そのままサロンで軽食や菓子をつまみながら、カズンたちは談笑していた。
話が弾んできて、カズンはこの夏休み中に騎士団でランクアップ試験を受けたいとの話題を出した。
それを聞いたヨシュアの叔父、リースト子爵ルシウスが自分が試験を請け負うと申し出てくれた。
「ちょうど私のほうも手が空いたところだ。お前たち、どの程度成長したか私に見せてみなさい」
何の手が空いたかといえば、彼の最愛の兄を殺した前リースト伯爵カイルの後妻の実家の粛清だ。
完膚なきまでに叩きのめした。いや潰した。破壊した。
そんなことをしても愛する兄は戻って来ないのだが、やらずにはいられなかった。
「ルシウス様……」
低い美声で心底悔しげに、悲しげに呟かれて、カズンたちは胸が潰れるようだった。
というか本当にルシウスから発せられる魔力の圧力で潰されそうだ。
文字通り圧がすごい。
「……はは。愚痴を言ってしまってすまない。よし、騎士団でランクアップ試験を受けるのだな。手配は私がしておくから、お前たちは三日後まで可能な限り鍛えておくように」
「三日後で予定が取れるのですか?」
「問題ない。……そうだな、午前9時に王都騎士団本部の練兵場に集合だ。動きやすく汚れても良い格好で来るように。ああ、ちゃんと着替えも持参するのだぞ。朝食は抜いて飲み物だけに留めるように。やりすぎると吐くやもしれぬ」
そして彼は仕切り屋だった。
ルシウスがその日その時間だと指定したなら、その通りになるのだ。例外はない。
そしてこの瞬間、ランクアップ試験が吐くほどきついものになることが確定してしまった。
完全無欠の最強男と書いて“越えられない壁”と読む。
それがリースト子爵ルシウスを端的に表す、この上ない的確な表現だった。
久々にルシウスの活躍が見られると知って、王都騎士団の訓練所には王宮の内外から人が集まった。
「あたくしの可愛いショコラちゃーん! がんばってーえ!」
「お母様! 僕、頑張ります!」
観覧席から母セシリアが手を振りながら応援の声を上げていた。
これは負けられない。
そのセシリアもいつものような家でのワンピースや、ましてや社交に出るときのようなドレス姿ではない。
アケロニア王国では、成人した貴族はすべて国の軍属となる。
その上で、王都や各地域の騎士団か、自領の騎士団もしくは兵団に所属することになる。
騎士団に所属すると本人のみ一代限りの騎士爵の身分が与えられる。
このことから、爵位持ちの貴族の大半は騎士爵を従属爵位に持つ。
そしてアルトレイ女大公である彼女は大公家の専属騎士団を擁している。
よって彼女もまた騎士爵を持つ女騎士だ。今回、専用の黒い生地を使った夏用の騎士服をまとっての観覧である。
セシリアの隣には、同じような黒の騎士服姿の王太女グレイシアとその伴侶クロレオもいる。
生憎と父親ヴァシレウスは用事があって来られなかった。たいそう残念がっていたが仕方がない。
今回、挑戦者のランクアップ試験を担当するのはリースト子爵ルシウス。
現リースト伯爵ヨシュアの父方の叔父で後見人、リースト騎士団の副司令官でもある。
麗しの美貌で知られるリースト伯爵家の本家筋の人間なので、たいそう美しく、その上、男前だ。
これがまた、リースト伯爵家のネイビーのラインとミスリル銀の装飾入りの白い軍服が憎らしいほど似合っている。
そのため会場の観覧席には普段はいないはずの、各貴族家の三十代の淑女たちがいる。彼女たちは皆、ルシウスと同世代あるいは近い世代の女性たちだ。
特に学園で一年でも共に通った世代は、彼のファンクラブであった女性が多い。
