるまま奥の寝室に連れていき、寝台に横たえた。
「カズンさま。……カズンさま。おねんねですか。オレも」
一緒に、という声が聞こえるか聞こえないかのところで、ヨシュアもカズンが眠る寝台の上に突っ伏していた。
そして、すーすー寝息をたて始めた。
「この酔っ払いどもめ」
行き場のない想いを理性で抑えつけ、ふたりの頭をそれぞれ、優しくぽんぽんと叩いて身を起こす。
少しヨシュアと話をしたかったのだが、カズンと一緒に寝てしまった。わざわざ起こすのも気の毒だ。
食堂に戻ろうかと思ったが、どうにもふたりと離れ難い。
結局、ユーグレンは一晩、ベッドサイドの椅子に座って夜を明かした。
「……はは。ままごとのような関係もこれで終わりか」
「いやだ、いやです! オレは絶対あなたを諦めませんからね、カズン様!」
嘆息するユーグレンに、必死に縋るヨシュア。
「おまえたちこそ、いい加減にしろ! 結局、僕を間に挟んでダシにして、自分たちに都合のいいことやってただけじゃないか」
酒が入って怖いものなしのカズンは無敵だった。
いつもなら場の雰囲気を読んで控えるようなところなのに、まったく遠慮がない。
そして先ほどまで胸元で光っていた環はとっくに消えていた。
「あー言われちゃってますねえ」
「言われてるし……」
こちらは、スモークサーモンのピザを焼いてもらって、ルッコラやスライスした玉ねぎのサラダと一緒に食しているグレンとライルのペアだ。
ピザのお供は酒ではなく、白ワインをごく薄く炭酸水で薄めたソーダだったが。
「せ、せめて、ふたりきりで話す時間が欲しいです。それまでオレはあなたと離れません、絶対離れないですからね!」
「……わかった。お互い納得のいくまで話し合おう。約束する」
何だかシリアスなやりとりをしているカズンとヨシュアだったが、ふたりとも呂律が回っていない。
本人たちは真剣なつもりかもしれなかったが、酔っぱらいどもである。
なにがどこまで本気なのか、わからない。
「あーイクラ美味い。鮭イクラ、ほんとに最高だわ」
しかし余興というならもうちょっとマシなものが見たかったなと、追加の鮭イクラ丼をモリモリ食しながらのライルである。
夏休み前に、カズン、ヨシュア、ユーグレンの三人で将来を決めたと聞いたときも驚いたが、まあまあ上手くやっているとばかり思っていた。
ところが蓋を開けてみれば、とんだ茶番だった。
「痴話喧嘩っつうか、修羅場っつうか」
「まったく、お前たちときたら」
「あれ?」
「ヴ、ヴァシレウス様!?」
まだ続くかと思われた諍いはヴァシレウスが止めた。
呆れたヴァシレウスがカズンを小脇に、ユーグレンを反対側の肩に担ぐ。
あれっ自分まで!? とユーグレンが慌てるも、暴れると肩から落とされそうで大人しくしていた。
無言でルシウスも追随し、甥のヨシュアを横抱きに抱き上げた。
「うむ。まあ、三人で明日までよく話し合うがよい」
そのままひとつの部屋に放り込まれた。ヨシュアの部屋だ。
「話し合えって言われてもなあ……」
ユーグレンが困ったように眉を下げている。
部屋に放り込まれたまま、床の上で頭を掻いた。
ヨシュアはめそめそと泣いているし、カズンは不貞腐れている。
自分もだが、ふたりとも酒が入っていて、とてもじゃないが正気ではない。
そしてどう見ても、カズンとヨシュアは飲み過ぎだった。普段からほとんど酒を飲んでいなかったはずだから、加減がわからず飲んでしまったものらしい。
「むー。まだイクラ、たべたかった」
「カズンさまのばか! イクラとオレ、どっちがだいじなんですか!」
「んん……イクラはイクラ。おまえはおまえ」
「カズンさま、すき」
「ふあっ?」
ヨシュアの語彙が崩壊している。
何やらカズンとふたり、床の絨毯の上で真剣な顔になっているかと思いきや、ヨシュアがカズンに勢いよく抱きついて押し倒していた。
そのままカズンは昏倒して夢の中だ。
