さて、明日は朝から王都へ戻ることが決まり、味噌ラーメンを最後のとうもろこしまで一粒残らず掬い上げ、美味いスープも飲み干したところで。

 ふと、カズンはまた前世の出来事を思い出した。

 そう言うカズンに、ぴたり、とヨシュアとユーグレンが動きを止める。
 すぐにカズンをじっと見つめて、次の言葉を待った。

「確か学校で体育祭のあったときだ。終わった後で、担任の先生が近場のラーメン屋を貸し切って、クラスの生徒たちを全員食べに連れていってくれたんだ」

 そのときは担任が店のおすすめだと言っていた味噌ラーメンを注文していた。
 季節も秋で涼しかった頃だから、熱々の味噌ラーメンが美味い時期だ。

「店で食べるラーメンは、スープがもっともっと濃厚で。最初に麺だけ食べ終わったら、“替え玉”といって追加で新しく茹でた麺を注文して食べられるんだ。体育祭で身体を思う存分動かした後の学生たちだから、皆そうしてお代わりしていたっけ」

 学生証を持っていれば、学生なら替え玉一玉分は無料の店だったことも思い出す。

「そのときカズン様も替え玉を注文されたので?」
「もちろん。腹が減ってたしな。……それで、僕はクラスの中では影の薄い生徒だったからか、僕の分だけ店員に忘れられてしまってて」
「「………………」」

 本人は苦笑しているが、ヨシュアとユーグレンはこの話は慎重に聞くべきだと身構えた。
 以前、ライルも交えてホーライル侯爵領へ小旅行した際にも前世の話を聞いていたが、そのときは前世では虐められるような生徒ではなかったと言っていた。
 けれどカズンが語る話からは、あまり人間関係において恵まれなかっただろうことが節々から伺える。

「それで、お前は麺のお代わりを食べられなかったということか?」
「いいや、それが違うんだ。担任の先生が途中で気づいてくれて、注文し直してくれたんだよな」

 そう聞いて、ヨシュアもユーグレンも内心ホッとした。
 前世で不遇だったカズンを通り過ぎない人物もいたのだ。

「それからしばらくして、忘れた頃に担任に店でのことを軽くたしなめられたんだ。『ああいうときは、ちゃんと淡々と店に文句を言って適切な対応をしてくれるようお願いしないとな』って」

 黒い目を細めて、懐かしい過去世をカズンは想起する。
 胸の辺りが心地よく涼しい。



「ああ言われたのが、前世で一番衝撃的なことだったかもしれない。それまで、担任の先生のことは冷たくてあまり生徒に親身になってくれない人だと思っていたけど。それからは先生みたいな人が、自分の目標になったんだ」

 例えば、その担任教師は日本の六大学という有名な上位の大学の一つの出身者で、在学中は海外に留学もしていたという。

「まずは先生と同じ大学に進学しようと思った。漠然と小遣い稼ぎのためだけだったアルバイトも、それからは進学費用を貯めると明確な目標ができたのはよかった」
「……でも、カズン様はその後……」

 躊躇いがちにヨシュアがカズンを見る。

「そう。冬になって大雪でアルバイト先の看板の下敷きになって死んでしまった。気づいたら異世界に転生していて、超絶美人ママのふかふかの胸に抱かれて、『あたくしの可愛いショコラちゃん♪』とか言われていたわけだ」
「うむ。セシリア様に抱かれて目覚めるとか、大当たりの人生だな。間違いない」



「あれは……4歳ぐらいの頃に一度思い出して、はっきり意識できるようになったのは5歳のときだったか。最初は確かヨシュアと初めて会ってしばらくした頃だ」
「え?」

 カズンは幼い頃にユーグレン派の刺客に呪詛を仕掛けられて、4歳だった当時のことを忘れている。
 ヨシュアとは、翌年、互いに5歳になったときが初顔合わせだと思っているはずだった。

「ん、4歳だ、間違いない。何か今、前世のラーメン屋のことを思い出したら一緒に幼い頃のことも思い出したみたいだ」
「カズン様!」

(ん?)

 感激してヨシュアがカズンに抱き付いた。
 出逢ったばかりの4歳の頃の出来事には、ヨシュアにとって大切な思い出が詰まっている。

「一緒にルシウス叔父様の家の壁を駆け上がったこと、思い出してくれましたか!?」
「思い出した思い出した。その後、迎えに来たお母様からお説教を頂戴してしまったやつだ」
「はい……はい、それです、はは……やった、本当に思い出してくれたんだ、カズン様……!」

 その彼らの周りに何やら不思議なものが見える。

(何だ? カズンの周りに……光の輪?)

 室内なのに明るく光るそれは、一瞬だけユーグレンの目に映って、すぐに消えてなくなった。