学園からの夏休みの宿題も粗方片付いた。
 既に夏休みは七月の下旬に入っている。

 この頃にはカズンの不調もほとんど解消していて、午前や午後の夕方頃、涼しくなる時間帯には別荘の庭に出て積極的に剣術や体術の訓練をして身体を動かしていた。
 今日も朝食の後、一休みしてから動きやすく汗の乾きやすい麻の半袖短パンに着替えて三人で庭へ降りてきた。

 やはり三人の中では、魔法剣士のヨシュアが剣術も体術も頭抜けている。
 ところが身体も温まり気温も上がってきて汗が流れるようになった頃。
 そんなヨシュアが、組み手をしていたときバランスを崩して転び、膝を抱えてしまった。

「痛ぅ……っ」
「ヨシュア!?」

 転んで傷めたというより、まだ続いていた成長痛らしい。

「さ、最近は膝が軋んで痛くて……」
「まだ成長痛出ていたのか?」

 確か夏休み前の時点でも痛がっていた記憶がある。

「言われてみれば、今年の初め頃より伸びているな……かなり」
「えっ、オレのことそこまで把握してらっしゃるのですか?」
「私はリースト伯爵ヨシュア・ファンクラブの会長だぞ? 私のヨシュアマニアっぷりを舐めないでほしい!」
「はあ、そうなのですか」

 ものすごくどうでもいいような、ぞんざいな反応をされてしまった。
 何だかヨシュアがカズンに似てきた。
 少し悲しい。

「そ、それはともかくだな、痛みが出ているなら何か薬を塗るとか、マッサージするとかしてはどうだ?」

 庭に座り込んでいるヨシュアの、短パンからすらりと伸びる脚と膝に付いていた土を払ってやる。

「試してみたのですが、成長痛は怪我ではないので、あまり効き目がなくて。こちらに来て温泉に浸かったら少しはマシでした」

 ならば温泉である。
 ここは保養地、湯治場でもあるのだ。



 ちょうど今から入浴して出てくれば、昼食の時間になる。汗を流すには良い頃合いだ。

 だが、この別荘地に来てからというもの、ユーグレンが遠慮して、カズンとヨシュアとは別々に入浴していた。

(推しだというなら、一緒に温泉に入ればいいのに)

 とカズンは思ったし、実際ユーグレンにも言ったのだが「お前は何もわかってない!」と怒られてしまった。解せぬ。

 まずは関節が痛いヨシュアを連れて、カズンが温泉へ。その間、ユーグレンは自室で王都から届く手紙や書類に目を通しておくことにした。

 そしてカズンたちが温泉から上がった後、連絡を受けて交代で湯船に浸かるユーグレンの隣には、護衛兼側近が気持ちよさそうに伸びをしていた。
 彼、ローレンツ・ウェイザーは王家の親戚ウェイザー公爵家の次男だが、本人も単独で騎士爵を持ったユーグレンのクラスメイトでもある。
 濃いめの榛色の髪、黒に近いグレーの瞳、短く刈り上げた髪型の好青年だ。
 年頃で何かと不安定なユーグレンとその周囲の中では、極めて安定した精神の持ち主である。
 側近たちの中では穏やかにユーグレンのヨシュアへの想いを見守っていた人物だ。

「せっかく親しくおなりあそばされたのですから、一緒にお入りになればよろしいじゃありませんか、殿下」
「無理だ……何かもう、また鼻血が出そうで」
「……拗らせてますねえ」

 推しと一緒に入浴なんて、死んでしまう。

「それでよく三人一緒に毎晩、同じ部屋で寝てられますね?」
「……これも修行だと思って耐えている」
「何の修行ですか、なんの」

 カズンを間に挟んで、布団を並べて三人で寝ているのだが、いろいろギリギリなユーグレンだった。

「あとカズンは寝相が悪いから、気づくと蹴飛ばされてたり腕が飛んできたりだ。まさかの物理……そういう迫り方は遠慮したいものだが」
「笑笑笑」

 寝室ではカズンを真ん中にして、部屋の奥側にユーグレン、手前の入り口側にヨシュアが布団を敷いて休んでいる。
 なぜか奥側のユーグレンに向かって夜中、カズンがたびたび転がってくる。
 あれでよく普段、自宅のベッドから落ちないものだと思う。

 反対側のヨシュアのほうにも転がっているようだが、そこはさすがというべきか寝ぼけたカズンに殴られたり蹴られたりする前に抱え込んで身動きを封じていた。夢うつつながら。