「ルシウス様。僕、イクラ食べたいのです。鮭の魚卵です」
ランクアップ試験も無事終わり、全員まさかの二段階特進で大喜びの後。
慰労会も終わり解散する前にカズンはルシウスにも頼んでおくことにした。
食べたいものは何がなんでも食べてみせるという強い意志がカズンにはある。
「魚卵だと? あれは腐りやすいゆえ廃棄と決まっているのだが」
「僕の前世では皆食べておりました!」
ルシウスには子供の頃に既にカズンの前世のことを伝えている。
というより、カズンが前世を思い出してポロポロ涙を流して泣くようになったとき、両親が真っ先に相談したのが、このルシウスなのだ。
「だが、あれは加熱すると不味いし、かといって生食すると寄生虫が……」
「身と同じ処理で良いのです。即ち氷の魔石で冷凍。確かマイナス20℃で丸一日!」
「!」
「はい!」
天啓を得た、とばかりにルシウスの湖面の水色の瞳が見開かれる。
「……カズン様、ちょっとリースト伯爵領までお越しいただけますかな? ともに鮭の魚卵の可能性を追求しようではないか」
「喜んで! 喜んでー!」
そこまで魚卵如きで盛り上がるか、というようなテンション上げ上げのふたり。
「ええええ……カズン、お前だけリースト伯爵領行くってずるい。しかもヨシュアも一緒だろう?」
「ユーグレン王子、安心するといい。この二人のことは私がしっかり監督しておく。あなたは安心して王族の務めを果たされよ」
「る、ルシウス様がそう仰るなら……」
夏休みに入りたての七月丸々、カズンとヨシュアを追いかけて避暑地に行ってしまったユーグレンは、もうこの夏は王都を出ることはできそうもない。
だがルシウスが確約してくれるのなら、それは確実なことだった。
むしろカズンやヨシュアといった本人たちからの約束より安心である。
「大丈夫ですよ、ユーグレン様。戻ってきたらお土産を渡しにお手紙出しますね」
別れ際、微笑むヨシュアの言葉だけがよすがだった。
ヨシュアが保護者の叔父ルシウスと帰って行った後の午後。
カズンとユーグレンはそのまま王宮に残り、先に来客対応していたヴァシレウスと訪問者とを王族専用の応接間で待っていた。
王宮にやって来たのは、カズンが別荘にいたとき発現した光の輪、環の問い合わせを受けた魔術師フリーダヤだ。
円環大陸の中央にある神秘の永遠の国所属の、この環の開発者本人である。
齢800年を超える、最も有名な魔力使いのひとりだ。
柔らかな若葉の如き薄緑の長い髪と瞳を持つ優男風の若い見た目の魔術師を、現王テオドロス以下、すべての王族で最敬礼で出迎えた。
「はは、よしてくれ、アケロニアの諸君。私はただの魔術師に過ぎないし、君たちより優れているともそうでないとも言えないのだから」
軽い口調で膝をついた一同を立たせて座り直させて、フリーダヤはすぐ話の本題に入った。
ざっと一同を見渡し、末席にいたカズンに目を止めて驚いたように、その髪と同じ色の瞳を見開いた。
「それで、環を発現したのは……君か、カズン!」
てっきりヴァシレウスかと思っていたとフリーダヤが驚いている。
「ご期待に添えず申し訳ありません、フリーダヤ様。私にはこの国は捨てられませぬゆえ」
説明を任せたいと言われたフリーダヤに促されて、カズンは彼を連れて王宮内の別室へ移動することにした。
特段、内緒にする話でもないということだったが、父親のヴァシレウスがまずは二人で話すよう勧めてきたのだ。
小サロンを借り、侍女がティーセットの準備を整え退室した後で、カズンはフリーダヤから話を聞いた。
「君はさ、今のアケロニアで血統的に一番の貴種なわけだけど。昔からあんまり、自分のこと偉いって思ってないところがあったね。そういうところが良かったんだろうな」
カズンは前世が現代日本の一般家庭に育った高校生で、その記憶があったのも良い方向に向かったようだ。
「王族の自分と平民とは、生まれや環境が違うだけで大した違いはないって思ってるね。そういう平等な価値観は貴族社会じゃ忌避されるだろうけど、魔力使いの世界では重要なことだ」
なぜならば、と滑らかにフリーダヤが事実を告げる。
「だって存在は等しく価値があり、また価値がないものだから」
