翌朝、カズンたちが王都のリースト伯爵家のタウンハウスへ行くと、そこには薄緑色の長い髪と瞳の魔術師フリーダヤがいる。
「フリーダヤ様、帰られたのではなかったのですか?」
「ヴァシレウス。私もそう思ってたんだけど、ルシウスに引き止められちゃって。……皆さんお揃いで、遠足でも行くの?」
リースト伯爵家では、当主のヨシュアとその叔父で後見人のルシウスが一同を出迎えた。
やって来たのはカズンと父ヴァシレウス。
王宮からユーグレン王子。
ホーライル侯爵令息ライルと、ブルー男爵令息グレンは同じ馬車で来た。朝、ライルがグレンの家に寄ってから来たらしい。
「えっ。フリーダヤって、あの環創成の魔術師フリーダヤ様ですか!?」
「超有名人じゃん」
ライルとグレンが驚いている。まあこうなるだろうなと、カズンたちには予想できた反応だ。
「はい、魔術師フリーダヤですよ。おやおや、君たちも環を出せそうな素質持ちじゃない? やっぱりカズンの周りに集まってたねえ」
それでなぜ、フリーダヤがここにいるかといえば、リースト伯爵領への空間移動の術を使わせるためである。
本人も環使いだと判明したルシウスでも可能らしかったが、彼の場合は他人にあまり自分が環使いであることを知られたくないようだったので、わざわざ師匠フリーダヤを引き留めて使うことにしたらしい。
そうして全員集合したところで、フリーダヤの空間移動魔法でリースト伯爵領まで瞬間移動した。
さあ、今が旬だという紅鮭を獲りに行くぞ! とカズンが気合いを入れたところで、ルシウスが無粋な待ったをかけた。
「学生諸君は夏休みの宿題は終わったのか?」
「あ」
王子のユーグレンは早々に終わらせていて問題ない。
カズンとヨシュアは別荘にいた先月のうちに八割方終わらせて、後は残りと内容確認。
「あー忘れてましたねえ」
「別にやらなくても罰則とかねえし、俺はそのまま放置で」
夏休みに入ってからずっと冒険者活動に明け暮れていたライルとグレンのペアは、手を付けてもいなかった。
しかし、そのような不精を許す保護者はここにはいない。特に、ここには口うるさいことで有名なルシウスがいる。
「フリーダヤ、二人を家に連れて行って宿題のテキストを持ってきてくれませんか」
「えっ、そこまで私を使う!?」
「学生は勉強が本分です。そのくらい、いいじゃないですか」
師匠であるはずのフリーダヤを顎で使って、ルシウスはライルとグレンを連れて彼らの実家まで戻り、宿題を持って来させるよう促すのだった。
残ったカズンとヨシュアは「まず宿題を片付けるのが先だ!」と有無を言わさずルシウスに詰め寄られ、頷くしかなかった。
即座に、リースト伯爵家本邸のサロンルームに学習用の長机と椅子が運び込まれ、保護者たちの監督のもと宿題が終わるまで逃げられなくなった。
「ルシウス様が厳しすぎる……」
今日はもう宿題を終わらせないと他に何もできないだろう。
カズンが嘆息した。どことなく黒縁眼鏡のレンズの輝きも鈍い。ちゃんといつも硝子は拭いているのに。なぜだ。
するとヨシュアが、悪戯っ子みたいな顔をして内緒話をしてくれた。
「ふふ。内緒ですよ? あんなこと言ってる叔父様も、昔は夏休みの宿題をサボっていたそうです」
「「マジで!?」」
「マジです。父と祖父の両方から聞きました。宿題の存在を思い出すのがいつも、夏休みの最終日だったとかで。ユーグレン殿下のお母上はご存じじゃないかな」
ユーグレンの母、グレイシア王太女はヨシュアの父、前リースト伯爵カイルの学園での先輩なのだ。
学生時代はよく後輩のカイルを同級生たちと訪ねて遊んでいたそうな。
そのとき、夏休みの宿題に追い込まれて泣きを見ている少年時代のルシウスによく巻き込まれていたとか。
そして鮭は漁獲しても、寄生虫対策で一度冷凍しなければ食べられない。
今日は領民の皆さんが川に紅鮭を獲りに行ってくれているとのことで、本番は明日からだ。
カズンとヨシュアが宿題の残りを片付けて、ユーグレンが時々助言をし、ヴァシレウスとルシウスは歓談して午前中をリースト伯爵家の本邸で過ごした。
昼前にライルとグレンを連れたフリーダヤが戻ってきたのだが。
「何か出たわ。俺、すごくねえ?」
ライルの腰回りに光るリングが浮かんでいる。
ぼき、とヨシュアが握っていた鉛筆を折る音がした。
カズンが隣の幼馴染みを見ると、ヨシュアの顔が青ざめている。
「そんな……まさか、こんな短期間でライル様までなんて……」
青ざめたヨシュアの顔色は、あっという間に紙のように真っ白になっていく。
「いやーすごいよね、ちょっとここに来るまでの間にアドバイスしたら勘を掴んじゃったみたいでさ!」
「何をどうやったら出たんだ? ライルは」
「剣を使うときの、集中する感覚そのまま研ぎ澄ませていったら出たんだよ」
「なるほどー」
ライルが赤茶の髪を掻いて照れている。
その傍らにはグレンもいたが、彼の場合はまだ環を発現するところまではいかなかったようだ。
