朝、まだ早い時刻にユーグレンは目を覚ました。
 うっすらと目を開けると、隣のカズンが仰向けですーすー寝息を立てている。
 更にその隣のヨシュアはカズンに向いて横向きで、こちらもまだ眠っていた。

 少し経つと、ヨシュアが起きたようだ。しばらく夢とうつつの間を彷徨っていたようだが、むくりと布団の上に起き出す。
 そのままカズンやユーグレンを起こすのかなと、薄目のまま様子を窺っていると。

 身を屈めて、カズンの耳元に何やら囁いている。カズンは何やらむにゃむにゃ意味のわからない返事を返していた。

 ヨシュアはそのまま寝乱れているカズンの黒髪を優しく撫でている。
 カーテン越しの陽光で部屋の中は薄暗い。
 それでも、ヨシュアの優美な顔が綻ぶように微笑んでいるのがわかった。

「………………」

 彼はしばらくカズンの寝顔を見つめていた。

(君はそんな顔をするのか。ヨシュア)

 この世の至福すべてを集めたかのような顔だった。



「君の“推し”はカズンなんだって? ヨシュア」

 かけられた声に、ハッとなったヨシュアがユーグレンを見た。

「起きてらしたのですか。ユーグレン殿下」
「今さっきだがな」
「嘘、もっと前に目が覚めてたのでは?」
「バレたか」
「殿下」

 強めに銀の花咲く湖面の水色の瞳で睨まれた。

(ああ、敵愾心を込めて睨むその瞳まで君は美しい)

 カズンが起きていたら、絶対に見せてくれなかっただろう表情だった。

「趣味悪いですよ」
「まあ、お互い様というやつだ」
「………………」



「んう……お前たち、うるさい」

 あれこれ言い合っているうちに、カズンが目を覚ましたようだ。
 だがまだ夢とうつつの間にいるらしい。

「カズン様。朝ですよー」
「こら起きろ、カズン」
「もうちょっと、寝る……」

 目が開かないようで、むずがるように身体を捩って上掛けの中に潜ってしまった。

「カズンさまー。オレ、お腹が減りました」
「んぐっ」

 上掛けの上からヨシュアがカズンにダイブする。

「ねえカズン様。オレ、領地から塩鮭持ってきてるんです。焼いて炊き立てのご飯と合わせるってどうですか?」
「……最高じゃないか。おまえもわかってきたな……」

 異世界人ながら、素朴な和食の真髄を。
 そこに出汁をきかせた醤油系のタレをかけた温泉卵を加えれば、更に極上の朝定食へ近づく。

 リースト伯爵領名産品のひとつである鮭は高級品だ。ヨシュアはいつも気軽に持ってきて食べさせてくれるが、現地以外だと一尾あたり大金貨一枚(約20万円)近くすることもある。
 ちなみにカズンの父ヴァシレウスはリースト伯爵領産のスモークサーモンが大好物だ。

「おまえが僕の幼馴染みでよかった……塩鮭をあいしてる……」
「えええ。好きなのは塩鮭だけですかあ?」
「しゃけすき。ヨシュアはさけのひとー」
「もうっ、まだ寝ぼけてますね、カズン様ったら!」

 寝ぼけてないもん……とどこか幼い口調で言い返しているが、どこからどう見ても寝ぼけている。

「何とまあ、可愛らしいことよ」

 くつくつユーグレンが笑っていると、ヨシュアにのし掛かられながらも、カズンが朝食メニューをピックアップしている。
 寝ぼけながらも食いしん坊は健在のようだ。

「そのラインナップには、やはり味噌汁が欲しい……味噌……うわぁっ!?」

 ヨシュアの更に上からユーグレンもダイブした。

「お、重……っ」
「味噌というのは豆を発酵させた塩辛い調味料だったか。同じものかはわからないが、この避暑地のある集落に似たようなものがあるそうだぞ」
「何だと!?」

 カッと黒い眼を見開いて、上に乗った重石二体分を一気に跳ね除ける。
 眠気もついでに吹き飛んだ。

「確かこの地は、酒の醸造が盛んだったと記憶している。その一環で、きれいな空気と水のある地ならではの発酵食品があるんだ」

 王太子教育として、ユーグレンは国内の小さな集落でも場所や名前、特徴や名産物などを把握している。
 ということは、間違いない。

「とりあえず朝飯だ。その後は味噌探しに出かけるぞ!」

「「おー!」」

 そうして、避暑地での一日がまた始まるのだった。