それから二週間後の平日、午前中に一同はリースト伯爵家に集まった。
 まだ学生のカズンとユーグレン王子は公務扱いで、学園は欠席である。

 リースト伯爵家の邸宅内、二十人ほどが収容できる広さの儀式専用室、室内奥の祭壇上に、魔法樹脂に封印されたヨシュアの父であったリースト伯爵カイルが安置されていた。

「カイル……何てことだ……」

 杖をついた、老年で白く長い口髭の魔法魔術騎士団の団長が、喉の奥からしわがれた声を絞り出した。
 リースト伯爵カイルは彼の補佐官を務めていた人物なのだ。
 魔法と魔術の実力者である団長を、リースト伯爵は実の父のように慕っていたことが知られている。
 団長自身も、リースト伯爵を次あるいはその次の魔法魔術騎士団の団長候補として育てていたのだ。

「まだ四十にもならぬ若造の身で、息子を残して逝ってしまったか」

 透明な魔法樹脂の中で、リースト伯爵カイルは乗馬服のまま、横向きに腰と両脚を曲げた不自然な姿勢で固まっている。
 頭の位置が下向きに歪に傾いている。首の骨が折れていることが、それでわかる。
 口は僅かに開き、両目は閉じられていた。
 その顔立ちは息子のヨシュアとよく似ており、青みがかった銀髪も同じ色だ。
 身体の側面が触れている魔法樹脂の底面には、地面の土と雑草などがまばらになってリースト伯爵の下側に一緒に封入されていた。
 その土や草に鮮血が広がっている。
 リースト伯爵が落馬した際の出血ごと、魔法樹脂の中に封じ込まれているのだろう。

「父が肉体に刻んだ魔術式は四つになります。腰にひとつ、右手と左手にひとつずつ、額にひとつで計四つ。団長閣下、術式の移植をお願いできますか?」
「おお、おお、もちろんじゃとも。魔法樹脂に両手を触れさせるがよい」

 言われるままにヨシュアが透明な樹脂に両手の平を付ける。
 団長が木の長い杖を振るとすぐに、リースト伯爵の入った魔法樹脂が発光し始めた。

「まずは左手の魔術式」

 魔法樹脂がひときわ大きく輝き、やがてリースト伯爵の左手から白く発光した術式図形が剥がれて、空中に浮遊する。
 術式図形はすぐに、ヨシュアの左手の甲に吸い込まれ、皮膚上に光ったまま浮き上がった。

 同じことを、右手、腰、そして額と続けて行っていく。

 最後に、より強く魔法樹脂が輝いて空中に溶けていき、樹脂を構成していた魔力がひとつの緻密な図形に再構築された。
 それがリースト伯爵を封印していた魔法樹脂の術式であることは、門外漢のカズンたちにもわかった。

 団長がヨシュアを見定めるように見つめた。

「新たなリースト伯爵となるお前は、父と同じ術式をその身に刻まねばならん。父のように……」

 このように、と魔法樹脂が消えて、祭壇の上に崩れるように倒れ込んだリースト伯爵を見るよう促した。

「お前も、父と同じように、こうして惨めで無様な死に様を晒すことになるかもしれない。もちろん、ベッドの上で、大切な者たちに見守られながら人生を終えるかもしれぬが」

 領地で後妻の毒により落馬したリースト伯爵は、自動発動の魔法樹脂にその身を固められ、辛うじて肉体だけが生きている状態で発見された。
 後継者のヨシュアも、同じ末路を迎えぬという保障はなかった。

「とうに覚悟はできています。オレはリースト伯爵として父の後を継ぎ、責務を果たします」

 強く断言したヨシュアに頷くと、団長が振った杖の軌跡を通じて術式がヨシュアの胸元へ吸い込まれていった。