その日の夕食は、あらかじめ村長宅から派遣されてくる料理人のオヤジさんに頼んで、炊いた米を三角形や円盤形に握ってもらっていた。
今回は作りたいものがあったので、カズンは庭に炭火や鉄板焼きの準備を整えてもらっていた。
これなら、護衛や使用人たちも交えて料理の感想を聞いたり、料理を食べているときの反応を直接確認できる。
あまり、王族や貴族と使用人が馴れ合うことはアケロニア王国でも好ましくないとされている。
だが、カズンが調理スキルを持っていて、アルトレイ女大公家の名物料理を模索中であることは皆了解している。
外部の人目がないところでは、わりと和気藹々とした交流をしていた。
夕飯は庭で調理したいと朝のうちに管理人に伝えてあった。
夕方になると、庭では別荘の管理人主導で、虫除けの防虫香や、魔石のランプなどを配置し始めた。
いつものように建物内の食堂で食事すればそのような手間をかけさせずに済んだのだが、カズンはどうしても庭で焼き物を作りたかったのだ。
厨房でヨシュアと簡単に食材の下拵えを行った。
「豚肉をタレに漬けて焼くんですね。付け合わせはどうしましょうか」
「キャベツの千切りが合うが……野菜カクテルを沢山用意してもらっているから、各自好きに取ってもらおう」
昼間食べたとうもろこしや、夏が旬の胡瓜、トマト、色鮮やかで紫色の美しい紫大根やラディッシュなどをスティック状にカットして様々なドレッシングで食す野菜カクテルは、この別荘に来てから毎食出ている。
各自、ガラスのグラスに好きなだけ取って、別添えのドレッシングで食す。
ドレッシングがまた、濃厚なものからあっさりしたものまで多様で美味い。カズンのお気に入りはチーズ風味のものと、レモンをきかせたマヨネーズベースのものだ。
ヨシュアとユーグレンは燻製ナッツを使ったクリーミーで濃厚タイプのものを気に入ったようである。
それぞれ、王都に戻るとき瓶詰めにして持ち帰ろうと思っている。
豚肉は、厚めにスライスしたものを、玉ねぎと生姜のすりおろしに多少のニンニクを加え、醤油とみりんに似た甘い調味料で味付けしたタレに漬け込んである。
これは、この別荘のある集落で伝統的に食べられている料理だという。昼間、前村長夫婦がタレを分けてくれたのでありがたく使わせてもらうことにする。
カズンが前世で食べていた生姜焼きとほぼ同じだ。ということは間違いない味だろう。
汁物はヨシュアが任せて欲しいと言うので任せ、カズンは本命に取り掛かることにした。
大量の白い握り飯は大きなザルにのせて、風通しの良い日陰で表面を少し乾燥させておいてある。
これから作るのは、カズンが前世で好物だった焼きおにぎりだ。今回は醤油と味噌、二種類を作る。
醤油も味噌も、この集落で生産されているものだ。
醤油は王都にも出荷されていたが、味噌は国外に輸出するのが大半のため国内に流通していないということだったらしい。
カズンは定期的に王都の実家へ味噌を卸してもらう約束を取り付けた。
もし味噌を使う料理が王都でも受け入れられそうなら、販路開拓を積極的に請け負うつもりでいる。
「炭火で焼きおにぎりとは、何と贅沢なことか……ふふ、ふははは……!」
炭に細かい枯れ木を使って着火しながら、カズンのテンションは上がりっぱなしである。
上がった火がカズンの黒縁眼鏡のレンズを赤く染め上げている。
「野営飯みたいなものか? 随分楽しそうだな」
調理スキルなど持ってないユーグレンは、カズンの反対側から火かき棒を持って炭火の調整をしてやっている。
カズンは大型の長方形の角形七輪的なものに炭を突っ込み、金網を乗せて握り飯を焼いていく。