カズンたちが彼を見ると「とんでもない!」と必死で顔をぷるぷる横に振っていた。
「フリーダヤ様、帰られたのではなかったのですか?」
「ヴァシレウス。私もそう思ってたんだけど、ルシウスに引き止められちゃって。……皆さんお揃いで、遠足でも行くの?」
リースト伯爵家では、当主のヨシュアとその叔父で後見人のルシウスが一同を出迎えた。
やって来たのはカズンと父ヴァシレウス。
王宮からユーグレン王子。
ホーライル侯爵令息ライルと、ブルー男爵令息グレンは同じ馬車で来た。朝、ライルがグレンの家に寄ってから来たらしい。
「えっ。フリーダヤって、あの環創成の魔術師フリーダヤ様ですか!?」
「超有名人じゃん」
ライルとグレンが驚いている。まあこうなるだろうなと、カズンたちには予想できた反応だ。
「はい、魔術師フリーダヤですよ。おやおや、君たちも環を出せそうな素質持ちじゃない? やっぱりカズンの周りに集まってたねえ」
それでなぜ、フリーダヤがここにいるかといえば、リースト伯爵領への空間移動の術を使わせるためである。
本人も環使いだと判明したルシウスでも可能らしかったが、彼の場合は他人にあまり自分が環使いであることを知られたくないようだったので、わざわざ師匠フリーダヤを引き留めて使うことにしたらしい。
そうして全員集合したところで、フリーダヤの空間移動魔法でリースト伯爵領まで瞬間移動した。
さあ、今が旬だという紅鮭を獲りに行くぞ! とカズンが気合いを入れたところで、ルシウスが無粋な待ったをかけた。
「学生諸君は夏休みの宿題は終わったのか?」
「あ」
王子のユーグレンは早々に終わらせていて問題ない。
カズンとヨシュアは別荘にいた先月のうちに八割方終わらせて、後は残りと内容確認。
「あー忘れてましたねえ」
「別にやらなくても罰則とかねえし、俺はそのまま放置で」
夏休みに入ってからずっと冒険者活動に明け暮れていたライルとグレンのペアは、手を付けてもいなかった。
しかし、そのような不精を許す保護者はここにはいない。特に、ここには口うるさいことで有名なルシウスがいる。
「フリーダヤ、二人を家に連れて行って宿題のテキストを持ってきてくれませんか」
「えっ、そこまで私を使う!?」
「学生は勉強が本分です。そのくらい、いいじゃないですか」
師匠であるはずのフリーダヤを顎で使って、ルシウスはライルとグレンを連れて彼らの実家まで戻り、宿題を持って来させるよう促すのだった。
残ったカズンとヨシュアは「まず宿題を片付けるのが先だ!」と有無を言わさずルシウスに詰め寄られ、頷くしかなかった。
即座に、リースト伯爵家本邸のサロンルームに学習用の長机と椅子が運び込まれ、保護者たちの監督のもと宿題が終わるまで逃げられなくなった。
「ルシウス様が厳しすぎる……」
今日はもう宿題を終わらせないと他に何もできないだろう。
カズンが嘆息した。どことなく黒縁眼鏡のレンズの輝きも鈍い。ちゃんといつも硝子は拭いているのに。なぜだ。
するとヨシュアが、悪戯っ子みたいな顔をして内緒話をしてくれた。
「ふふ。内緒ですよ? あんなこと言ってる叔父様も、昔は夏休みの宿題をサボっていたそうです」
「「マジで!?」」
「マジです。父と祖父の両方から聞きました。宿題の存在を思い出すのがいつも、夏休みの最終日だったとかで。ユーグレン殿下のお母上はご存じじゃないかな」
ユーグレンの母、グレイシア王太女はヨシュアの父、前リースト伯爵カイルの学園での先輩なのだ。
学生時代はよく後輩のカイルを同級生たちと訪ねて遊んでいたそうな。
そのとき、夏休みの宿題に追い込まれて泣きを見ている少年時代のルシウスによく巻き込まれていたとか。
そして鮭は漁獲しても、寄生虫対策で一度冷凍しなければ食べられない。
今日は領民の皆さんが川に紅鮭を獲りに行ってくれているとのことで、本番は明日からだ。
カズンとヨシュアが宿題の残りを片付けて、ユーグレンが時々助言をし、ヴァシレウスとルシウスは歓談して午前中をリースト伯爵家の本邸で過ごした。
昼前にライルとグレンを連れたフリーダヤが戻ってきたのだが。
「何か出たわ。俺、すごくねえ?」
ライルの腰回りに光るリングが浮かんでいる。
ぼき、とヨシュアが握っていた鉛筆を折る音がした。
カズンが隣の幼馴染みを見ると、ヨシュアの顔が青ざめている。
「そんな……まさか、こんな短期間でライル様までなんて……」
青ざめたヨシュアの顔色は、あっという間に紙のように真っ白になっていく。
「いやーすごいよね、ちょっとここに来るまでの間にアドバイスしたら勘を掴んじゃったみたいでさ!」
「何をどうやったら出たんだ? ライルは」
「剣を使うときの、集中する感覚そのまま研ぎ澄ませていったら出たんだよ」
「なるほどー」
ライルが赤茶の髪を掻いて照れている。
その傍らにはグレンもいたが、彼の場合はまだ環を発現するところまではいかなかったようだ。
カズンたちが彼を見ると「とんでもない!」と必死で顔をぷるぷる横に振っていた。