とはいえ、そんな兄でも結婚してしまったときは悲しかった。
当時まだ健在だった父メガエリスには「お前もいい加減に兄離れしろ!」と叱責されていたし、逆に自分にまで婚約者が充てがわれそうになったので、とりあえずルシウスは逃げた。
14歳のときである。
王立学園の中等部、2年生のときだ。
手持ちの小遣いを掻き集めて、素知らぬ振りで新婚ホヤホヤで浮かれている兄からもおねだりで小遣いをせしめた後、リースト伯爵家、そしてアケロニア王国から出奔して旅に出た。
しばらくは他国の冒険者ギルドで冒険者登録を行い、面倒見の良いギルド員や冒険者たちに構われながらその日暮らしの生活をしていた。
そんなとき、旅先で魔術師フリーダヤと聖女ロータスに出会う。
当時拠点にしていた冒険者ギルドの酒場で、つまらなさそうに皿の上のかたくて不味い肉の塊をフォークの先で突っついていた。
最初はまさか、このひょろっとした薄緑色の髪の優男と、美人だが掴みどころのないラベンダー色の髪と褐色肌の美女が、まさかあの円環大陸で最も有名な魔力使いペアだとは思わなかった。
「ねえ、そこの君。ここってさあ、もっと美味い飯はないの?」
「ああ、それは工夫すると美味くなりますよ」
と酒場を兼ねた食堂で声をかけられたルシウスが、食堂常備の薄い小麦粉を伸ばした丸い生地とチーズとトマト入りのサラダ、チリソースを持ってきて。
彼らが突っついていた肉の塊を細かく切り分けて、小麦粉の生地でそれらすべて包んで細長い棒状のブリトーにリメイクしたときから、彼らの縁は始まった。
ブリトーは当時、ルシウスを指導してくれていたギルドマスターの故郷のソウルフードだったらしい。
ここにアボカドがあれば完璧なのに、とよくボヤいていた。
大抵のものはこうして小麦粉の皮で包んで、適当なドレッシングやソースで味付ければ美味くなる。
案の定、ふたりは喜んで食べてくれていた。
それで自分も一緒に食事させてもらいながら話を聞くと、このよくわからない取り合わせの若い男女が、魔力使いの世界を旧世代と新世代に分断した張本人たちだというではないか。
即ち、環創成の魔術師フリーダヤと、聖女ロータスだ。
まさか、と思ってルシウスが食堂から見えるギルド受付のお姉さんを見ると、彼女はにっこり笑って頷いて見せるのだった。
優れた魔力使いを輩出するリースト伯爵家出身のルシウスは、当然ながら新世代の魔力使いたちが使う光の円環、環のことを知っていた。
血筋や本人の魔法や魔術への適性と無関係に使える術であることと、その発現条件についても。
「美味しいごはんをありがとう。これ、お礼ね」
と言って手を伸ばしてきたラベンダー色の髪と褐色の肌の女性の水色の瞳が濁っていて、彼女が盲目であることにルシウスが気づいたとき。
彼女、聖女ロータスの、案外節張った指の先がルシウスの額の中央を軽く突いた。
気づくとルシウスは冒険者ギルドの建物内の宿直室に寝かされていて、そこで何やらギルドマスターがフリーダヤと小難しい話をしていた。
ロータスは部屋の端のソファに裸足で寝転んでうたた寝をしている。
「目をつけられちまったな、坊主。……おいフリーダヤ。それでこのルシウス坊主は何に覚醒したんだ?」
髭面で強面の大男のギルドマスターを宥めつつ、フリーダヤがじっとルシウスを見つめてきた。
自分の魔力の流れに干渉する他者の魔力。
鑑定スキルを使われているとき特有の感覚だ。
「“聖者”だ。聖者ルシウス・リースト」
「え? 僕は魔法剣士ですよ? 聖者なんかじゃありません」
リースト伯爵家の者は、血筋に代々、金剛石の魔法剣を受け継いでいて、自動的に魔法剣士の称号と関連するスキルが発現する。
ルシウスも一本だけだが、なかなか強力な魔法剣を持っていて、それで冒険者として活躍していた。
「間違いなく聖者だ。というか君、元々が聖剣持ちの魔法剣士じゃないか」
「はあ、まあ確かに聖剣持ってますけど」
しかし、ルシウスにとっては、だから何だという話だ。
初めてこの聖剣を生み出したときの兄カイルの引きつった顔は忘れることができない。
自分はこんなものより、兄と同じ何十本もの無数の金剛石の魔法剣が欲しかったのだ。
(たった一本なんてショボすぎる!)