軽く焦げ目が付いたらトングで手早く引っ繰り返して、裏面も焼いていく。
両面に焦げ目が付いたら、まず三角形に握ったほうにはハケで醤油を塗っては引っ繰り返す。
円盤形に握ったほうには、ヘラで片面だけに味噌をうすーく塗り付け、味噌にも軽い焦げ目が付くまで焼いた。
「できた!」
「ヨシュアがまだ厨房から戻ってきてないぞ?」
「待てない。焼き立てだぞ? 味見しよう!」
取り皿を持ってくる前に、まずはと醤油味の方をユーグレンと半分こすることにした。
カリッと炭火で焼いて焦げ目の付いた焼きおにぎりを割ると、ふわっと湯気と醤油の香りがする。
正直、焼きながら堪らなかった。
「熱ッ、……お、美味いな」
香ばしい表面は、どこかスナック風の食感だった。
そして口の中でほろりと崩れていく米の旨味と甘さ、醤油の香り。
米はアケロニアでも主食のひとつだが、普段はピラフやリゾットにしたり、料理の付け合わせに添えるぐらいで、こうして握って食べることはない。
(焼いて調味料を塗るだけで、こうも口当たりの良い料理になるのか。面白い)
「うま……」
カズンはといえば、何やら恍惚の表情で呟いている。
「米は正義。焼きおにぎりは至高……」
「お前は贅沢しないところが良いな。カズン」
王弟で偉大なるヴァシレウス大王の嫡男なら、どのような贅沢も許される身というのに。
米を握って焼いただけのもので、これほど幸せになれる素朴さがユーグレンには好ましく感じられた。
「ほら、付いてるぞ」
「あ、すまん」
口元の米粒を指先で取ってやり、そのままユーグレンは口に含んだ。
嬉しそうに残りの焼きおにぎりを口に運んでいる姿が、何とも微笑ましい。
「カズン、もう一口」
くれないか、とカズンに身を寄せて口を開けたところで、背後から物騒な魔力が漂ってきた。
「殿下? 少しカズン様と距離が近すぎるのでは?」
今回は作りたいものがあったので、カズンは庭に炭火や鉄板焼きの準備を整えてもらっていた。
これなら、護衛や使用人たちも交えて料理の感想を聞いたり、料理を食べているときの反応を直接確認できる。
あまり、王族や貴族と使用人が馴れ合うことはアケロニア王国でも好ましくないとされている。
だが、カズンが調理スキルを持っていて、アルトレイ女大公家の名物料理を模索中であることは皆了解している。
外部の人目がないところでは、わりと和気藹々とした交流をしていた。
夕飯は庭で調理したいと朝のうちに管理人に伝えてあった。
夕方になると、庭では別荘の管理人主導で、虫除けの防虫香や、魔石のランプなどを配置し始めた。
いつものように建物内の食堂で食事すればそのような手間をかけさせずに済んだのだが、カズンはどうしても庭で焼き物を作りたかったのだ。
厨房でヨシュアと簡単に食材の下拵えを行った。
「豚肉をタレに漬けて焼くんですね。付け合わせはどうしましょうか」
「キャベツの千切りが合うが……野菜カクテルを沢山用意してもらっているから、各自好きに取ってもらおう」
昼間食べたとうもろこしや、夏が旬の胡瓜、トマト、色鮮やかで紫色の美しい紫大根やラディッシュなどをスティック状にカットして様々なドレッシングで食す野菜カクテルは、この別荘に来てから毎食出ている。
各自、ガラスのグラスに好きなだけ取って、別添えのドレッシングで食す。
ドレッシングがまた、濃厚なものからあっさりしたものまで多様で美味い。カズンのお気に入りはチーズ風味のものと、レモンをきかせたマヨネーズベースのものだ。
ヨシュアとユーグレンは燻製ナッツを使ったクリーミーで濃厚タイプのものを気に入ったようである。