彼女たちも貴族家の出身でそれぞれの家の軍服を身に纏っている。
そのため、黄色い悲鳴は聞こえてくるものの、風紀を乱すような派手で色っぽい夏のドレス姿の者はひとりもいなかった。
規則だからというのは、もちろんある。
しかし、この場合、ルシウス本人に見つかると説教一時間コース待ったなしなので各々が自重しているのである。
ルシウスが試験担当者なら、リースト伯爵家の男子特有の金剛石の魔法剣が出てくるか? と誰もが予想していた。
しかし大方の予想に反してルシウスが手に取ったのは、王都騎士団の備品の、なんてことのない鉄剣だった。
「まずはひとりずつ、それぞれ得意な獲物とやり方でかかってくるように」
ユーグレンは右手に大剣、左腕にアケロニア王族特有の盾剣バックラーを魔力で編み出しての挑戦だ。
筋骨隆々とまではいかないが、ユーグレンも日々騎士たちから訓練を受け、大剣を振り回す膂力がある。ましてや身体強化を使えるのだから、軽々と。
カズンは盾剣バックラーのサイズを大きめに調整して左腕へ装着。
武器はあえて持たず、籠手を付けての徒手空拳での挑戦だ。
カズンはまた拳だけでなく足技も持っている。
ヨシュアはやはり有名な金剛石、ダイヤモンドの魔法剣だ。
宙に浮かせて自在に扱う他、手元に一振り残して対人用に使う。
ルシウスの鍛えられた身体からは、光るネオンブルーの魔力が噴き出している。
怖い。あれは絶対に勝てないやつだ。
ユーグレン、カズンはそれぞれ三手ほど交わした時点で攻撃が通らなくなり、一分もしないうちに試験は終了した。
だが、二人とも終わった後は全身に汗を流して息を荒げていた。
「き、きつい……!」
「永遠に終わらないかと思った……!」
胸の奥から込み上げてくるものがある。
必死に堪えていたが、ふたりして用意されていたバケツに吐いてしまった。
本命はやはり、叔父と甥の対決だろう。
「ルシウス叔父様、胸をお借りします」
「来い、ヨシュア!」
が、しかし。
「お、おい、“竜殺し”の称号持ち英雄が震えてるじゃないか……」
会場で誰かが呟いた。その声はやたらと会場内に通る。
「ヨシュア! 大丈夫だ、ポーションも魔力ポーションも僕とユーグレンで王宮内のありったけの在庫をかき集めてきた! 怪我しようが手足がもげようがすぐ治してやるからな! 安心して良いぞ!」
「……どこにも安心できる要素がない」
ぽそっとヨシュアが呟くが、すぐに目の前の叔父に意識を集中させた。
「叔父様、そんな無粋な剣でオレの相手をしないでください。あなただってダイヤモンドの魔法剣を持っているのだから!」
「……これは真剣勝負ではない。あくまでも試験であってだな」
「叔父様」
「……仕方のない子だ。怪我しても恨むでないぞ?」
こちらは観覧席のカズンの母セシリアとユーグレンの母の王太女グレイシア。
「出たな……“魔剣”」
「えっ、聖剣でしょ? ルシウス君の魔法剣って」
「こんな大地を揺るがすような聖剣があってたまるか」
あの、たった一振りの両刃の魔法剣の存在感ときたら。
魔力で顕現させた瞬間から、ゴゴゴゴゴ……と地鳴りのような音が鳴って空気が震えている。
その剣の属性は聖。
美しく眩く輝くダイヤモンドの魔法剣である。
彼が生み出せる魔法剣はこの一振りのみ。
気づくと誰もが歓声を止めてその美しい剣に見入っていた。
もちろん、既に試験を終えたカズンやユーグレンも。
子供の頃から絵本や物語の中でしか見たことのなかった聖剣は、カズンたち男子にとって大きな憧れだった。
聖剣を持つにも関わらず、ルシウスの学生時代のあだ名は“魔王”だった。つまりはそういうことである。
