儀式専用室を出て、外で控えていた執事に事情を伝えると、ヨシュアとユーグレンが落ち着いて出てくるまで応接間でお茶を出してくれるとのこと。

 腰を落ち着けて紅茶で喉を潤しながら、世間話に興じていた。

「おいしいところを持っていったなあ。ユーグレン殿下」

 ああいう、いい感じのことをするっと即興で口から出すのはカズンには難しい。
 特にカズンはヨシュアとは親しいから、気恥ずかしくなってしまって。

「ほっほ、次期王太子として先が楽しみですなあ。お母上のグレイシア王太女殿下ほどの覇気がないのを心配しておりましたが、要らぬ世話だったようです」

 先ほどの光景を思い出しながら、魔法魔術騎士団の団長が長い白髭をいじりながら、しきりに頷いている。

「ユーグレンはテオドロスに似たのだ。二代続けて好戦的な国王にならずに済みそうだな」

 カズンの父ヴァシレウスも満足げに頷いている。
 そんな彼も若い頃や在位時代はそれなりに血の気の多い国王として知られていたが、今では落ち着いた貫禄のイケジジだ。

「あれはヨシュアのファンなのだが、ヨシュアの美貌に気後れしてなかなか親しくなれず、随分長いこと悩んでいたようだ」
「そうでしたか……それは、それは」

 団長は昔を思い出すように一度目を閉じた。



「ヨシュアの父カイルも、若い頃から息子とよく似た美貌で、それはそれは多くの者たちから慕われていたものです。ですが、その……美しいのは外側の皮一枚というやつでしてな」
「ああ……ですよね……わかります……」

 しみじみカズンは同意した。
 儚げで優美な美貌に、皆コロッと騙されて、騙されたままなのだ。

 幼い頃から交流のあるカズンは知っている。
 彼がなかなかの野心家で、物事の白黒グレーを絶妙に操る参謀タイプだということを。

 カズンが知るヨシュアの父カイルは、少々偏屈で面倒臭い性格の持ち主だったが、親子だけあってベースの気質はよく似ていたように思う。

「息子のヨシュアも、案外食えない策略家の側面がありますよね」
「そう。リースト伯爵家の男はそのような性格を持つことが多いのです。優れた魔法剣士であると同時にですな。……さて、学園を卒業後は騎士団に入って活躍してほしいものですがのう」

 ヨシュアのように、親から爵位を受け継いだ者にはいくつかの進路がある。
 彼の場合は主に4つ。

 ひとつは、襲名したリースト伯爵として領地運営のみに従事すること。
 リースト伯爵家は魔法の大家として知られていて、魔法剣士の一族である。
 ポーションなどの魔法薬の開発と販売を主要産業として持っている。
 他には領地に大きな河川があって、味の良い鮭が獲れることで有名だった。リースト伯爵領産のスモークサーモンは特に美味で、カズンも父ヴァシレウスも大好物のひとつだ。

 ふたつめは、王都で魔法魔術騎士団へ入団し、魔法剣士の才能を国のために使うこと。
 魔法魔術騎士団は、騎士たちのうち魔力使いを統括している騎士団だ。
 ヨシュアの父カイルは、SSランクの騎士で最高峰のランク保持者として活躍していた。
 騎士団長は同じような活躍を、息子のヨシュアにも望んでいる。

 みっつめは、策略家向きの性格を生かして、政治の道を目指すこと。
 ただこれは、既にヨシュアの叔父が王太女グレイシアの腹心となっている関係上、選択の可能性は低い。

 よっつめは、王族の参謀となること。
 この場合は同年代のユーグレン王子か、王弟カズンいずれかの参謀だ。



「多分、ユーグレン殿下的にはヨシュアを側近にしたいんじゃないかと思うんです。叔父のルシウス様をお母上のグレイシア様が便利に使っているのを見てますからね」

 ヨシュアには、ルシウスという父方の叔父がいる。
 大変有能で多才な男で、そういった長所は甥のヨシュアにもある程度、受け継がれているのだ。

「おや、カズン様の側近ではなくてですかな?」
「そりゃ、側にいてくれたら嬉しいですけど。でも損得を考えたら、やっぱり王子のほうがいいんじゃないかなあって」

 将来的にカズンは母親の跡を継いで大公として、王族の一人として国王と王家を支えていくことになる。
 そのとき、誰を側近として使うべきか。

「……ヨシュアは僕にはもったいない気がします。まだ、二人でそういうことを話し合ったこともないんですけど」

(国内屈指の裕福な伯爵家の新当主。魔法剣士。頭も良ければ顔もいい。有力な身内もいる。僕にはもったいない男だ)

 沈みがちに考え込んでしまったカズンを、父ヴァシレウスがどことなく面白そうな顔で見守っていた。