王家にて、女傑イザベラの子孫トークス子爵家を、王族の親戚として認定する決定が下されたあと。
 そのトークス子爵家の令嬢イザベラと、ラーフ公爵家の令息ジオライドとの婚約を双方に打診したのは、王太女グレイシアだった。彼女はユーグレン王子の母親である。

 公爵の位は、通常は王家の男子、特に王子の位にある王族が臣籍降下した際に立ち上げる貴族家である。
 ラーフ公爵家の場合は、元々侯爵家だったのが、過去に王女が降嫁したことで公爵に陞爵された家だ。
 ところが当の王女は、当時の当主との間に子を成さないまま亡くなってしまう。
 結果として今のラーフ公爵家に王家の血は一滴たりとも流れていない。

 そのため、ラーフ公爵家は公爵家でありながら王家との血縁関係のない、名目だけの“遠い親戚”状態が長く続いている。
 王家に王子や王女が多ければ、再び婚姻を結ぶことも可能だったが、ここ数代続けて王家に産まれる子供の数が少なかった。
 先王ヴァシレウスは最初、王女、王子の順で正妃との間に子を儲けていたが、上の王女は同盟国タイアドに嫁していってそれっきりだ。
 もっとも、ヴァシレウスの王女の孫であるセシリアがアケロニア王国に帰化して息子を産んだから、その分だけ二人分、数は増えた。

 残った王子テオドロスは当然王太子となり、現在は即位して王となっている。
 ならばテオドロスにラーフ公爵家から妃をと考えても、こんなときに限ってラーフ公爵家に適当な女子がいなかった。



 王太女グレイシア、その伴侶クロレオ、現ラーフ公爵ジェイラス、その妻ゾエは学園時代の同級生だった。

 元々はグレイシアとラーフ公爵ジェイラスが婚約者で、フォーセット侯爵令嬢だったゾエと伯爵家の次男だったクロレオが婚約者だった。
 グレイシアとゾエは互いの婚約者をトレードした形になる。

「あのとき、クロレオを奪った償いとして、フォーセット侯爵令嬢が嫁したラーフ公爵家に、王族の血を持つトークス子爵令嬢イザベラとの婚約を打診したわけだが。わたくしの厚意を見事に無駄にしてくれたものだ」

 蓋を開けてみれば、そのゾエは夫以外の男との間にジオライドを儲け、こうして混乱を引き起こしている。



 夏休み前、学園の学期末のお茶会で盛大にラーフ公爵令息ジオライドが醜態を晒した後。

 精神的ダメージから何とか立ち直ると、ラーフ公爵ジェイラスは、人物鑑定スキルの特級ランク持ちである学園長ライノール伯爵エルフィンに正式に依頼して、嫡男ジオライドの詳細な鑑定を行ったらしい。
 そして、夫人ゾエの不貞を明らかにして本人に突きつけた。
 すると彼女は肯定も否定もせず微笑むのみで、夫を煙に巻いた。

 数日後、ラーフ公爵夫人ゾエは出奔。不貞相手だった、実家から婚家に連れてきていた専属執事とともに姿を消した。
 元婚約者への暴挙や学園での大失態を犯した息子ジオライドが、謹慎のため領地に送られる前日のことだったという。

 直後、驚くようなことが起きた。
 それまで、高位貴族の令息にあるまじき幼稚で破壊的な言動をしていたジオライドが、正気に戻った。
 本人は自分がイザベラや周囲に対して行なっていた言動をすべて覚えており、血の気が引いて今も罪悪感で動けないという。



「ジオライドの母親はなかなか魔力値が高かったそうですよ。悪意の強い性格が毒を生んで、息子のジオライドを染め上げていたってことなんでしょう」

 まさに、文字通りの毒親だった。

 この劇的な変化に、ジオライドは領地行きをひとまず止めて、王都で更に複数の人物鑑定持ちの魔力使いたちのもと、詳細な人物鑑定を受けることになった。
 すると、バッドステータスの履歴に“虚無の侵食”が発見される。
 しかし、魔力の属性に虚無などというものは聞いたことがない。

 そんなとき、たまたま王宮に来ていてその話を聞きつけたヨシュアの叔父、リースト子爵ルシウスが、ラーフ公爵夫人ゾエの系譜をもっと遡って調べてみてはどうか、と助言した。
 その助言を受けて王家の調査員が調べた結果は、関係者を震撼させた。

「まさかのロットハーナの末裔、発見です。ラーフ公爵夫人ゾエの実家に、ロットハーナの血を引くものがいたんです」