夕飯に料理人氏が作ってくれた焼きおにぎりの中には、まだ残っていたヨシュアのリースト伯爵領産の塩鮭も入っていた。
 これもまた、カズンと同じように日本人を前世に持つライルを大いに喜ばせるものだった。

 ふと、自分も塩鮭入りの焼きおにぎりを食しつつ、カズンの脳裏に疑問が浮かぶ。

「なあ、ヨシュア。鮭の身は色々加工してるが、卵はどうしたんだ?」
「え? あれは廃棄に決まってますけど?」

 ヨシュアのリースト伯爵領では鮭が名産品だが、食べるのは身だけで魚卵イクラは捨てていると聞いて、カズンが絶望した。

「イクラ! 焼いた鮭! 山葵に醤油、刻み海苔! ……オヤジさん、オヤジさあん!」

 食べかけの焼きおにぎり片手に厨房へ走った。王都の屋敷なら決して許されないお行儀の悪さだが、ここには口煩い執事や侍従はいない。
 そして案の定、この集落に山葵はあった。
 詳しく話をすると、壮年に見えて既に孫もいる匠の風格の料理人のオヤジさんは、グッと親指を立てて歯を見せて笑う。あるぜ!



 そして翌朝、王都への帰りの馬車に、濡れ新聞紙で包まれた山葵数本が積まれることになるのである。

「カズン様、本気ですか? 魚卵ですよ? 腐りやすいからすぐ捨てちゃうやつですよ???」
「いいから、次に鮭のシーズンになったら魚卵は取り出した後捨てないで僕にくれ。ざっと数匹分でいいから」

 ボウルに山盛りして余りある量を所望した。

「まあ、そう仰るなら手配致しますけど……紅鮭がもう獲れる頃ですから」

 カズンは自分の食べたいものに妥協しない性格だった。
 そしてそれに幼い頃から巻き込まれ続けてきたヨシュアは拒めない。普段が淡々としている反動なのか、勢いと圧が強すぎる。

「鮭とその魚卵か……。どういうものか想像もできぬが。カズン、それが完成したら私にも食させよ。ちゃんと連絡を寄越すのだぞ?」
「えっ。それじゃ連絡入れて予定合わせるまで僕が食べられないじゃないか」

 自分は王族ではあっても、ただの一貴族の子息。
 ユーグレンは国の唯一の王子で次世代の王太子の座が約束されている。
 同じ王族でも、この差はかなり大きい。
 ゆえに、連絡のやり取りは結構面倒くさい。

「カズン。私はお前の何だ?」
「親戚」
「やり直し!」
「………………一応、親友枠に入れておいてやる」
「正解。連絡、待っているからな?」

 馬車の中、カズンを挟んで奥側に座ったユーグレンに肩を抱かれ、頬と頬を合わせてきた。親愛のチークキスだ。
 約束を忘れるなよ? と念押しされながら。

 反対側の馬車の入り口側にはヨシュアが座り、こちらはカズンの左手を取って握り締められている。
「魚卵、待っててくださいね」とニコニコ微笑まれながら。

「暑苦しい。僕だけ反対側に座りたいのだが、いいか?」

 何で六人掛けの馬車の片側だけに三人並んで座らねばならないのか。
 ちなみにライルとグレンは二人で別荘までやって来たホーライル侯爵家の馬車で、カズンたちの後方を付いてきている。

「暑くないように氷の魔石、使って差し上げたでしょう?」
「その通り。ハグしようが何しようが涼しく快適である。大人しく座っていろ」

 ヨシュアとユーグレンが何やら結託したようで、カズンは少しずつ追い詰められていた。

(とりあえず、王都に帰ったら鮭……イクラ……!)

 ひとまず今後のお楽しみを想像しながら、カズンは黒く輝く瞳を閉じた。

 別荘のあった避暑地の集落から王都までは馬車で半日。
 一眠りして起きたら休憩所に2回の休みを挟む。そうしたらもう王都はすぐだった。