今、カズンたち三人の間では、他愛ない遊びが流行っている。
 自分が愛用する口内清浄剤のタブレットを、出会い頭に残り二人の口に放り込む遊びだ。

 最初は食後、一番最初にタブレットケースを出した者が残りの二人にシェアしていただけだったのだが、いつの間にか競争のようになっている。

 常に服のポケットにタブレットケースを入れて、食事やお茶の時間が終わると勝負の時間だ。
 さて今回の勝負の勝者は。

「……アニスと薔薇とミント……全部混ざるとほんとキツいな」
「そう言うなら、もう口に入ってるのだから突っ込んでこないでくださいよ、カズン様……」
「まあ、全員の味が混ざったと思えばこれもまた乙なもの……か?」

 三人全員、慣れてきて最終的に三種類まとめて口に含むことになって久しい。

 ちなみに一番最初に他の二人の口に自分の薔薇のタブレットを突っ込むのはヨシュアだ。
 ここはさすがに、現役魔法剣士の身体能力ゆえである。



 今日は一日朝から雨で、別荘の中で思い思いに過ごしていた。

 カズンはユーグレンと一緒になって、王都から送られてきた書類を見ながら午前中からずっと王族の立場からの意見交換をしている。

 書類の中には、いまだ姿を見せていないロットハーナ一族についての追跡調査のものもある。それに対する意見をたまに聞かれて答えるが、基本、今日は同じ部屋にいるだけで彼らとは絡んでいない。

 そうしてやることがないと、ヨシュアの思考は取り止めないことに向かっていく。



 カズンへの呪詛の悪影響を受け、4歳の頃からずっとヨシュアのステータスの幸運値は最低の1のままだった。

 人物鑑定スキルで見ることができる一般的なステータスのうち、“幸運”は最も誤解の多い項目とされている。
 文字通り、本人が幸運な出来事に恵まれるか恵まれないかを見る数値だと思われているが、実際は違う。

 正確には、自分が何か行動を起こしたとき、外部環境や人、世界からサポートが受けられる確率を表しているものが“幸運”の正体である。
 つまり正確には『外運』と呼ぶのが適切なのだが、幸運の名称が広がっていて誰も訂正しようとしていない。

 例えば、外出したとき雨が降ってきたとして。
 幸運値10の者なら、途中で雨が止んで濡れることがないか、知り合いなどが通りかかって傘に入れてくれることが多い。
 あるいは外出先の家や店の者が傘を貸してくれたり、自宅まで送ってくれたりする。

 反対に、最低の幸運値1の者の場合、外出中に雨が止むことは滅多にないし、知人が傘を差し出してくれることもなければ、貸してくれる機会も少ない。
 店では傘が売り切れていることも多く、そもそもその時点で傘を売る商店が近くにないことが大半だろう。



『だが、逆にいえばそれだけだ。他者や世界が助けてくれぬのならば、己の力で万全を期せばよい』

 外出する日は当日の空模様をきちんと確認して、従者に予め傘を持つよう指示するように。
 また、服を濡らし汚したときに備えて、予備の衣服を用意しておくことだ。

『油断なく生きよ、ヨシュア。さすれば幸運値1など恐るるに足らず』

 というのが、当時まだ王都のリースト伯爵家で同居していた、ヨシュアの父の弟、叔父ルシウスの教えだった。

 幸い、最低値なのは幸運だけで、魔力や知性は高い。
 ヨシュアは貴族の家の後継者として、十分な能力を生まれながらに持っていた。



(ただ……)

 自分の幸運値がせめてもう少し高かったら、と思うことは少なくない。

 例えば、亡父の後妻とその連れ子に魔力封じの施された屋根裏部屋に閉じ込められ、毒入りワインを飲んで食い繋がねばならなかった、あのとき。
 多分、せめて幸運値が平均の5ぐらいあれば、助けが来るまで七日もかかることはなかっただろうと思う。

 自分に何かあれば、最も親しい幼馴染みのカズンが動いてくれるだろうことはわかっていた。
 それでも、水や食料のない屋根裏部屋で丸三日間、絶食したまま耐えた。
 四日目に耐えきれず、物品鑑定スキルで毒入りと鑑定できてしまったワインを、渇きのあまり飲み干す。

 子供の頃から薬品の取り扱いに慣れたリースト伯爵家の嫡男だったヨシュアには、ある程度の毒への耐性がある。

 それに、当時まだ跡継ぎに過ぎなかったとはいえその時点でヨシュアの肉体には複数のリースト伯爵家特有の魔法や魔術式を組み込んであった。
 もし死亡するようなことがあれば、その寸前に魔法樹脂の魔法が発動して仮死状態のまま保存される。
 父カイルが後妻の毒で暗殺されたときのように。

 七日目の午後、カズンが国王の御璽の入った手紙を持って助けに来てくれたことは、本当に嬉しかった。
 彼を信じていたし、実際その通りになった。



 そしてそれ以降、ますますヨシュアは己に油断を許さぬようになった。
 一族の者に相談して、肉体には魔力封じに対抗する魔術式を施し。
 毒や薬物への耐性訓練は日々怠らず。

(もう我慢なんて致しません。ずっとお側におりますからね。カズン様)

 欲しければ、自分の手で掴み取らねばならない。
 ただ待っているだけでは、何も手に入らない。

 横から掻っ攫われでもしようものなら、ヨシュアはきっと恥も何もかなぐり捨てて、相手を全力で潰しにかかるだろう。