詳しい話を聞いて、今後同じ血族の者として協力し合うことをイマージとラーフ公爵夫人ゾエは約束した。
屋敷を出るとき、ふとイマージの脳裏をある考えがかすめた。
(そうだ、ぼくたちは同じロットハーナの末裔。だけどゾエ夫人は既に犯罪者で追われるだけの身。ならば僕が彼女の物を貰っても構わないのではなかろうか)
見送りに来た金髪の執事を、イマージは振り向きざま、手持ちの隕鉄のナイフで刺した。
すぐに執事は硬直し、輪郭からほろほろと崩れて、後には指先で摘まめるほどの金の塊が残る。
「………………」
(なるほど。このナイフはこうするだけで良かったのか)
そのままイマージは再び屋敷の中に戻る。
気配と足音を殺しながら、先ほどまでいた応接間まで戻ると、まだラーフ公爵夫人はそこにいた。
「奥様、申し訳ありません。お伝えし忘れていたことがありました」
「まあ、何かしら」
イマージは自分の容貌や物腰が、他者に脅威を与えないことを知っていた。
故郷では平民ながら気品のある雰囲気だけで、目上の人間に一目置かれることも多かった。
そこは容貌の似通ったゾエ夫人も同じだろう。
「先ほどお見せした先祖伝来のナイフのことです。拵え部分の装飾と魔石について、お耳に入れておいたほうが良いかと思いまして」
先ほど執事に突き刺した後、懐に入れていた隕鉄製のナイフを取り出す。
ナイフは刃の部分が黒っぽい隕鉄で、表面にいくつも雷が走ったような紋様が入っている。
柄は銀製で、錆はないが全体的に黒ずんでいる。
ロットハーナの紋章と黒い魔石は持ち手の尻に当たる柄頭にある。
「この部分なのですが……」
剥き出しのままのナイフの柄側を夫人に向けて差し出した。
ゾエ夫人は何の警戒心も見せずにナイフを受け取ろうとする。
「!」
夫人がナイフを受け取る寸前、イマージはナイフの柄を自分で持ち直して、刃先を夫人に向け、華奢な肩に手を付いて勢いよく胸に突き刺した。
よく研がれた鉄の剣と違って、隕鉄のナイフの切れ味は鈍い。
それでもイマージも学生とはいえ、身体の出来上がった大人の男に近い体格と体力の持ち主だ。
その力で強引に突き刺せば、夫人の夏用のドレスの生地は難なく通過して、肉体まで到達した。
(やったぞ。上手く肋骨に当たらず刺せた)
そのまま力任せにナイフを夫人の胸元に押し込む。
急所の心臓まで達すると、抵抗を見せていたラーフ公爵夫人ゾエは一際大きく目を見開いた後で事切れた。
夫人の輪郭が、先ほどの執事と同じようにほろほろと崩れていく。
後には、イマージの拳より一回り小さいくらいの金塊が残った。
「すごいな。こんなに簡単なのか」
それから屋敷の中を見て回って、数人いた使用人たちからある程度、ゾエ夫人と執事たちに関する情報、この屋敷に出入りする人間や商人たちの話を聞き出した。
その上で口封じを兼ねて全員、隕鉄のナイフで刺して黄金に変えた。
もっとも、使用人たちは魔力をほとんど持たない者たちだったようで、後に残ったのは砂金粒ほどの金でしかなかったが。
これまで覚えたことのないような高揚感に浮き足立ちながら、屋敷の部屋をひとつひとつ確認していった。
ゾエ夫人に付き従っていた執事は家令を兼ねていたようだから、資金は彼が管理していたはずだ。
使用人部屋のひとつに、案の定金庫があった。
サイズはイマージが一抱えできる木箱程度だろうか。
鍵がかかっていたが、屋敷の入り口まで戻って、そのまま残っていた執事の衣服を探るとポケットから屋敷内の主だった部屋や設備の鍵を束ねたリングが出てくる。金庫らしきものの鍵もあった。
すぐ金庫の部屋に戻って開けると、そこには金塊半分、残り半分は大金貨と小金貨が布袋に詰まっていた。
