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「しかし、気づいたらグレイシア様たちにはバレていた。バラしたのはあなただな? 我が師フリーダヤよ」
気づくと部屋にいた、白く長いローブ姿に、薄緑色の長い髪と瞳の優男を、ルシウスは音がしそうなほど強い視線で睨みつけた。
「わっ、痛い! 痛い、ほんとに視線に魔力がこもってて痛い!」
「余計なことをしてくれたものだ。グレイシア王女殿下に知られたことで、私は面倒くさい案件をしょっちゅう回されることになって、兄やヨシュアの側にいられる時間が減ってしまったのだ!」
「いや、私は何もしてないよ。君、感情が昂ると魔力がネオンブルーに光って見えるから、それでバレたんだろ」
「何と!?」
「気づいてなかったの……」
わりと気配りの行き届いている男なのだが、変なところで抜けている。
「あとね、君も“聖者の芳香”が出てるからね。樹脂香系の……松脂やフランキンセンスみたいなやつ。周りは香水だと思ってるかもしれないけど、君が聖者だから発生する香りだ」
例えば聖女ロータスだと、その名前と同じ蓮の花の芳香を漂わせる。
この現象ばかりは、聖なる魔力持ち特有の現象だった。
「そうなのですか? デオドラント不要で便利だなと思っておりましたが」
「まあ、汗をかいても、足が蒸れても臭くならないのはいいよね」
聖者や聖女のいる空間は埃も溜まりにくく、清浄に保たれやすい。
実際、食料品なども聖者の祝福を受けると新鮮さが保たれ腐敗しにくいと言われている。
「それで、我が師フリーダヤ。早く帰れ」
「いやちょっと待って。ヴァシレウスから気になる話を聞いてたの忘れてたんだ。ロットハーナ一族の被害が出たんだって?」
ロットハーナ一族は現アケロニア王家の前の王朝の一族だ。
邪悪な錬金術を使って、誘拐した自国民たちを黄金に変えては己の欲望に耽った邪道の徒である。
「調査を頼めないかって言われたんだけど、私はあんまり向いてないんだよね。君はどう?」
「目の前にいるなら塵も残らず殲滅して見せましょう」
「だよねー」
フリーダヤとロータス系列の魔力使いたちには、個性的で様々な特色を持つ者たちが揃っている。
分析や探索の得意なタイプは、女占い師ハスミンがいる。だが今、彼女は姉のガブリエラとバカンスの最中で連絡が取れない。
新世代の環を使う魔力使いたちは、同じファミリーに属する者たちの間でなら環を通して情報や、物品の送付や交換ができる。
当然、占い師ハスミンにも早急にアケロニア王国まで来るよう手紙を送ったのだが、よほどバカンスが楽しいのか返事が来ない。
ならばと、姉のガブリエラのほうにもフリーダヤは手紙を送ったものの、こちらも返事がない。
彼女の場合は面倒がって、環をそもそも発現させておらず手紙を受け取った形跡がない。
「うちの系列、ほんとフリーダム過ぎない? せっかく活躍して力を得るチャンスなのに見向きもしない」
「ははは、自由が服を着て歩いている御仁が何を仰るやら」
「その言葉、そっくりそのまま返すからね、ルシウス」
制限の多い人間社会の中にいてなお、捉われない自由な精神を保持するのがフリーダヤ・ロータスファミリーの魔力使いたちだ。
基本的に、どれだけ深刻な事態に直面しようと意識は軽やかさを保っている。
「それで、アケロニア王国にはいつまでご滞在で?」
「うーん……。ヴァシレウスに詳細を聞いたんだけどね、ロットハーナ一族は人を黄金に換えているのだろう? そんなことしたらとっくに犯人はまともな人間ではなくなってるはずだ」
「我が国の魔法魔術騎士団の精鋭たちが全力で調査しても、まだ見つかっていないようですね」
既に、ラーフ公爵夫人である、元フォーセット侯爵令嬢だったゾエ夫人が、ロットハーナの末裔であったことが判明している。
ゾエ夫人は今も逃亡中で、その途中で実家の家族をほとんどすべて黄金に換えて逃亡資金としたとされる。
噂では、国境のあるホーライル侯爵領に潜伏したとの情報もあったが、まだ見つかっていない。
「もし本当に、平気で生きた人間を素材にして黄金に換えるようなことをしているなら、その者の魔力は“虚無”という属性に変わっているはずだ」
「虚無、ですか? 初めて聞きますが」
「滅多にないんだけどね。私も師匠筋の呪師から話を聞いただけで、実際知ってるわけじゃない」
今の円環大陸にもほとんど存在しないらしいが、その説明はルシウスをして驚愕させた。
「『魔術を無効化する』ですと?」
「そう。これが厄介だよ。魔法なら相手を上回る魔力量の持ち主なら大丈夫。防壁を張っても、魔術防壁だと虚無魔力はすり抜けてしまうらしいんだよね」
「………………」
「魔法はさ、やっぱり術者独自の術式だからそう簡単には破られないんだけど。……でも、魔術師と比べると魔法使いの数は少ないからね。一応、ヴァシレウスには自分たちの護衛に魔法使いを増やすよう助言してきた」
それでここからが重要、と前置きしてフリーダヤは声を潜めた。
「虚無の影響を受けると、自分も虚無に染まる。浄化できるのは聖なる魔力だけだ。ルシウス、もし万が一のときに備えて、大切な人を守ってあげるんだよ」
ということは、虚無の浄化は実質、今のアケロニア王国では聖者のルシウスにしかできないということだ。
だが、フリーダヤはだからといって、ルシウスに『お前が戦え』とは言わなかった。
この男はどれだけ人が頭を下げて必死に頼んでも、自分の家族や身内と認めた者以外のために動くことがない。
だからいつまでも、新世代の環使いでありながら、旧世代の魔力使いの特徴と弱点を色濃く残す。
さて、今回このルシウスは対ロットハーナ一族絡みで動いてくれるのかどうか。