それぞれ、王都に戻るとき瓶詰めにして持ち帰ろうと思っている。
豚肉は、厚めにスライスしたものを、玉ねぎと生姜のすりおろしに多少のニンニクを加え、醤油とみりんに似た甘い調味料で味付けしたタレに漬け込んである。
これは、この別荘のある集落で伝統的に食べられている料理だという。昼間、前村長夫婦がタレを分けてくれたのでありがたく使わせてもらうことにする。
カズンが前世で食べていた生姜焼きとほぼ同じだ。ということは間違いない味だろう。
汁物はヨシュアが任せて欲しいと言うので任せ、カズンは本命に取り掛かることにした。
大量の白い握り飯は大きなザルにのせて、風通しの良い日陰で表面を少し乾燥させておいてある。
これから作るのは、カズンが前世で好物だった焼きおにぎりだ。今回は醤油と味噌、二種類を作る。
醤油も味噌も、この集落で生産されているものだ。
醤油は王都にも出荷されていたが、味噌は国外に輸出するのが大半のため国内に流通していないということだったらしい。
カズンは定期的に王都の実家へ味噌を卸してもらう約束を取り付けた。
もし味噌を使う料理が王都でも受け入れられそうなら、販路開拓を積極的に請け負うつもりでいる。
「炭火で焼きおにぎりとは、何と贅沢なことか……ふふ、ふははは……!」
炭に細かい枯れ木を使って着火しながら、カズンのテンションは上がりっぱなしである。
上がった火がカズンの黒縁眼鏡のレンズを赤く染め上げている。
「野営飯みたいなものか? 随分楽しそうだな」
調理スキルなど持ってないユーグレンは、カズンの反対側から火かき棒を持って炭火の調整をしてやっている。
カズンは大型の長方形の角形七輪的なものに炭を突っ込み、金網を乗せて握り飯を焼いていく。
軽く焦げ目が付いたらトングで手早く引っ繰り返して、裏面も焼いていく。
両面に焦げ目が付いたら、まず三角形に握ったほうにはハケで醤油を塗っては引っ繰り返す。
円盤形に握ったほうには、ヘラで片面だけに味噌をうすーく塗り付け、味噌にも軽い焦げ目が付くまで焼いた。
「できた!」
「ヨシュアがまだ厨房から戻ってきてないぞ?」
「待てない。焼き立てだぞ? 味見しよう!」
取り皿を持ってくる前に、まずはと醤油味の方をユーグレンと半分こすることにした。
カリッと炭火で焼いて焦げ目の付いた焼きおにぎりを割ると、ふわっと湯気と醤油の香りがする。
正直、焼きながら堪らなかった。
「熱ッ、……お、美味いな」
香ばしい表面は、どこかスナック風の食感だった。
そして口の中でほろりと崩れていく米の旨味と甘さ、醤油の香り。
米はアケロニアでも主食のひとつだが、普段はピラフやリゾットにしたり、料理の付け合わせに添えるぐらいで、こうして握って食べることはない。
(焼いて調味料を塗るだけで、こうも口当たりの良い料理になるのか。面白い)
「うま……」
カズンはといえば、何やら恍惚の表情で呟いている。
「米は正義。焼きおにぎりは至高……」
「お前は贅沢しないところが良いな。カズン」
王弟で偉大なるヴァシレウス大王の嫡男なら、どのような贅沢も許される身というのに。
米を握って焼いただけのもので、これほど幸せになれる素朴さがユーグレンには好ましく感じられた。
「ほら、付いてるぞ」
「あ、すまん」
口元の米粒を指先で取ってやり、そのままユーグレンは口に含んだ。
嬉しそうに残りの焼きおにぎりを口に運んでいる姿が、何とも微笑ましい。
「カズン、もう一口」
くれないか、とカズンに身を寄せて口を開けたところで、背後から物騒な魔力が漂ってきた。
「殿下? 少しカズン様と距離が近すぎるのでは?」