ラーフ公爵夫人ゾエがロットハーナの末裔であり、祖先と同じ邪法を駆使して逃亡したことは、国内の主要新聞各紙で公表された。
夏休み前にアケロニア王国、王都の学園に転校してきたばかりのイマージ・ロットも、新聞でその話を知った口だった。
そこで初めてイマージは、自分が探していた人物が実際存在していたことを知る。
襟足長めのウルフカットの灰色の髪とペールブルーの瞳を持つ、品の良い青年イマージ・ロットは、他国で金融業を主に営む商会の息子として生まれた。
幼い頃は家もまだ豊かだったが、年々経営が厳しくなり、近年は定収の見込める学校など教育機関の教師になる家族や親戚が多かった。
やがて成長したイマージも家から出て働きに出ざるを得なくなった。
アケロニア王国へ来たのは、祖先がこの国の古い王朝の王族だったと、幼い頃に一族の老人から聞いたことを覚えていたからだ。
家を出る前、まだ存命だったその老人を訪ねると、彼は祖先から受け継いでいるという隕鉄でできたナイフを餞別としてくれた。
他、いくつか先祖伝来の品を頂戴し、アケロニア王国の王都の学園に転入を果たす。
学園では、前の王家のことを詳しく知っている者はいなかった。
もちろん日常の学園生活の中で口にする者もほとんどいない。
そんな中、図書室で資料を探って先祖ロットハーナ一族のことを知ったときには驚愕した。
(そうか。ぼくの祖先は滅ぶべくして滅んだのだな)
イマージの祖先は人間を黄金に変える邪悪な錬金術の使い手だったらしい。
だが、子孫のイマージにはそんな術など使えないし、方法もわからない。
祖先が王族として支配していたアケロニア王国へ来れば、自分にも何か良い影響があるのではないかと期待していた。
だが実際はただの貧乏苦学生だ。
成績は良かったから学園には成績優秀者として奨学金を貰えたが、生活費は自分で稼がねばならない。
祖国に残っていたら、元いた学校を退学せねばならないほど家庭の経済状況は悪かったから、それに比べれば学費負担がないだけはるかにマシだったが。
そして夏休みに入ったある日、イマージはアルバイト先の貴族御用達パーラーで、ロットハーナの噂を耳にするようになった。
(あのラーフ公爵令息ジオライドの母親が、ロットハーナの末裔……?)
その直後、新聞各紙でも大々的に報じられ、確認することができた。
本人は婚家のラーフ公爵家を出奔し行方が掴めなくなっているという。
そして今日もまた、貴族の客たちはロットハーナの話題に熱中している。
「西への国境沿いに行方不明者が続出しているらしい。もしかしたらラーフ公爵夫人はその辺りに潜伏して、ロットハーナの邪法を使って人間を資金に変えているかもしれないぞ」
「何と恐ろしいことを。西の国境沿いといえば、ホーライル侯爵領の管轄ではないか。騎士団の副団長閣下が動かれるだろうな」
ラーフ公爵夫人ゾエはロットハーナの邪法を使って人々を黄金に変え、その資金でいとも容易く逃亡生活を続けているということか。
腐っても公爵夫人だ。魔力を持つ貴族たちとの縁が多い。その縁を利用して次から次へと人々を己の財に変えているようだ、と客たちは話している。
パーラーのフロアで客たちの噂話を聞きながら、イマージはふと己の手をじっと見つめた。
日々の労働でカサついた皮膚。短く、端が少しヒビ割れている爪。
「……同じロットハーナの末裔なのに」
片や逃亡していても華麗に、片や貧しく惨めに。
この差はいったい何なのだろう。
夏休み前にアケロニア王国、王都の学園に転校してきたばかりのイマージ・ロットも、新聞でその話を知った口だった。
そこで初めてイマージは、自分が探していた人物が実際存在していたことを知る。
襟足長めのウルフカットの灰色の髪とペールブルーの瞳を持つ、品の良い青年イマージ・ロットは、他国で金融業を主に営む商会の息子として生まれた。
幼い頃は家もまだ豊かだったが、年々経営が厳しくなり、近年は定収の見込める学校など教育機関の教師になる家族や親戚が多かった。
やがて成長したイマージも家から出て働きに出ざるを得なくなった。
アケロニア王国へ来たのは、祖先がこの国の古い王朝の王族だったと、幼い頃に一族の老人から聞いたことを覚えていたからだ。
家を出る前、まだ存命だったその老人を訪ねると、彼は祖先から受け継いでいるという隕鉄でできたナイフを餞別としてくれた。
他、いくつか先祖伝来の品を頂戴し、アケロニア王国の王都の学園に転入を果たす。
学園では、前の王家のことを詳しく知っている者はいなかった。
もちろん日常の学園生活の中で口にする者もほとんどいない。
そんな中、図書室で資料を探って先祖ロットハーナ一族のことを知ったときには驚愕した。
(そうか。ぼくの祖先は滅ぶべくして滅んだのだな)
イマージの祖先は人間を黄金に変える邪悪な錬金術の使い手だったらしい。
だが、子孫のイマージにはそんな術など使えないし、方法もわからない。
祖先が王族として支配していたアケロニア王国へ来れば、自分にも何か良い影響があるのではないかと期待していた。
だが実際はただの貧乏苦学生だ。
成績は良かったから学園には成績優秀者として奨学金を貰えたが、生活費は自分で稼がねばならない。
祖国に残っていたら、元いた学校を退学せねばならないほど家庭の経済状況は悪かったから、それに比べれば学費負担がないだけはるかにマシだったが。
そして夏休みに入ったある日、イマージはアルバイト先の貴族御用達パーラーで、ロットハーナの噂を耳にするようになった。
(あのラーフ公爵令息ジオライドの母親が、ロットハーナの末裔……?)
その直後、新聞各紙でも大々的に報じられ、確認することができた。
本人は婚家のラーフ公爵家を出奔し行方が掴めなくなっているという。
そして今日もまた、貴族の客たちはロットハーナの話題に熱中している。
「西への国境沿いに行方不明者が続出しているらしい。もしかしたらラーフ公爵夫人はその辺りに潜伏して、ロットハーナの邪法を使って人間を資金に変えているかもしれないぞ」
「何と恐ろしいことを。西の国境沿いといえば、ホーライル侯爵領の管轄ではないか。騎士団の副団長閣下が動かれるだろうな」
ラーフ公爵夫人ゾエはロットハーナの邪法を使って人々を黄金に変え、その資金でいとも容易く逃亡生活を続けているということか。
腐っても公爵夫人だ。魔力を持つ貴族たちとの縁が多い。その縁を利用して次から次へと人々を己の財に変えているようだ、と客たちは話している。
パーラーのフロアで客たちの噂話を聞きながら、イマージはふと己の手をじっと見つめた。
日々の労働でカサついた皮膚。短く、端が少しヒビ割れている爪。
「……同じロットハーナの末裔なのに」
片や逃亡していても華麗に、片や貧しく惨めに。
この差はいったい何なのだろう。