「やあ、カズン。あ、夜這いしに来たわけじゃないからね?」
「何言ってるんですか、フリーダヤ様」

 本当に夜這いなんてしに来てたら、カズンの父ヴァシレウスが大激怒だ。殴られるだけでは済まないだろう。
 普段は穏やかな父だが、怒るととても怖いのである。

 説明し忘れたことがあるとフリーダヤは、アルトレイ女大公家の二階にあるカズンの部屋のバルコニーから入ってきた。

「玄関から入って来れば良いのに」
「それだとお家の人たちに挨拶とか、色々面倒だからさ。勘弁して」

 同じ理由で、ヨシュアのリースト伯爵家にもバルコニーから侵入したのだ。
 まあ聡いルシウスには気づかれていたことと思うが。

「肝腎なことを伝え忘れてたんだ。(リンク)が発現した者の未来について」

 近年では(リンク)の存在が知れ渡るにつれて誤解も増えてきたため、フリーダヤは自分の系列の新世代魔力使いたちには、きっちり説明することを心がけている。

「一応注意しておくけど、(リンク)を発現させるときだけ無我になれれば良いのであって、常に自分を無くせってわけじゃないからね。それをやると人間らしい感情や心を失くして魔に魅入られてしまう。でも、いつでも自分の意志で我欲から離れることができるよう、努力してほしい」

 新世代魔力使いの(リンク)使いたちの中には、その辺を誤解して執着どころか感情まで滅する方向の修行をしてしまう者が出ていた。

 結果、人間らしい思いやりの心も失ってしまって、他人や外界と繋がり通じ合うためのものであるはずの(リンク)も使えなくなってしまった者が多数出た。

 (リンク)という術式は、現在ではこの問題点を最も鋭く酷評されている。

 (リンク)自体は条件を満たせば誰でも使える設定で生み出された術式だが、正しい使い方をせず我流で曲解して使うことには、そのような弊害もあるということだ。

 フリーダヤは自分と、魔力使いとしてのパートナーの聖女ロータスの系列の弟子たちにはそのような魔境に陥らないよう、慎重かつ細やかな指導を行う方針を取っている。
 そのため、一党は全員で『ファミリー』を形成し、先輩格は良き父母であり兄や姉、新たな弟子たちは子供や弟や妹であり、等しく面倒を見る。

 ただ、中にはルシウスのように最初から完成した格別な実力者がいて、ファミリーを無視して自分の好きに動いてしまう者も出る。
 それは仕方がない、だって『可愛い子には旅をさせろ』だから。
 ファミリーが増えてくれば、中には好き勝手したがるやんちゃな弟だっているわけだ。

 しかしそんな『わんぱくな弟』とて、いつかはファミリーとして己の義務を果たすときが来ることだろう。
 もっとも、その点に関しては、既に甥のヨシュアやカズン、ユーグレンなどを指導する形で実践していると見ることもできた。



「自在に物事の執着から離れられるようになると、(リンク)が安定する。そうして次第に使える魔力が高まってくると、どこかの時点で“時を壊す”といって、その時点で寿命がストップする。死ななくなるんだ」

 たとえば、フリーダヤ自身は既に800歳を超える魔術師だった。“時を壊す”の結果である。
 ただし、“時を壊す”は魔力使いなら新旧どちらにも起こる、古の時代から知られた現象である。
 円環大陸にはフリーダヤ以上に長く生きている魔力使いも存在していた。

「“時を壊す”が果たされると、自分にとって最も能力を発揮しやすい状態に心や肉体が調整される。大抵は若返るけど、人によっては中年期や老年期の肉体になることもある」

 その上で必要な魔力の量さえあれば、物心ついた年頃から死の直前頃まで広い範囲で、自分の年齢を変えることも可能になる。

 ただし、“時を壊す”は誰にでも起こるわけではない。
 究極まで魔力を高めて稀有な能力を獲得した魔力使いだけに与えられる、栄誉のようなものだった。



「あと、(リンク)を発現した者のうち、私の系統の者には特典があるんだ」

 フリーダヤが頭部の周りに(リンク)の光の輪を出現させると、反応したようにカズンの胸周りにも(リンク)が現れた。

「お、君は胸元に出たのか。(リンク)は出現する位置によって術者の個性がわかる。力の強い者は腰から下が多い。ロータスとルシウスがそのタイプだ。私みたいに頭部に出る者は特に知力に優れる。君のような胸元は、両方の良いとこ取りだ。人と人の調整役や環境の調和に向く。……うん、ステータスに“バランサー”が出たね」

 えっ、と思わずカズンは自分のステータスを確認した。

「本当だ。称号欄にバランサーってある……」
「不安定な状況に調和をもたらす者のことさ。君は魔力使いを輩出する王族の出だから、今後はもっと他にも称号が出てくると思うよ」

 それだけではない。
 称号欄には何と“魔術師”の文字まで増えているではないか。
 そして、カズンがその文字を見た次の瞬間、それまでバグって見えなくなっていた基本ステータスがすべて元に戻った。

「魔術師カズン。今後はそう名乗るといい」



 さて、それで。
 フリーダヤはおもむろにカズンの胸元の(リンク)に手を突っ込んできた。

「ちょっと触らせて貰うよ。……空間収納。アイテムボックスって言えばわかるかな? (リンク)を通じて、異次元空間に物品を収納する見えない箱を設置した。容量や、入れられる物の種類は君が(リンク)を使いこなすほど増えていく。ステータスで詳細は確認できるから、練習してみるといい」
「転生者チート特典来た!?」

 今まで自分にはチート無双の要素は皆無だと思っていたカズンだが、まさかここに来てとは。

「この空間収納に習熟すると、同じ原理を使って空間移動もできるようになる。私は普段は永遠の国にいるから、いつか空間移動で会いにおいで」

 永遠の国は、円環大陸の中央にある秘境だ。誰でも存在を知っているが、周囲を水に囲まれていて内部の実態が不透明なことでも知られている。

「今はまだこの国で、ふつうの生活を送りながら、できるだけ安定して(リンク)を出せるよう練習してみるといい。もっと先に行きたくなったら、旅に出て私の弟子たちに会ってみるといいんじゃないかな」

 魔力使いの世界で、魔術師フリーダヤとその弟子たちは有名人だ。
 彼らに会う資格を得るために、この円環大陸上のどれほどの者たちが血眼になっていることか。

「あの、僕はフリーダヤ様の弟子ということになるんでしょうか?」
「うん、私の系統の(リンク)使いになった。ただし既に世代が移っているから、実際は私の弟子たちのうち、誰かが君の直接の師匠になるはずだよ」

 とフリーダヤは言っていたが、結局特定の師匠一人に付くわけでなく、以降カズンは彼の系統の魔力使いに順番に会っては交流していくことになる。



「さあ、今後は私にも、同じファミリーの他の仲間たちにも敬称はいらない。私たちはすべて等しく価値があり、等しく無価値の、自由を求める探求者となったのさ」