それからもルシウスは冒険者ギルドを拠点にして冒険者活動を続けていた。
あの腰回りに出た環はその後消えてしまって、再び出そうとしても自力では出すことができなかった。
そのたび、こちらもフリーダヤと一緒に冒険者ギルドの宿に宿泊し続けていた聖女ロータスが音もなく忍び寄ってきては、ルシウスの白い額を指先でトンと突くのだった。
「あれ?」
十何回めかの同じ額を突かれた後。
ふと、ルシウスは己の頭の中がやけに静かなことに気づいた。
ちょうど、その日の討伐ノルマを終えてギルドに報告も済ませ、討伐品も納め終えた後のギルド内の食堂でのこと。
先にフリーダヤとロータスが食事をしていてルシウスに手を振ってきたので、自分も定食を頼んで彼らのテーブル席へ向かった。
そこでまたトン、とロータスに額にやられたのだ。
気づくとまたルシウスの腰回りには環が出ている。
「そろそろかな」
「そうよ。……あなた、頑固すぎるわ。もっと柔らかな生き方をなさい」
ロータスの嗜めるような言葉がルシウスの中を素通りしていく。
「あれ? いやちょっと待って……え? えええ?」
「どうしたの? まあこのお兄さんたちに話してご覧よ」
などとフリーダヤが相槌を打ちながら聞いてくれるものだから、ルシウスはもう居ても立っても居られず怒涛のように最愛への愛を語り続けた。
頼んだばかりの熱々の料理が冷めていくのも構わずに。
「そ、それで、どうなったんだい?」
もう何十回目だろう?
何やら疲れたようなフリーダヤの問いかけに、ルシウスはふと考え込んだ。
既にルシウスがフリーダヤとロータスのテーブルにやって来てから、3時間は経過している。
夕方から既に夜の時間帯になっていて、酒場には早い夕食を取っていた者たちは既に退席して、飲み目的の冒険者たちでごった返していた。
「僕の想いは……重たすぎたようです。そっか。だから我が最愛は僕が嫌いだったんだ」
「いや、自分で気づけて何よりだよ。むしろ、今まで誰も君に教えてくれなかったの?」
「うちの一族は、その……皆揃ってこだわりが強いので、僕もそんなに目立たなかったというか」
むしろ、麗しき美貌の兄弟が仲良く引っ付いている姿を、微笑ましげに見守られていた気がする。
確かに兄は嫌がっていたが、それでもルシウスが近くに居続けると諦めたように苦笑いして側にいることを許してくれていた。
だからルシウスも甘え続けたまま、ここまで来てしまった。
「あなた、その人から離れたほうがいいわ。完全な離別の必要はないけど、せめて違う場所に住むとか、距離を作ったほうがいい」
「……そうですね。故郷に戻れば別宅もあるので、いろいろ考えてみます」
そうと決まれば、後は簡単だ。
「故郷に戻ります。そろそろ、うちの美味しい鮭も食べたくなってきたし」
定食で頼んでいた、もうすっかり冷めきっていたデビルズサーモンの蒸し焼き、今日のルシウスの討伐ノルマだった戦利品の魚の魔物を食しながら言った。
悪くはないが、脂が多すぎて野暮ったい味だ。あと冷めると脂が生臭くなる。
「うち、なかなか有名な鮭の名産地なんですよ。こんなのより、ずっとずっと美味しいんですから。おふたりもアケロニア王国のリースト地域にお越しの際は絶対絶対、食べていってくださいね!」
「え、もう帰るの? せっかくだから、環が使えるようになるまで僕たちのところで修行していきなよ」
「必要ないです。無我を作るため感情の執着をなくせ、が環使いこなしの秘訣なのでしょう? 僕は我が最愛への想いを捨てたくないから新世代の環使いにはなりません」
「えええ……どうするよ、ロータス?」
困ったようにフリーダヤが隣のロータスを見る。
盲目の彼女は目を開いたまま、何か考えるような顔つきでじっとルシウスのほうを見ていた。
「あなた、相当に魔力量が多いみたいだけど、何か理由があるの?」
「ああ、それは当然です。僕は古代種ですから」
「「!?」」
そこでルシウスは、家族と一族の主要人物以外は誰も知らない己の真の出自を話した。
「僕の家は、魔法樹脂の使い手なんです。僕はその始祖筋の家の息子だったんだけど、生まれてすぐに魔力を暴走させて手に負えないからって、魔法樹脂に封じられてしまったんです」
それから数百年、あるいは数千年かが経過して、故郷の今の実家の倉庫に大切に保管されていたのが、約14年前に解けた。
それからは現在まで、普通の人間の子供と同じように成長してきている。
「すごい話だな。……ロータス、君はその一族のこと聞いたことある?」
「魔法樹脂を使う、青銀の髪の一族……ないわね。相当古いでしょ」
「あなたがたは確か800年生きてるんですっけ? 僕の先祖たちが今の故郷に移住したのは千年以上前で、それからまったく国外に出てませんから、知らないのも無理はないかと」
古代種というのは、人間の上位存在であるハイヒューマンのことで、すべての円環大陸の人類の祖先にあたる。
今はほとんど数がおらず、現在も生きている者たちは円環大陸中央部の永遠の国に集まって滅多なことでは外に出ない。
魔法や魔術を扱う魔力使いたちは、このハイヒューマンの血が流れているから魔力を持つと言われていた。
あの腰回りに出た環はその後消えてしまって、再び出そうとしても自力では出すことができなかった。
そのたび、こちらもフリーダヤと一緒に冒険者ギルドの宿に宿泊し続けていた聖女ロータスが音もなく忍び寄ってきては、ルシウスの白い額を指先でトンと突くのだった。
「あれ?」
十何回めかの同じ額を突かれた後。
ふと、ルシウスは己の頭の中がやけに静かなことに気づいた。
ちょうど、その日の討伐ノルマを終えてギルドに報告も済ませ、討伐品も納め終えた後のギルド内の食堂でのこと。
先にフリーダヤとロータスが食事をしていてルシウスに手を振ってきたので、自分も定食を頼んで彼らのテーブル席へ向かった。
そこでまたトン、とロータスに額にやられたのだ。
気づくとまたルシウスの腰回りには環が出ている。
「そろそろかな」
「そうよ。……あなた、頑固すぎるわ。もっと柔らかな生き方をなさい」
ロータスの嗜めるような言葉がルシウスの中を素通りしていく。
「あれ? いやちょっと待って……え? えええ?」
「どうしたの? まあこのお兄さんたちに話してご覧よ」
などとフリーダヤが相槌を打ちながら聞いてくれるものだから、ルシウスはもう居ても立っても居られず怒涛のように最愛への愛を語り続けた。
頼んだばかりの熱々の料理が冷めていくのも構わずに。
「そ、それで、どうなったんだい?」
もう何十回目だろう?