それから、フリーダヤから受けた環の説明はカズンを驚愕させることになる。
カズンとフリーダヤが退室した後、応接間から国王テオドロスの執務室に移動したヴァシレウスたち。
さっそくソファに腰掛け、無造作に黒の騎士服の脚を組んだ王太女グレイシアが嘆息した。
「あーあ、環発現となると、セシリアの可愛いショコラちゃんが王家に残るルートは無くなってしまうかもなあ」
「母上、何を言ってるんですか。カズンは後々は私の側近になる予定なのですよ?」
少なくともユーグレンはそのつもりでいる。
「ふん、この愚息め。派閥だの何だのと煙にまいていたが、このわたくしの目は誤魔化せぬ」
「……うっ」
そう、建前上は仲の良い親友となった三人だが、実態はだいぶ違うものだった。
カズンとヨシュアとユーグレン、三人だけの内緒の話のはずが、なぜか母親のグレイシア王太女にバレている。
「そ、それはともかく。環の発現で可能性が潰れたとは、何のことですか?」
いろいろ誤魔化すためのユーグレンの疑問に、ヴァシレウスとテオドロス、そしてセシリアがほぼ同時に深い溜め息をついた。
「環を発現させた魔力使いは、自由を指向するようになる。結果、それまで所属していた社会的な枠組みから離脱する者が大半とされている」
「どういう意味です?」
「言葉通りの意味だ。恐らくカズンは遠くない未来に、王族どころか、この国からも離れていく可能性が高い」
思わず、ユーグレンはヴァシレウスとセシリアを見た。
二人とも、沈痛そうな表情で両目を閉じ、両手を強く握り締めている。
彼らが一人息子のカズンを溺愛していることは貴族社会に広く知れ渡っている。
「大切なものがあっても、それらとの絆すら断ち切ってしまうのが環というやつらしい。貴族や組織の長に発現すると、大抵は自分の責任を放って出奔すると言われている」
「………………」
「例を挙げると、魔術師フリーダヤの弟子のひとり薬師リコは、この大陸の北部の街の大資産家だったという。だが環を発現した後、彼はその立場も莫大な資産や屋敷も投げ打って、フリーダヤの弟子になったというぞ」
「薬師リコ様、懐かしいですね。ユーグレン、あなたが幼い頃、麻疹にかかったとき世話になった方です」
と王太女の伴侶でユーグレンの父クロレオが懐かしげに目を細めている。
◇◇◇
環は、永遠の国所属の魔術師フリーダヤが約800年前に開発した、特殊な統合魔法魔術式のことである。
魔法と魔術の間の子のような術式で、かつ両方の術を統合したものだからこの名称で呼ばれている。
円環状、即ちリング状の光の輪に変換した自分の魔力の源を出現させる。
外界と繋がる機能からリンクと名付けられた。ちなみに形状から普通にリングと言ってももちろん通じる。
試しにとフリーダヤが自分の環を見せてくれた。
彼の場合は、胸の周りに浮き出たカズンとは違い、頭部の周辺に発現していた。
環の位置は、魔力使いそれぞれ違うらしい。
イメージとしては、カズンの前世の記憶にあるような、土星の輪に近かった。
環は光の輪とも呼ばれるが、実際の形状は幅のある、帯状の輪だった。
それからカズンは彼から、環に関する基本的なレクチャーを受けた。
まず、今後は環を用いることで、魔法・魔術の双方を血筋に依存した魔力だけでなく、それ以外からも用いることが可能となった。
環は自分の肉体が持つ魔力以外に、他者や自然界からも魔力の調達を可能にした魔法魔術式なのだ。
使いこなすには、魔法と魔術いずれを扱う場合でも、直前に執着を離れ無我の意識状態を作ることが求められる。
フリーダヤが環を創造するまでの魔法使い、魔術師たちの世代を魔力使いの世界では旧世代、環以降を新世代と呼ぶ。
旧世代と新世代には、魔力の使い方に大きな違いがある。
旧世代は、己の肉体が持つ魔力をベースとして魔法や魔術を使い、基本的に使える術は自分が持つ魔力量に依存する。
元々のポテンシャル以上の魔力を使う場合、自分や協力者の持つリソースの何かを代償として犠牲にする“代償方式”が特徴だ。
対して新世代は、環を発現できるだけの魔力量さえあれば、本人の力量の範囲内で、環を通じて魔法や魔術を行使するのに必要な魔力を、協力者や環境、世界など自分以外のところから安全に調達できる。
