※お酒は20歳になってから!(ここは異世界です)
翌日の夕食は、ついにカズン念願の鮭の魚卵イクラ実食だった。
リースト伯爵家側でブッフェ形式にしてくれたので、魚卵が好きな者は思う存分、苦手な者はまた別のものを各自でチョイスできるようにしたといったところだ。
なお、鮭といっても種類がある。今回は紅鮭という、特に身の色や味の濃い鮭の季節だった。
「ついに……遂にきた鮭イクラ丼……!」
紅鮭の身は、シェフに表面だけ軽い焦げ目がつくよう炙って薄く削ぎ切りにしてもらい、炊き立てのご飯の上へ並べていく。
そこへ、醤油とだし汁を合わせたものに漬けておいた鮭の魚卵をレードルで思う存分にかけた。
なお、魚卵は普段ならフルーツポンチを入れる硝子の器にたっぷりと満たされて、ブッフェテーブルにでん、と置かれていた。鮮やかな赤色が何とも目に鮮やかである。
最後に、先月滞在していた避暑地の集落からヨシュアが取り寄せておいた山葵のすりおろしを、真ん中にちょこんと小さな円錐形で盛り付けて完成である。
「イクラ丼じゃん! しかも炙り鮭イクラ丼! うっわ、すげえ豪華なの来た!」
「だろう? そうだろう、ライル! 僕はこれが食べたかった! 食べたかったんだー!!」
ウワーハハハ! とテンション高めで笑い合っているカズンとライルを眺めつつ、他の者たちは少し及び腰だった。
「う、ううむ……カズン様が大丈夫と言うのだから問題ないのだろうが……」
「少し躊躇いますよね、叔父様。だってこの魚卵って……」
リースト伯爵領の者たちは皆、鮭が大好きだ。
だがそれは、あくまでも身のことであって、腐りやすいからと昔から廃棄し続けてきた魚卵のことではなかった。
昔は氷の魔石で冷やす技術もほとんどなかったからで、今は冷凍や冷蔵保存できる時代とはいえ。
「うっま! まさかこの世界でイクラ丼とか!」
「うん、間違いなく鮭イクラ丼。間違いないと思ってたけど本当に間違いなかった!」
二人だけで盛り上がっているカズンとライル。
食した経験がないせいで、ヨシュアやユーグレン、ルシウス、グレンも丼を前にして固まっている。
「おお。本当だ、これはなかなか」
ヴァシレウスが思い切ってスプーンで一口食し、カズンと同じ黒い瞳を輝かせている。
「これはワインの白……いや、ライスワインだな。辛口のやつが合いそうだ」
「ヴァシレウス様がそう仰るなら」
逃れられそうにない。
一同、覚悟を決めて鮭イクラ丼を口に運んだ。
鮭の魚卵単体を未加工のまま、そのまま食すわけではないのが、良かった。
あらかじめ醤油で漬けておいたことで、独特の風味のある醤油で食べる鮭。そんな感じだった。
(本当だ。カズン様の言う通り間違いなかった!)
「カズン様、カズン様。これ、鮭の魚卵、美味しいです」
「だろう? こんなに美味いもの捨ててたなんてもったいなかったよな?」
このようにして、ヨシュアの“カズン信奉度”は上がっていく。
そして相手への執着の度合いも。
「ヴァシレウス様、ライスワインです。……いや、これは驚きました。まさかの美味」
キンキンに冷えた酒瓶を抱え、グラスをヴァシレウスに差し出しながらルシウスが苦笑している。
むしろ魚卵イクラのほんのり苦味のある味が、醤油漬けにすると珍味に変わる。
そこへ日本酒もといライスワインを合わせると、酒飲みには堪らない。
「ルシウス、お前の物品鑑定でも問題ないのだろう?」
「ええ、特に人体に害はないようです。『好きな人は好きな味』などと補足に表示されてますけどね」
しかし残念ながら、ユーグレンとグレンはどうしても感触が苦手で受け付けなかった。
鮭の身は問題なく食せたので、身の炙り焼きだけの丼を作り直してもらう。
鮭だけなら、他にレモンステーキなどもあるので、そちらを楽しむことにする。
「む? 随分減りが早いな。ヴァシレウス様、まだお飲みに」
なりますか、と言おうとしたルシウスがライスワインの瓶の先を見て固まった。
「おさけ。はじめてのんだけどおいしいです。ルシウスさま」
えへへと、顔を緩ませ紅潮させたカズンがいた。
「カズン様!? あなたに酒はまだ早い!」
「もうのんじゃいましたもーん」
お目付役はどこへ行った、とルシウスが室内を見回すと、カズンの背中に隠れるようにもたれかかって、こちらもグラスでライスワインを口にしていた。
あまり顔色に変化はないが、銀の花咲く湖面の水色の瞳は、とろん、と蕩けている。
「あ、申し訳ありません。私も一杯いただいてしまいました」
こちらは特に崩れていないユーグレンが、申し訳なさそうな顔をしている。
春生まれの彼はとっくにこの国の成人年齢の18歳で、王族として会食の機会も多いため酒には慣れている。
ちなみにヨシュアは初夏生まれで、彼も既に18歳。けれど普段の魔力使いの修行の妨げになるからと、ほとんど飲んでいなかったはずだ。
そして、カズンは冬生まれでまだ17歳。酒はこの国では18歳から! まだ早い!