何やら疲れたようなフリーダヤの問いかけに、ルシウスはふと考え込んだ。
既にルシウスがフリーダヤとロータスのテーブルにやって来てから、3時間は経過している。
夕方から既に夜の時間帯になっていて、酒場には早い夕食を取っていた者たちは既に退席して、飲み目的の冒険者たちでごった返していた。
「僕の想いは……重たすぎたようです。そっか。だから我が最愛は僕が嫌いだったんだ」
「いや、自分で気づけて何よりだよ。むしろ、今まで誰も君に教えてくれなかったの?」
「うちの一族は、その……皆揃ってこだわりが強いので、僕もそんなに目立たなかったというか」
むしろ、麗しき美貌の兄弟が仲良く引っ付いている姿を、微笑ましげに見守られていた気がする。
確かに兄は嫌がっていたが、それでもルシウスが近くに居続けると諦めたように苦笑いして側にいることを許してくれていた。
だからルシウスも甘え続けたまま、ここまで来てしまった。
「あなた、その人から離れたほうがいいわ。完全な離別の必要はないけど、せめて違う場所に住むとか、距離を作ったほうがいい」
「……そうですね。故郷に戻れば別宅もあるので、いろいろ考えてみます」
そうと決まれば、後は簡単だ。
「故郷に戻ります。そろそろ、うちの美味しい鮭も食べたくなってきたし」
定食で頼んでいた、もうすっかり冷めきっていたデビルズサーモンの蒸し焼き、今日のルシウスの討伐ノルマだった戦利品の魚の魔物を食しながら言った。
悪くはないが、脂が多すぎて野暮ったい味だ。あと冷めると脂が生臭くなる。
「うち、なかなか有名な鮭の名産地なんですよ。こんなのより、ずっとずっと美味しいんですから。おふたりもアケロニア王国のリースト地域にお越しの際は絶対絶対、食べていってくださいね!」
「え、もう帰るの? せっかくだから、環が使えるようになるまで僕たちのところで修行していきなよ」
「必要ないです。無我を作るため感情の執着をなくせ、が環使いこなしの秘訣なのでしょう? 僕は我が最愛への想いを捨てたくないから新世代の環使いにはなりません」
「えええ……どうするよ、ロータス?」
困ったようにフリーダヤが隣のロータスを見る。
盲目の彼女は目を開いたまま、何か考えるような顔つきでじっとルシウスのほうを見ていた。
「あなた、相当に魔力量が多いみたいだけど、何か理由があるの?」
「ああ、それは当然です。僕は古代種ですから」
「「!?」」
そこでルシウスは、家族と一族の主要人物以外は誰も知らない己の真の出自を話した。
「僕の家は、魔法樹脂の使い手なんです。僕はその始祖筋の家の息子だったんだけど、生まれてすぐに魔力を暴走させて手に負えないからって、魔法樹脂に封じられてしまったんです」
それから数百年、あるいは数千年かが経過して、故郷の今の実家の倉庫に大切に保管されていたのが、約14年前に解けた。
それからは現在まで、普通の人間の子供と同じように成長してきている。
「すごい話だな。……ロータス、君はその一族のこと聞いたことある?」
「魔法樹脂を使う、青銀の髪の一族……ないわね。相当古いでしょ」
「あなたがたは確か800年生きてるんですっけ? 僕の先祖たちが今の故郷に移住したのは千年以上前で、それからまったく国外に出てませんから、知らないのも無理はないかと」
古代種というのは、人間の上位存在であるハイヒューマンのことで、すべての円環大陸の人類の祖先にあたる。
今はほとんど数がおらず、現在も生きている者たちは円環大陸中央部の永遠の国に集まって滅多なことでは外に出ない。
魔法や魔術を扱う魔力使いたちは、このハイヒューマンの血が流れているから魔力を持つと言われていた。