「カズンさま。おきて。おきてください」
ヨシュアがカズンを揺さぶっているが、カズンはすぴょーすぴょーと普段たてないようないびきをかき始めて、まるで起きる気配がない。
「おきないならわるいことしちゃうから。カズンさまがないちゃうようないたずらだってしちゃいますから!」
必死にヨシュアが言い募っていたが、カズンが目を覚ます様子は、やはりなかった。
「ヨシュア。君はやりかたを間違えたんだ」
そんなふたりを眺めながら、できるだけユーグレンは冷静な感じに聞こえるような声で言った。
「………………」
カズンを押し倒していたヨシュアが身を起こし、ゆっくりとユーグレンを振り返った。
その銀の花咲く湖面の水色の瞳には、カズンに見せていたような感情の揺れはどこにもなかった。
(カズンの目のないところでは、君はそんな目で私を見るのだな)
ズキッとユーグレンの胸は痛んだが、ヨシュアの新たな側面を知ることができたことには、仄暗い喜びがあった。
「こんな三人の関係なんかに持ち込まないで、恥も外聞も投げ捨てて、カズンが好きだからお前なんかお呼びではない、と私を手酷く振るべきだったんだ」
言いながら、後からなら何とでも言えるよなと、自分でも偉そうなこと言ってるなと内心苦笑のユーグレンだ。
もし本当にヨシュアがそんなことをしていたら、今頃はカズンとユーグレンの間には決定的な亀裂ができていたことだろう。
ユーグレンは学園の高等部に入学して、来襲してきた竜をヨシュアが華麗に倒したときからずっとヨシュアを崇拝していた。
そのヨシュア信仰を、仕方ないなって顔をしながら何年も何年も、一番聞いてくれていたのがカズンだ。
けれど、当のヨシュア本人がこだわっていたのは、そのカズンだったのだ。
この事実を知ったとき、ユーグレンが怒りを覚えたのはカズンに対してだった。
カズン自身はヨシュアの真意なんて、これっぽっちも知らなかったというのに。
「………………」
「でもさ、怖かったんだろう? カズンが他人の思惑に全然興味がないから、自分が拒絶されるのが怖かった。だから私を巻き込んで自分の保身を図ったんだ」
そしてユーグレン自身、カズンがいればこの麗しのリースト伯爵の側にいることが可能になると知って、派閥問題の解消を利用して三人で親しくしようと狡猾な提案をしてきたヨシュアに乗った。
ヨシュアとユーグレンは揃って、カズンを自分の執着のために巻き込んで利用した共犯者なのだ。
「……だから何だっていうんです。不敬だとオレを罰しますか。ユーグレン王子殿下」
「ふ」
しっかり正式な称号付きで名前を呼ばれて、思わずユーグレンの口から笑いがこぼれた。
「君の幸せが私の幸せだ。私はこの関係から身を引く。でも、今後も友人として付き合ってくれるかい?」
言えた。言ってしまった。
ヨシュアのアースアイが驚いたようにユーグレンを見た。
「君と話す前に、カズンを寝かせてこようか。ベッドはどこ?」
「あ、はい、こちらに……」
絨毯の上で眠ってしまったカズンを、ユーグレンは抱き上げた。
カズンの身体はぐんにゃりとした猫みたいで、抱き上げてもまるで抵抗がない。泥酔したまま深い眠りの中のようだ。
ヨシュアに誘導されるまま奥の寝室に連れていき、寝台に横たえた。
「カズンさま。……カズンさま。おねんねですか。オレも」
一緒に、という声が聞こえるか聞こえないかのところで、ヨシュアもカズンが眠る寝台の上に突っ伏していた。
そして、すーすー寝息をたて始めた。
「この酔っ払いどもめ」
行き場のない想いを理性で抑えつけ、ふたりの頭をそれぞれ、優しくぽんぽんと叩いて身を起こす。
少しヨシュアと話をしたかったのだが、カズンと一緒に寝てしまった。わざわざ起こすのも気の毒だ。
食堂に戻ろうかと思ったが、どうにもふたりと離れ難い。
結局、ユーグレンは一晩、ベッドサイドの椅子に座って夜を明かした。