あとは夫人のものだろう貴金属の宝飾品だ。
改めて屋敷の中を確認して、資金はこの金庫にあるだけだと確認する。
それでも金庫の中一杯の金は大量で、イマージひとりで持ち運ぶのは骨が折れそうだった。
少し考えて、イマージは徒歩圏内で、できるだけ街に近い場所に小さな家を借りた。
そうしてホーライル侯爵領にいる夏休みの残り期間の間に、住人の居なくなった屋敷から持てるだけ金塊や金貨を持ち出して、借りた家に移動させた。
これだけの資金があれば、この人生で金に苦労することはないだろう。
だが、アケロニア王国に来た当初の目的である学園卒業資格だけは得たかったので、イマージはそのまま学園に通い続けることにした。
王都の城下町の下宿での生活は変えなかった。
いつも月末近くにやっとのことで支払っていた家賃も、きちんと月初に支払うようになったことだけが変化だ。
そして放課後の短期労働も、急に辞めると怪しまれると思い、少しずつ適当な理由をつけてフェードアウトしていった。故郷の家族が仕送りしてくれるようになったから、という理由はとても説得力があり使えた。
毎週末には、王都や近郊の国内の転移魔術陣のある街から、ホーライル侯爵領の家へと飛んだ。
金銭的な不安がなくなったから、今までできなかった贅沢も楽しんでみた。
そんな生活の合間に、冒険者としての実力を上げていき、冒険者ランクもCまでアップさせた。
人目のないところで冒険者たちを黄金に変えていったが、やはり魔力の多く強い者でないと成果が少ない。
「魔力の多いもの……やはり貴族か」
高位貴族家出身のラーフ公爵夫人ゾエで、拳より小さいぐらいの金塊になる。
色々と実験してみる必要がある。
彼女は派手にやらかしたから問題になったが、自分ならもっと慎重にやれる。
ロットハーナの使っていた錬金術についても、もっと詳しく調べて研究してみたかった。
屋敷を出るとき、ふとイマージの脳裏をある考えがかすめた。
(そうだ、ぼくたちは同じロットハーナの末裔。だけどゾエ夫人は既に犯罪者で追われるだけの身。ならば僕が彼女の物を貰っても構わないのではなかろうか)
見送りに来た金髪の執事を、イマージは振り向きざま、手持ちの隕鉄のナイフで刺した。
すぐに執事は硬直し、輪郭からほろほろと崩れて、後には指先で摘まめるほどの金の塊が残る。
「………………」
(なるほど。このナイフはこうするだけで良かったのか)
そのままイマージは再び屋敷の中に戻る。
気配と足音を殺しながら、先ほどまでいた応接間まで戻ると、まだラーフ公爵夫人はそこにいた。
「奥様、申し訳ありません。お伝えし忘れていたことがありました」
「まあ、何かしら」
イマージは自分の容貌や物腰が、他者に脅威を与えないことを知っていた。
故郷では平民ながら気品のある雰囲気だけで、目上の人間に一目置かれることも多かった。
そこは容貌の似通ったゾエ夫人も同じだろう。
「先ほどお見せした先祖伝来のナイフのことです。拵え部分の装飾と魔石について、お耳に入れておいたほうが良いかと思いまして」
先ほど執事に突き刺した後、懐に入れていた隕鉄製のナイフを取り出す。
ナイフは刃の部分が黒っぽい隕鉄で、表面にいくつも雷が走ったような紋様が入っている。
柄は銀製で、錆はないが全体的に黒ずんでいる。
ロットハーナの紋章と黒い魔石は持ち手の尻に当たる柄頭にある。
「この部分なのですが……」
剥き出しのままのナイフの柄側を夫人に向けて差し出した。
ゾエ夫人は何の警戒心も見せずにナイフを受け取ろうとする。
「!」
夫人がナイフを受け取る寸前、イマージはナイフの柄を自分で持ち直して、刃先を夫人に向け、華奢な肩に手を付いて勢いよく胸に突き刺した。
