「坊ちゃんたち、汁麺一杯だけで足ります? こんなの作ってみましたけど」

 隣の厨房から料理人のオヤジさんが大皿と取り皿を人数分持って食堂へやって来た。



 料理人のオヤジさんが持ってきたのは、とうもろこしの粒を混ぜ込んで炊いたご飯を、醤油味の焼きおにぎりにしたものだった。

 これまたこんがりと焼けて焦げ目が付いた醤油ととうもろこしの匂いが香ばしい。
 厨房で焼いてから持ってきてくれたようだ。

「カズン様、これはどうなんです?」
「間違いない。間違いないったら間違いない……っ」

 カズンは全力で焼きおにぎりを肯定した。

「これは醤油塗って焼くだけでも美味いんですけどねえ。ほら、コーンをスキレットで焼いてバター落として食べるってあるじゃないですか。あんなイメージで……」
「醤油バターコーン……の焼きおにぎり、だと……」

 とうもろこしだけバージョンと、バターを追加したもの二種類を用意してくれる辺り、何とも小憎らしい。

「焼きむすびはまだまだ沢山種類がありますからね。また来てくださいね、お待ちしてます」

 また別荘に来るための良い口実ができた。

「冬の雪の降る時期の焼きむすびは、また格別ですよお」

 楽しそうに止めを刺してくる料理人のオヤジさんに、ついにカズンは陥落した。

「……僕、この村の住人になる」
「ははは、カズン様ったら。面白い冗談。どうせなるならリースト伯爵領の人間になりましょうよ」
「焼きおにぎり……あるか?」
「いくらでも用意しますとも。鮭も入れて差し上げます」
「それなら……」

 いいかな、と言いかけたところでユーグレンが割り込んできた。

「ちょっと待ったあっ! カズンを勝手に連れて行かないでもらおうか!」
「……チッ」

 ヨシュアが小さく舌打ちする。
 このまま誤魔化せそうだったのに、などと呟いている。
 何だかんだカズンは義理堅い性格をしているので、言質を取って押して押して押しまくれば何とかなるとヨシュアは考えている。

「?」

 そして当の本人は二人から強い視線を受けても、不思議そうな顔をして小首を傾げている。

「こいつ、わかっとらんな」
「本当に、これっぽっちも、ね」

 どう見ても、その手の中にある焼きおにぎりに、ヨシュアもユーグレンも負けている。



「……まあそれはそれとして。そろそろいいだろう、明日辺り帰るぞ」
「えええ。まだ焼きおにぎりが食べたいのだが?」
「ヴァシレウス様とセシリア様も待ってると思うぞ?」
「帰る。帰ります。帰りたい」

 もうカズンも限界だった。
 父に、母に会いたい。抱き着きたい。一緒に寝たい。
 夜中ふと起きたら、常夜灯のオレンジの光の下で見た顔がヴァシレウスかと思ったらユーグレンの顔と気づいてがっかりして涙が出るような日々は、確かにそろそろ終わらせるべきだった。

 それを言うと、箸で上品に焼きおにぎりを食べていたユーグレンこそが、がっくりと項垂れていた。

「お前が私をどう思っているかよくわかった。ヴァシレウス様には勝てんものなあ」