これを“環方式”という。
これらの特徴から、円環大陸では魔法使い、魔術師ともに、緩やかに環方式の新世代へと移行しつつあった。
王侯貴族制のある国や文化では、旧世代が主流で、魔法魔術大国のアケロニア王国も旧世代魔力使いの国だ。
王族や貴族は血脈を通じて強い魔力を受け継いできているため、自分の持つ魔力で大抵のことができてしまうからだ。
また、王侯貴族が新世代の環方式へ移行できない理由というものがあった。
「環を発現させるときは、己を一度リセットして無我にならなきゃいけない。そのとき、自分が属してる社会や義務との意識的な繋がりが切れてしまうんだ。その共同体に所属することの執着や責任感みたいなものもリセットされてしまうから」
例えば、一国の王が環に目覚めてしまうと、己の持つ責務が重荷となって環が使いにくくなる。
だから捨ててしまうのだ、と。
この事実が知れ渡っているため、円環大陸の魔力持ちの王族や貴族たちは環を警戒している。
結果、フリーダヤが環を開発して800年経った現在でも、世界には旧世代と新世代が共存するのみで完全な新世代への移行には至っていない。
むしろ旧世代の中には、新世代の環使いたちを厭う者もいるぐらいだ。
アケロニア王国は現王家に王朝が代わった頃、この魔術師フリーダヤの世話になった恩があった。
その縁で、王族たちは定期的に永遠の国のフリーダヤと連絡を取り合って交流を許されていた。
ただしそれでも何百年もの間、王族にはこれまでひとりも環に目覚め、使えるようになった者が出なかったのだが。
「私が環をこの世界に生み出してから800年が経ったけど、王侯貴族で環を発現させた者は数えるほどしかいない。特に君みたいな王の座に近い王族はね」
その意味でカズンが環を発現した意味は大きい。
「もしかすると、君の身近にも環が出やすい人材が集まってるんじゃないかな。友達とか親しい人はいるかい?」
と言われてカズンの脳裏にすぐに浮かんだのは、やはり幼馴染みのヨシュアだ。彼は魔力に関しては同世代の中でも特に秀でた存在だった。
それと、近い親戚であるユーグレンだろう。
ランクアップ試験も無事終わり、全員まさかの二段階特進で大喜びの後。
慰労会も終わり解散する前にカズンはルシウスにも頼んでおくことにした。
食べたいものは何がなんでも食べてみせるという強い意志がカズンにはある。
「魚卵だと? あれは腐りやすいゆえ廃棄と決まっているのだが」
「僕の前世では皆食べておりました!」
ルシウスには子供の頃に既にカズンの前世のことを伝えている。
というより、カズンが前世を思い出してポロポロ涙を流して泣くようになったとき、両親が真っ先に相談したのが、このルシウスなのだ。
「だが、あれは加熱すると不味いし、かといって生食すると寄生虫が……」
「身と同じ処理で良いのです。即ち氷の魔石で冷凍。確かマイナス20℃で丸一日!」
「!」
「はい!」
天啓を得た、とばかりにルシウスの湖面の水色の瞳が見開かれる。
「……カズン様、ちょっとリースト伯爵領までお越しいただけますかな? ともに鮭の魚卵の可能性を追求しようではないか」
「喜んで! 喜んでー!」
そこまで魚卵如きで盛り上がるか、というようなテンション上げ上げのふたり。
「ええええ……カズン、お前だけリースト伯爵領行くってずるい。しかもヨシュアも一緒だろう?」
「ユーグレン王子、安心するといい。この二人のことは私がしっかり監督しておく。あなたは安心して王族の務めを果たされよ」
「る、ルシウス様がそう仰るなら……」
夏休みに入りたての七月丸々、カズンとヨシュアを追いかけて避暑地に行ってしまったユーグレンは、もうこの夏は王都を出ることはできそうもない。
だがルシウスが確約してくれるのなら、それは確実なことだった。
むしろカズンやヨシュアといった本人たちからの約束より安心である。
「大丈夫ですよ、ユーグレン様。戻ってきたらお土産を渡しにお手紙出しますね」
別れ際、微笑むヨシュアの言葉だけがよすがだった。
ヨシュアが保護者の叔父ルシウスと帰って行った後の午後。
カズンとユーグレンはそのまま王宮に残り、先に来客対応していたヴァシレウスと訪問者とを王族専用の応接間で待っていた。