伊達に最強男と呼ばれているわけではなかった。
話が弾んできて、カズンはこの夏休み中に騎士団でランクアップ試験を受けたいとの話題を出した。
それを聞いたヨシュアの叔父、リースト子爵ルシウスが自分が試験を請け負うと申し出てくれた。
「ちょうど私のほうも手が空いたところだ。お前たち、どの程度成長したか私に見せてみなさい」
何の手が空いたかといえば、彼の最愛の兄を殺した前リースト伯爵カイルの後妻の実家の粛清だ。
完膚なきまでに叩きのめした。いや潰した。破壊した。
そんなことをしても愛する兄は戻って来ないのだが、やらずにはいられなかった。
「ルシウス様……」
低い美声で心底悔しげに、悲しげに呟かれて、カズンたちは胸が潰れるようだった。
というか本当にルシウスから発せられる魔力の圧力で潰されそうだ。
文字通り圧がすごい。
「……はは。愚痴を言ってしまってすまない。よし、騎士団でランクアップ試験を受けるのだな。手配は私がしておくから、お前たちは三日後まで可能な限り鍛えておくように」
「三日後で予定が取れるのですか?」
「問題ない。……そうだな、午前9時に王都騎士団本部の練兵場に集合だ。動きやすく汚れても良い格好で来るように。ああ、ちゃんと着替えも持参するのだぞ。朝食は抜いて飲み物だけに留めるように。やりすぎると吐くやもしれぬ」
そして彼は仕切り屋だった。
ルシウスがその日その時間だと指定したなら、その通りになるのだ。例外はない。
そしてこの瞬間、ランクアップ試験が吐くほどきついものになることが確定してしまった。
完全無欠の最強男と書いて“越えられない壁”と読む。
それがリースト子爵ルシウスを端的に表す、この上ない的確な表現だった。
久々にルシウスの活躍が見られると知って、王都騎士団の訓練所には王宮の内外から人が集まった。
「あたくしの可愛いショコラちゃーん! がんばってーえ!」
「お母様! 僕、頑張ります!」
観覧席から母セシリアが手を振りながら応援の声を上げていた。
これは負けられない。
そのセシリアもいつものような家でのワンピースや、ましてや社交に出るときのようなドレス姿ではない。
アケロニア王国では、成人した貴族はすべて国の軍属となる。
その上で、王都や各地域の騎士団か、自領の騎士団もしくは兵団に所属することになる。
騎士団に所属すると本人のみ一代限りの騎士爵の身分が与えられる。
このことから、爵位持ちの貴族の大半は騎士爵を従属爵位に持つ。
そしてアルトレイ女大公である彼女は大公家の専属騎士団を擁している。
よって彼女もまた騎士爵を持つ女騎士だ。今回、専用の黒い生地を使った夏用の騎士服をまとっての観覧である。
セシリアの隣には、同じような黒の騎士服姿の王太女グレイシアとその伴侶クロレオもいる。
生憎と父親ヴァシレウスは用事があって来られなかった。たいそう残念がっていたが仕方がない。
今回、挑戦者のランクアップ試験を担当するのはリースト子爵ルシウス。
現リースト伯爵ヨシュアの父方の叔父で後見人、リースト騎士団の副司令官でもある。
麗しの美貌で知られるリースト伯爵家の本家筋の人間なので、たいそう美しく、その上、男前だ。
これがまた、リースト伯爵家のネイビーのラインとミスリル銀の装飾入りの白い軍服が憎らしいほど似合っている。
そのため会場の観覧席には普段はいないはずの、各貴族家の三十代の淑女たちがいる。彼女たちは皆、ルシウスと同世代あるいは近い世代の女性たちだ。
特に学園で一年でも共に通った世代は、彼のファンクラブであった女性が多い。
彼女たちも貴族家の出身でそれぞれの家の軍服を身に纏っている。