と実際、故郷でも口に出して顰蹙をかったのだが、だって本当に自分が欲しかったのは兄とお揃いのものだったのだ。
「珍しくロータスが動いたから驚いたけど、聖女から新たな聖者への“伝授”というわけだったか。そういうわけで、聖者覚醒だ。おめでとう」
「???」
何やら展開が唐突すぎてよくわからない。
ところが、ベッドの上に身を起こしてみると、ルシウスの腰回りに強く光り輝くリングがある。
「あれ、これって……」
「環だよ。君も聞いたことぐらいあるんじゃないの?」
冒険者の中には魔力使いも多くいて、その中にはこの光のリングを駆使する術者もそれなりにいた。
ただ、ルシウスの知る限りあまり強い者がおらず、回復やバフ役が大半なので自分とは関係のないものだと思っていた。
ルシウスは魔法剣士として徹底的な特攻タイプの戦闘スタイルだ。相入れない。
「まだ安定はしてないけど、これだけ輝く環の持ち主はそうはいない。久し振りに大物を当てたみたいだねえ」
当時まだ健在だった父メガエリスには「お前もいい加減に兄離れしろ!」と叱責されていたし、逆に自分にまで婚約者が充てがわれそうになったので、とりあえずルシウスは逃げた。
14歳のときである。
王立学園の中等部、2年生のときだ。
手持ちの小遣いを掻き集めて、素知らぬ振りで新婚ホヤホヤで浮かれている兄からもおねだりで小遣いをせしめた後、リースト伯爵家、そしてアケロニア王国から出奔して旅に出た。
しばらくは他国の冒険者ギルドで冒険者登録を行い、面倒見の良いギルド員や冒険者たちに構われながらその日暮らしの生活をしていた。
そんなとき、旅先で魔術師フリーダヤと聖女ロータスに出会う。
当時拠点にしていた冒険者ギルドの酒場で、つまらなさそうに皿の上のかたくて不味い肉の塊をフォークの先で突っついていた。
最初はまさか、このひょろっとした薄緑色の髪の優男と、美人だが掴みどころのないラベンダー色の髪と褐色肌の美女が、まさかあの円環大陸で最も有名な魔力使いペアだとは思わなかった。
「ねえ、そこの君。ここってさあ、もっと美味い飯はないの?」
「ああ、それは工夫すると美味くなりますよ」
と酒場を兼ねた食堂で声をかけられたルシウスが、食堂常備の薄い小麦粉を伸ばした丸い生地とチーズとトマト入りのサラダ、チリソースを持ってきて。
彼らが突っついていた肉の塊を細かく切り分けて、小麦粉の生地でそれらすべて包んで細長い棒状のブリトーにリメイクしたときから、彼らの縁は始まった。
ブリトーは当時、ルシウスを指導してくれていたギルドマスターの故郷のソウルフードだったらしい。
ここにアボカドがあれば完璧なのに、とよくボヤいていた。
大抵のものはこうして小麦粉の皮で包んで、適当なドレッシングやソースで味付ければ美味くなる。
案の定、ふたりは喜んで食べてくれていた。
それで自分も一緒に食事させてもらいながら話を聞くと、このよくわからない取り合わせの若い男女が、魔力使いの世界を旧世代と新世代に分断した張本人たちだというではないか。
即ち、環創成の魔術師フリーダヤと、聖女ロータスだ。
まさか、と思ってルシウスが食堂から見えるギルド受付のお姉さんを見ると、彼女はにっこり笑って頷いて見せるのだった。
優れた魔力使いを輩出するリースト伯爵家出身のルシウスは、当然ながら新世代の魔力使いたちが使う光の円環、環のことを知っていた。
血筋や本人の魔法や魔術への適性と無関係に使える術であることと、その発現条件についても。
「美味しいごはんをありがとう。これ、お礼ね」
と言って手を伸ばしてきたラベンダー色の髪と褐色の肌の女性の水色の瞳が濁っていて、彼女が盲目であることにルシウスが気づいたとき。
彼女、聖女ロータスの、案外節張った指の先がルシウスの額の中央を軽く突いた。
気づくとルシウスは冒険者ギルドの建物内の宿直室に寝かされていて、そこで何やらギルドマスターがフリーダヤと小難しい話をしていた。
ロータスは部屋の端のソファに裸足で寝転んでうたた寝をしている。
「目をつけられちまったな、坊主。……おいフリーダヤ。それでこのルシウス坊主は何に覚醒したんだ?」
髭面で強面の大男のギルドマスターを宥めつつ、フリーダヤがじっとルシウスを見つめてきた。
自分の魔力の流れに干渉する他者の魔力。
鑑定スキルを使われているとき特有の感覚だ。
「“聖者”だ。聖者ルシウス・リースト」
「え? 僕は魔法剣士ですよ? 聖者なんかじゃありません」
リースト伯爵家の者は、血筋に代々、金剛石の魔法剣を受け継いでいて、自動的に魔法剣士の称号と関連するスキルが発現する。
ルシウスも一本だけだが、なかなか強力な魔法剣を持っていて、それで冒険者として活躍していた。
「間違いなく聖者だ。というか君、元々が聖剣持ちの魔法剣士じゃないか」
「はあ、まあ確かに聖剣持ってますけど」
しかし、ルシウスにとっては、だから何だという話だ。
初めてこの聖剣を生み出したときの兄カイルの引きつった顔は忘れることができない。
自分はこんなものより、兄と同じ何十本もの無数の金剛石の魔法剣が欲しかったのだ。
(たった一本なんてショボすぎる!)
と実際、故郷でも口に出して顰蹙をかったのだが、だって本当に自分が欲しかったのは兄とお揃いのものだったのだ。
「珍しくロータスが動いたから驚いたけど、聖女から新たな聖者への“伝授”というわけだったか。そういうわけで、聖者覚醒だ。おめでとう」
「???」
何やら展開が唐突すぎてよくわからない。
ところが、ベッドの上に身を起こしてみると、ルシウスの腰回りに強く光り輝くリングがある。
「あれ、これって……」
「環だよ。君も聞いたことぐらいあるんじゃないの?」
冒険者の中には魔力使いも多くいて、その中にはこの光のリングを駆使する術者もそれなりにいた。
ただ、ルシウスの知る限りあまり強い者がおらず、回復やバフ役が大半なので自分とは関係のないものだと思っていた。
ルシウスは魔法剣士として徹底的な特攻タイプの戦闘スタイルだ。相入れない。
「まだ安定はしてないけど、これだけ輝く環の持ち主はそうはいない。久し振りに大物を当てたみたいだねえ」