王宮にやって来たのは、カズンが別荘にいたとき発現した光の輪、環の問い合わせを受けた魔術師フリーダヤだ。
円環大陸の中央にある神秘の永遠の国所属の、この環の開発者本人である。
齢800年を超える、最も有名な魔力使いのひとりだ。
柔らかな若葉の如き薄緑の長い髪と瞳を持つ優男風の若い見た目の魔術師を、現王テオドロス以下、すべての王族で最敬礼で出迎えた。
「はは、よしてくれ、アケロニアの諸君。私はただの魔術師に過ぎないし、君たちより優れているともそうでないとも言えないのだから」
軽い口調で膝をついた一同を立たせて座り直させて、フリーダヤはすぐ話の本題に入った。
ざっと一同を見渡し、末席にいたカズンに目を止めて驚いたように、その髪と同じ色の瞳を見開いた。
「それで、環を発現したのは……君か、カズン!」
てっきりヴァシレウスかと思っていたとフリーダヤが驚いている。
「ご期待に添えず申し訳ありません、フリーダヤ様。私にはこの国は捨てられませぬゆえ」
説明を任せたいと言われたフリーダヤに促されて、カズンは彼を連れて王宮内の別室へ移動することにした。
特段、内緒にする話でもないということだったが、父親のヴァシレウスがまずは二人で話すよう勧めてきたのだ。
小サロンを借り、侍女がティーセットの準備を整え退室した後で、カズンはフリーダヤから話を聞いた。
「君はさ、今のアケロニアで血統的に一番の貴種なわけだけど。昔からあんまり、自分のこと偉いって思ってないところがあったね。そういうところが良かったんだろうな」
カズンは前世が現代日本の一般家庭に育った高校生で、その記憶があったのも良い方向に向かったようだ。
「王族の自分と平民とは、生まれや環境が違うだけで大した違いはないって思ってるね。そういう平等な価値観は貴族社会じゃ忌避されるだろうけど、魔力使いの世界では重要なことだ」
なぜならば、と滑らかにフリーダヤが事実を告げる。
「だって存在は等しく価値があり、また価値がないものだから」
それから、フリーダヤから受けた環の説明はカズンを驚愕させることになる。
カズンとフリーダヤが退室した後、応接間から国王テオドロスの執務室に移動したヴァシレウスたち。
さっそくソファに腰掛け、無造作に黒の騎士服の脚を組んだ王太女グレイシアが嘆息した。
「あーあ、環発現となると、セシリアの可愛いショコラちゃんが王家に残るルートは無くなってしまうかもなあ」
「母上、何を言ってるんですか。カズンは後々は私の側近になる予定なのですよ?」
少なくともユーグレンはそのつもりでいる。
「ふん、この愚息め。派閥だの何だのと煙にまいていたが、このわたくしの目は誤魔化せぬ」
「……うっ」
そう、建前上は仲の良い親友となった三人だが、実態はだいぶ違うものだった。
カズンとヨシュアとユーグレン、三人だけの内緒の話のはずが、なぜか母親のグレイシア王太女にバレている。
「そ、それはともかく。環の発現で可能性が潰れたとは、何のことですか?」
いろいろ誤魔化すためのユーグレンの疑問に、ヴァシレウスとテオドロス、そしてセシリアがほぼ同時に深い溜め息をついた。
「環を発現させた魔力使いは、自由を指向するようになる。結果、それまで所属していた社会的な枠組みから離脱する者が大半とされている」
「どういう意味です?」
「言葉通りの意味だ。恐らくカズンは遠くない未来に、王族どころか、この国からも離れていく可能性が高い」
思わず、ユーグレンはヴァシレウスとセシリアを見た。
二人とも、沈痛そうな表情で両目を閉じ、両手を強く握り締めている。
彼らが一人息子のカズンを溺愛していることは貴族社会に広く知れ渡っている。
「大切なものがあっても、それらとの絆すら断ち切ってしまうのが環というやつらしい。貴族や組織の長に発現すると、大抵は自分の責任を放って出奔すると言われている」
「………………」
「例を挙げると、魔術師フリーダヤの弟子のひとり薬師リコは、この大陸の北部の街の大資産家だったという。だが環を発現した後、彼はその立場も莫大な資産や屋敷も投げ打って、フリーダヤの弟子になったというぞ」
