そして味噌が見つかるまでに数日を費やした。

 集落は小規模とはいえ山間部にあるため、全体を回るまでは少し時間がかかった。

 無事に小さな樽ひとつ分をゲットした日の昼食には、念願の味噌汁を作ることができた。
 生憎、出し汁のもとになる鰹節や昆布などはなかったから、近隣で採れる山菜や茸などを上手く活用してみてのこと。

「これが……カズン様の魂の故郷の味……」

 ヨシュアが感慨深そうに味噌汁をスプーンですくって飲んでいる。
 残念ながら味噌汁椀はないので、スープを飲むような食べ方になってしまっているが。

 予想していたような豆の味はさほどしない。
 むしろ、複雑に旨味が組み合わさった妙味がある。

「わりと美味い。塩気が濃いのも夏に合う味だ」

 ユーグレンも苦手な味ではなかったようで、興味深げに味わっていた。

「これで味噌ラーメンが作れる。別荘にいる間に色々試してみねば」
「あ、オレもこの調味料で試してみたいものがあります」
「味見係は多いんだ、沢山試してみよう」

 そう、リゾート地で養生するカズンの邪魔をしないよう姿が見えないところに控えているが、カズンたち三人それぞれ家人や護衛を連れてきている。
 賄いを兼ねて味見を頼めば喜んで食してくれることだろう。
 実際、今回の味噌汁もカズンたちが食べる以外に大鍋にも作って護衛たちに提供している。



 午後になると毎日、集落の村長の家の老夫婦が朝採れの野菜や果物などを持ってきてくれた。
 先代の村長夫妻だ。今日は夏が旬のとうもろこしを蒸してくれた。

 縁側に腰を下ろし、籠に山盛りになった蒸しとうもろこしにかぶりつきながら、老夫婦の昔話を聞いていた。

 カズンが聞きたがったのは、父の昔の話だ。老夫婦が言うには、少年時代、まだ王子だった頃のヴァシレウスは年に数回、お忍びでやって来ては村長宅に泊まって温泉を堪能していたようだ。

 その頃、今は老いたこの老夫婦もまだ幼い子供で、もちろん結婚などしていない。
 それでも幼馴染み同士だったから、夫人は村の子供だと紹介してもらい、ヴァシレウスの膝の上に乗せられ遊んでもらったこともあるらしい。

「本当に格好よくってねえ。村の娘っこたち皆、目を潤ませて見つめてたもんですよ」

 国王に即位してからは多忙から足が遠のいていたが、それでも数年に一度は訪れていたようだ。
 そしてカズンが生まれる数年前に大病をして、王都に一番近いリゾート地でもあることから保養施設を兼ねた別荘を建てて湯治場として使うようになり現在に至る。

「お父様が若い頃かあ……」
「王宮に即位される前の肖像画があるが、あれは……すごかったよな……」

 王都の王宮には代々のアケロニア王族の肖像画が飾られた大広間がある。

 先々王の家族の肖像画とは別に、ヴァシレウス単体の肖像画はいくつかある。そのうち、即位前の少年時代のものは、確かにすごかった。

 まず、椅子に座って無造作に足を組み、アケロニア王族の貴色である黒の軍服をまとって、頬に手を当てて小首を傾げつつも無表情で、低い位置を見下ろしている姿勢のものが、ひとつ。

 二つ目は、同じ椅子に座ったままの別ポーズで、左側やや上に目線を向けて傲岸不遜な笑みを浮かべているもの。

 どちらもそれを見た令嬢たちを腰砕けにさせた逸品である。即ち、『見下されたい』『その流し目の先にいたい』と。
 どちらも溢れんばかりの覇者のオーラと色気に満ち満ちていた。

 今のヴァシレウスは晩年ということもあり、快活で大らかな印象を与える人物で現在は唯一の伴侶セシリア一筋だ。
 しかし中年期までは数多くの浮名を流したことで知られている。
 それでもいまだに多くの婦女子たちから熱い眼差しを送られているのだから、さすがという他ない。

「確かこんなポーズだったよな」

 縁側に腰掛けたまま足を組んで、頬杖をついてみるユーグレン。

「あれま、王子様もなかなかの男っぷりですね!」

 老夫人には大いに受けた。

「おまえが王太子になったときの絵姿、同じポーズで描いてもらったらどうだ?」
「やめてくれ、比べられたらきつい!」

 口さがない者は、ユーグレンを“ヴァシレウス大王の劣化版”と呼ぶ。
 ユーグレンが偉大な曾祖父とよく似た顔立ちでありながら、彼ほど強い個性を持たないことを揶揄して。

 それをいえばカズンも同じなのだが、カズンの場合はヴァシレウスの実子であり、溺愛されていることが知られているから案外当たりはきつくない。
 ただし、ユーグレン王子派閥にとっては面白くない状態だろう。

 王都では、カズンが幼馴染みのヨシュアとともにユーグレン麾下に入ったことが知られ始めている。
 夏休みの間は社交パーティーの類は少ないからまだ騒ぎになっていないが、王都に戻ったらそれなりにうるさくなるかもしれなかった。