カズンとヨシュアは、ふふふ、あはは、と意味もなく笑い合っている。
その様子は子供の頃からよく見る光景で、今もなかなか可愛らしかったが、どう見てもただの酔っ払いである。
呆れながらもルシウスは部屋の壁際に控えていた執事に、酔い覚まし用のポーションを持ってくるよう命じた。
この子供たちの飲酒が、まさかの悲劇の始まりとなるのである。
翌日の夕食は、ついにカズン念願の鮭の魚卵イクラ実食だった。
リースト伯爵家側でブッフェ形式にしてくれたので、魚卵が好きな者は思う存分、苦手な者はまた別のものを各自でチョイスできるようにしたといったところだ。
なお、鮭といっても種類がある。今回は紅鮭という、特に身の色や味の濃い鮭の季節だった。
「ついに……遂にきた鮭イクラ丼……!」
紅鮭の身は、シェフに表面だけ軽い焦げ目がつくよう炙って薄く削ぎ切りにしてもらい、炊き立てのご飯の上へ並べていく。
そこへ、醤油とだし汁を合わせたものに漬けておいた鮭の魚卵をレードルで思う存分にかけた。
なお、魚卵は普段ならフルーツポンチを入れる硝子の器にたっぷりと満たされて、ブッフェテーブルにでん、と置かれていた。鮮やかな赤色が何とも目に鮮やかである。
最後に、先月滞在していた避暑地の集落からヨシュアが取り寄せておいた山葵のすりおろしを、真ん中にちょこんと小さな円錐形で盛り付けて完成である。
「イクラ丼じゃん! しかも炙り鮭イクラ丼! うっわ、すげえ豪華なの来た!」
「だろう? そうだろう、ライル! 僕はこれが食べたかった! 食べたかったんだー!!」
ウワーハハハ! とテンション高めで笑い合っているカズンとライルを眺めつつ、他の者たちは少し及び腰だった。
「う、ううむ……カズン様が大丈夫と言うのだから問題ないのだろうが……」
「少し躊躇いますよね、叔父様。だってこの魚卵って……」
リースト伯爵領の者たちは皆、鮭が大好きだ。
だがそれは、あくまでも身のことであって、腐りやすいからと昔から廃棄し続けてきた魚卵のことではなかった。
昔は氷の魔石で冷やす技術もほとんどなかったからで、今は冷凍や冷蔵保存できる時代とはいえ。
「うっま! まさかこの世界でイクラ丼とか!」
「うん、間違いなく鮭イクラ丼。間違いないと思ってたけど本当に間違いなかった!」
二人だけで盛り上がっているカズンとライル。
食した経験がないせいで、ヨシュアやユーグレン、ルシウス、グレンも丼を前にして固まっている。
「おお。本当だ、これはなかなか」
ヴァシレウスが思い切ってスプーンで一口食し、カズンと同じ黒い瞳を輝かせている。
「これはワインの白……いや、ライスワインだな。辛口のやつが合いそうだ」
「ヴァシレウス様がそう仰るなら」
逃れられそうにない。
一同、覚悟を決めて鮭イクラ丼を口に運んだ。
鮭の魚卵単体を未加工のまま、そのまま食すわけではないのが、良かった。
あらかじめ醤油で漬けておいたことで、独特の風味のある醤油で食べる鮭。そんな感じだった。
(本当だ。カズン様の言う通り間違いなかった!)
「カズン様、カズン様。これ、鮭の魚卵、美味しいです」
「だろう? こんなに美味いもの捨ててたなんてもったいなかったよな?」
このようにして、ヨシュアの“カズン信奉度”は上がっていく。
そして相手への執着の度合いも。
「ヴァシレウス様、ライスワインです。……いや、これは驚きました。まさかの美味」
キンキンに冷えた酒瓶を抱え、グラスをヴァシレウスに差し出しながらルシウスが苦笑している。
むしろ魚卵イクラのほんのり苦味のある味が、醤油漬けにすると珍味に変わる。
そこへ日本酒もといライスワインを合わせると、酒飲みには堪らない。
「ルシウス、お前の物品鑑定でも問題ないのだろう?」
「ええ、特に人体に害はないようです。『好きな人は好きな味』などと補足に表示されてますけどね」
しかし残念ながら、ユーグレンとグレンはどうしても感触が苦手で受け付けなかった。
鮭の身は問題なく食せたので、身の炙り焼きだけの丼を作り直してもらう。
鮭だけなら、他にレモンステーキなどもあるので、そちらを楽しむことにする。
「む? 随分減りが早いな。ヴァシレウス様、まだお飲みに」
なりますか、と言おうとしたルシウスがライスワインの瓶の先を見て固まった。
「おさけ。はじめてのんだけどおいしいです。ルシウスさま」
えへへと、顔を緩ませ紅潮させたカズンがいた。
「カズン様!? あなたに酒はまだ早い!」
「もうのんじゃいましたもーん」
お目付役はどこへ行った、とルシウスが室内を見回すと、カズンの背中に隠れるようにもたれかかって、こちらもグラスでライスワインを口にしていた。
あまり顔色に変化はないが、銀の花咲く湖面の水色の瞳は、とろん、と蕩けている。
「あ、申し訳ありません。私も一杯いただいてしまいました」
こちらは特に崩れていないユーグレンが、申し訳なさそうな顔をしている。
春生まれの彼はとっくにこの国の成人年齢の18歳で、王族として会食の機会も多いため酒には慣れている。
ちなみにヨシュアは初夏生まれで、彼も既に18歳。けれど普段の魔力使いの修行の妨げになるからと、ほとんど飲んでいなかったはずだ。
そして、カズンは冬生まれでまだ17歳。酒はこの国では18歳から! まだ早い!
カズンとヨシュアは、ふふふ、あはは、と意味もなく笑い合っている。
その様子は子供の頃からよく見る光景で、今もなかなか可愛らしかったが、どう見てもただの酔っ払いである。
呆れながらもルシウスは部屋の壁際に控えていた執事に、酔い覚まし用のポーションを持ってくるよう命じた。
この子供たちの飲酒が、まさかの悲劇の始まりとなるのである。