よく研がれた鉄の剣と違って、隕鉄のナイフの切れ味は鈍い。
それでもイマージも学生とはいえ、身体の出来上がった大人の男に近い体格と体力の持ち主だ。
その力で強引に突き刺せば、夫人の夏用のドレスの生地は難なく通過して、肉体まで到達した。
(やったぞ。上手く肋骨に当たらず刺せた)
そのまま力任せにナイフを夫人の胸元に押し込む。
急所の心臓まで達すると、抵抗を見せていたラーフ公爵夫人ゾエは一際大きく目を見開いた後で事切れた。
夫人の輪郭が、先ほどの執事と同じようにほろほろと崩れていく。
後には、イマージの拳より一回り小さいくらいの金塊が残った。
「すごいな。こんなに簡単なのか」
それから屋敷の中を見て回って、数人いた使用人たちからある程度、ゾエ夫人と執事たちに関する情報、この屋敷に出入りする人間や商人たちの話を聞き出した。
その上で口封じを兼ねて全員、隕鉄のナイフで刺して黄金に変えた。
もっとも、使用人たちは魔力をほとんど持たない者たちだったようで、後に残ったのは砂金粒ほどの金でしかなかったが。
これまで覚えたことのないような高揚感に浮き足立ちながら、屋敷の部屋をひとつひとつ確認していった。
ゾエ夫人に付き従っていた執事は家令を兼ねていたようだから、資金は彼が管理していたはずだ。
使用人部屋のひとつに、案の定金庫があった。
サイズはイマージが一抱えできる木箱程度だろうか。
鍵がかかっていたが、屋敷の入り口まで戻って、そのまま残っていた執事の衣服を探るとポケットから屋敷内の主だった部屋や設備の鍵を束ねたリングが出てくる。金庫らしきものの鍵もあった。
すぐ金庫の部屋に戻って開けると、そこには金塊半分、残り半分は大金貨と小金貨が布袋に詰まっていた。
あとは夫人のものだろう貴金属の宝飾品だ。
改めて屋敷の中を確認して、資金はこの金庫にあるだけだと確認する。
それでも金庫の中一杯の金は大量で、イマージひとりで持ち運ぶのは骨が折れそうだった。
少し考えて、イマージは徒歩圏内で、できるだけ街に近い場所に小さな家を借りた。
そうしてホーライル侯爵領にいる夏休みの残り期間の間に、住人の居なくなった屋敷から持てるだけ金塊や金貨を持ち出して、借りた家に移動させた。
これだけの資金があれば、この人生で金に苦労することはないだろう。
だが、アケロニア王国に来た当初の目的である学園卒業資格だけは得たかったので、イマージはそのまま学園に通い続けることにした。
王都の城下町の下宿での生活は変えなかった。
いつも月末近くにやっとのことで支払っていた家賃も、きちんと月初に支払うようになったことだけが変化だ。
そして放課後の短期労働も、急に辞めると怪しまれると思い、少しずつ適当な理由をつけてフェードアウトしていった。故郷の家族が仕送りしてくれるようになったから、という理由はとても説得力があり使えた。
毎週末には、王都や近郊の国内の転移魔術陣のある街から、ホーライル侯爵領の家へと飛んだ。
金銭的な不安がなくなったから、今までできなかった贅沢も楽しんでみた。
そんな生活の合間に、冒険者としての実力を上げていき、冒険者ランクもCまでアップさせた。
人目のないところで冒険者たちを黄金に変えていったが、やはり魔力の多く強い者でないと成果が少ない。
「魔力の多いもの……やはり貴族か」
高位貴族家出身のラーフ公爵夫人ゾエで、拳より小さいぐらいの金塊になる。
色々と実験してみる必要がある。
彼女は派手にやらかしたから問題になったが、自分ならもっと慎重にやれる。
ロットハーナの使っていた錬金術についても、もっと詳しく調べて研究してみたかった。