「薬師リコ様、懐かしいですね。ユーグレン、あなたが幼い頃、麻疹にかかったとき世話になった方です」
と王太女の伴侶でユーグレンの父クロレオが懐かしげに目を細めている。
◇◇◇
環は、永遠の国所属の魔術師フリーダヤが約800年前に開発した、特殊な統合魔法魔術式のことである。
魔法と魔術の間の子のような術式で、かつ両方の術を統合したものだからこの名称で呼ばれている。
円環状、即ちリング状の光の輪に変換した自分の魔力の源を出現させる。
外界と繋がる機能からリンクと名付けられた。ちなみに形状から普通にリングと言ってももちろん通じる。
試しにとフリーダヤが自分の環を見せてくれた。
彼の場合は、胸の周りに浮き出たカズンとは違い、頭部の周辺に発現していた。
環の位置は、魔力使いそれぞれ違うらしい。
イメージとしては、カズンの前世の記憶にあるような、土星の輪に近かった。
環は光の輪とも呼ばれるが、実際の形状は幅のある、帯状の輪だった。
それからカズンは彼から、環に関する基本的なレクチャーを受けた。
まず、今後は環を用いることで、魔法・魔術の双方を血筋に依存した魔力だけでなく、それ以外からも用いることが可能となった。
環は自分の肉体が持つ魔力以外に、他者や自然界からも魔力の調達を可能にした魔法魔術式なのだ。
使いこなすには、魔法と魔術いずれを扱う場合でも、直前に執着を離れ無我の意識状態を作ることが求められる。
フリーダヤが環を創造するまでの魔法使い、魔術師たちの世代を魔力使いの世界では旧世代、環以降を新世代と呼ぶ。
旧世代と新世代には、魔力の使い方に大きな違いがある。
旧世代は、己の肉体が持つ魔力をベースとして魔法や魔術を使い、基本的に使える術は自分が持つ魔力量に依存する。
元々のポテンシャル以上の魔力を使う場合、自分や協力者の持つリソースの何かを代償として犠牲にする“代償方式”が特徴だ。
対して新世代は、環を発現できるだけの魔力量さえあれば、本人の力量の範囲内で、環を通じて魔法や魔術を行使するのに必要な魔力を、協力者や環境、世界など自分以外のところから安全に調達できる。
これを“環方式”という。
これらの特徴から、円環大陸では魔法使い、魔術師ともに、緩やかに環方式の新世代へと移行しつつあった。
王侯貴族制のある国や文化では、旧世代が主流で、魔法魔術大国のアケロニア王国も旧世代魔力使いの国だ。
王族や貴族は血脈を通じて強い魔力を受け継いできているため、自分の持つ魔力で大抵のことができてしまうからだ。
また、王侯貴族が新世代の環方式へ移行できない理由というものがあった。
「環を発現させるときは、己を一度リセットして無我にならなきゃいけない。そのとき、自分が属してる社会や義務との意識的な繋がりが切れてしまうんだ。その共同体に所属することの執着や責任感みたいなものもリセットされてしまうから」
例えば、一国の王が環に目覚めてしまうと、己の持つ責務が重荷となって環が使いにくくなる。
だから捨ててしまうのだ、と。
この事実が知れ渡っているため、円環大陸の魔力持ちの王族や貴族たちは環を警戒している。
結果、フリーダヤが環を開発して800年経った現在でも、世界には旧世代と新世代が共存するのみで完全な新世代への移行には至っていない。
むしろ旧世代の中には、新世代の環使いたちを厭う者もいるぐらいだ。
アケロニア王国は現王家に王朝が代わった頃、この魔術師フリーダヤの世話になった恩があった。
その縁で、王族たちは定期的に永遠の国のフリーダヤと連絡を取り合って交流を許されていた。
ただしそれでも何百年もの間、王族にはこれまでひとりも環に目覚め、使えるようになった者が出なかったのだが。
「私が環をこの世界に生み出してから800年が経ったけど、王侯貴族で環を発現させた者は数えるほどしかいない。特に君みたいな王の座に近い王族はね」
その意味でカズンが環を発現した意味は大きい。
「もしかすると、君の身近にも環が出やすい人材が集まってるんじゃないかな。友達とか親しい人はいるかい?」
と言われてカズンの脳裏にすぐに浮かんだのは、やはり幼馴染みのヨシュアだ。彼は魔力に関しては同世代の中でも特に秀でた存在だった。
それと、近い親戚であるユーグレンだろう。