そのため、黄色い悲鳴は聞こえてくるものの、風紀を乱すような派手で色っぽい夏のドレス姿の者はひとりもいなかった。
規則だからというのは、もちろんある。
しかし、この場合、ルシウス本人に見つかると説教一時間コース待ったなしなので各々が自重しているのである。
ルシウスが試験担当者なら、リースト伯爵家の男子特有の金剛石の魔法剣が出てくるか? と誰もが予想していた。
しかし大方の予想に反してルシウスが手に取ったのは、王都騎士団の備品の、なんてことのない鉄剣だった。
「まずはひとりずつ、それぞれ得意な獲物とやり方でかかってくるように」
ユーグレンは右手に大剣、左腕にアケロニア王族特有の盾剣バックラーを魔力で編み出しての挑戦だ。
筋骨隆々とまではいかないが、ユーグレンも日々騎士たちから訓練を受け、大剣を振り回す膂力がある。ましてや身体強化を使えるのだから、軽々と。
カズンは盾剣バックラーのサイズを大きめに調整して左腕へ装着。
武器はあえて持たず、籠手を付けての徒手空拳での挑戦だ。
カズンはまた拳だけでなく足技も持っている。
ヨシュアはやはり有名な金剛石、ダイヤモンドの魔法剣だ。
宙に浮かせて自在に扱う他、手元に一振り残して対人用に使う。
ルシウスの鍛えられた身体からは、光るネオンブルーの魔力が噴き出している。
怖い。あれは絶対に勝てないやつだ。
ユーグレン、カズンはそれぞれ三手ほど交わした時点で攻撃が通らなくなり、一分もしないうちに試験は終了した。
だが、二人とも終わった後は全身に汗を流して息を荒げていた。
「き、きつい……!」
「永遠に終わらないかと思った……!」
胸の奥から込み上げてくるものがある。
必死に堪えていたが、ふたりして用意されていたバケツに吐いてしまった。
本命はやはり、叔父と甥の対決だろう。
「ルシウス叔父様、胸をお借りします」
「来い、ヨシュア!」
が、しかし。
「お、おい、“竜殺し”の称号持ち英雄が震えてるじゃないか……」
会場で誰かが呟いた。その声はやたらと会場内に通る。
「ヨシュア! 大丈夫だ、ポーションも魔力ポーションも僕とユーグレンで王宮内のありったけの在庫をかき集めてきた! 怪我しようが手足がもげようがすぐ治してやるからな! 安心して良いぞ!」
「……どこにも安心できる要素がない」
ぽそっとヨシュアが呟くが、すぐに目の前の叔父に意識を集中させた。
「叔父様、そんな無粋な剣でオレの相手をしないでください。あなただってダイヤモンドの魔法剣を持っているのだから!」
「……これは真剣勝負ではない。あくまでも試験であってだな」
「叔父様」
「……仕方のない子だ。怪我しても恨むでないぞ?」
こちらは観覧席のカズンの母セシリアとユーグレンの母の王太女グレイシア。
「出たな……“魔剣”」
「えっ、聖剣でしょ? ルシウス君の魔法剣って」
「こんな大地を揺るがすような聖剣があってたまるか」
あの、たった一振りの両刃の魔法剣の存在感ときたら。
魔力で顕現させた瞬間から、ゴゴゴゴゴ……と地鳴りのような音が鳴って空気が震えている。
その剣の属性は聖。
美しく眩く輝くダイヤモンドの魔法剣である。
彼が生み出せる魔法剣はこの一振りのみ。
気づくと誰もが歓声を止めてその美しい剣に見入っていた。
もちろん、既に試験を終えたカズンやユーグレンも。
子供の頃から絵本や物語の中でしか見たことのなかった聖剣は、カズンたち男子にとって大きな憧れだった。
聖剣を持つにも関わらず、ルシウスの学生時代のあだ名は“魔王”だった。つまりはそういうことである。
伊達に最強男と呼ばれているわけではなかった。