「さて、では前リースト伯爵の亡骸を弔わねばならぬ」

 ここはアケロニア王国の葬儀の慣習として、嫡男であるヨシュアが父親の亡骸を抱えて棺に収めなければならない。

 魔術樹脂の中、ずっと仮死状態を保たれていた前リースト伯爵の骸は、封印を解除されると同時に完全に生命の火を失った。

 そっと手に指先で触れると、その身体はまだほのかに温かかった。

「………………父様」

 ヨシュアはすぐには父親の亡骸に触れることができなかった。
 しばらく祭壇の前で逡巡していた彼を、一同は後ろに控えて静かに見守る。

 ややあって、ヨシュアの肩が小刻みに震えだす。
 声を殺して泣く彼を急かす者は、この場にはいなかった。

「も、申し訳ありません、皆様も忙しい中、来ていただいたのに。は、はやく、父を……っ」

 嗚咽を抑えながら、再び父親の遺体に向き合おうとしたヨシュアに、誰も声をかけられない。

(父君のカイル様はとても厳しい方だったけど、ヨシュアは慕っていた)

 カズンも幼い頃からの付き合いだった。まさか、後妻という身内からの毒殺で亡くなるとは思いもしなかった。

(あまり、上手い言葉で慰めることはできないけど)

 泣く親友の肩を抱いてやることぐらいはできる、と手を伸ばしかけたカズンの横から、別の腕が伸びてきた。



(ん?)

 ユーグレン王子だ。あ、とカズンの目の前で、父親の亡骸の前で泣いているヨシュアの背中に手を当ててやっている。

 さりげなく隣の父を見ると、こちらは年の功で顔には出していないが、僅かに口の端が笑みの形になっている。

「あ、あの、殿下……?」

 同じ学園生で顔見知りとはいえ、これまでろくに会話したこともなかった王子に背中をぽんぽんと宥めるように叩かれて、泣きながらヨシュアが困惑の声を上げる。

「この部屋を出れば、リースト伯爵となる君は社交界では大人扱いされる。人前で泣けば批判されるだろう」
「はい……」
「だが、今はまだ成人前の子供だ。子供が敬愛する父を亡くしたのだ。泣いたって誰も咎めない」
「ユーグレン殿下……」

 ヨシュアの湖面の水色の瞳を覗き込んで目線をしっかり合わせて、ユーグレンは一言一言をしっかりと言い聞かせた。

「う……っ」

 溢れ続ける涙を隠そうと俯いたヨシュアの顔を、ユーグレンは自分の胸元に押しつけた。

「私の胸で良ければ、いくらでも貸してやる。我慢しなくても良いのだ。……ヨシュア」

 あ、しれっとヨシュアの名前を呼んでいる。
 賢明なカズンは口にこそ出さなかったが、内心で突っ込みまくりだった。

「……我々は外で待っていよう」

 小声でヴァシレウスがカズンと魔法魔術騎士団の団長を促した。
 そろ〜っと音を立てないよう気をつけて、儀式専用室を出ていく一同だった。