王家の白い駿馬を飛ばしに飛ばして、馬車で半日かかる距離を休憩もほとんど取らずに二時間ちょっとでユーグレンは目的の避暑地に到着した。
勢いよく木造建築のドアを叩かれ、何事かとカズンたちが外に出てみれば、そこにはいるはずのないユーグレン王子が汗だくで立っていたのである。
「ユーグレン? 何の連絡もなしにどうした?」
「どうしたではないわ、連絡がないから心配して来たのだろうが!」
暑い季節になってきて、カズンの背中に汗疹が出たため、美肌で有名な温泉地に湯治に行ったのだとユーグレンは聞いていた。
しかも家族旅行だ。まだロットハーナの件が未解決のままだから、護衛の任を解かれていないヨシュアも途中から一緒だったと。
両親のヴァシレウスとセシリアは数日で帰ってきたが、カズンは現地で調子を崩したのと、まだ汗疹が消えなかったので、避暑も兼ねてこのままヨシュアと残ることにした、と。
もうそれを聞いたユーグレンはいてもたってもいられなくなった。
ヴァシレウスたちと入れ替わるようにして、王都からカズンたちの滞在先の別荘に急襲してきたというわけである。
馬車だと時間がかかりすぎるからと、いつも学園で側に置いていた護衛のローレンツだけを連れて。
別荘の居間に移動し、ユーグレンにタオルを渡して汗だくの身体を拭ってもらっているうちに、ヨシュアが率先して茶を入れる。
居間も畳敷きで、木製のローテーブルに座布団と座椅子の設えで、旅館風の趣がある。
ユーグレン一人対カズンとヨシュア二人で向き合うなり、非難するような目で睨みつけられた。
「旅行に行くなら、せめて予定くらい教えてほしかったぞ、二人とも」
「一週間で戻る予定だったんだ。帰ってから連絡すればいいかと思ったんだが」
そんな悪びれないカズンの言い訳に、普段温厚なはずのユーグレンが怒った。
「派閥問題はまだ解消したばかりなのだぞ! 夏休みだからといって離れ離れでは周りの目を欺けぬだろうが! それに私は二人のことならどんな小さなことでも知りたい! それを、王都を離れるというのにお前たちときたら!」
「も、申し訳ありません、ユーグレン殿下。まさかそこまでお怒りになられるとは……」
ヨシュアは素直に頭を下げたが、カズンは納得いかないような顔をしていた。
何でそれぐらいのことで怒っているのだ? という表情だった。
それを見て更にユーグレンは激昂した。
「たとえただの友人だったとしても! 行き先も知らせないとは、私に対して誠意が足りぬのではないか、カズン!」
「誠意って、おまえな。要するに何が言いたいんだ?」
カズンからのぞんざいな扱いに、ぐっと詰まってからユーグレンは涙目になって吠えた。
「私ひとりを除け者にして、二人で楽しく遊んでいたのだろう!?」
「「えええっ!?」」
要するにそれが、一番言いたいことだったらしい。
カズンがヨシュアと二人で郊外の温泉地に出かけたと聞いて拗ねているのだ。
「なぜだ。どうせ遊ぶなら私だって混ぜてほしい!」
「いや、遊ぶって、お前なあ」
「一緒に温泉に入ってただけですよ? しかも二人きりじゃないです、ヴァシレウス様も一緒でした」
そんなの子供の頃からやっている。
互いの家にお泊まりするときは、邸宅の浴場だってよく一緒に使っていたものだ。
「だって……そんな……私は、てっきりお前たちはもう……」
カズンとヨシュアは顔を見合わせた。
「殿下。変な心配は不要ですから。ね?」
「う、うむ……」
とりあえずヨシュアが麗しく微笑んでユーグレンの反論を封じた。つよい。
「それはともかく、ユーグレン殿下。派閥のことにしろ、友人としてお付き合いしていくにしろ、とりあえずそれぞれの家族にご挨拶させていただけませんか」
湯飲みに入った緑茶(現地の集落特産品)を啜りながら、ヨシュアが説明してきた。
「我々全員、まだ未成年の子供ですし、王族と貴族です。なのに、互いの家族に挨拶もしてません。必要ですよね?」
「あああ!? 言われてみれば!」
ちなみに昨日、ヨシュアはカズンの父ヴァシレウスには確認を取った。後に母セシリアにも。
「王都に戻ったら、ユーグレン殿下のご両親に一度お会いできればと思います」
「わ、わかった……そうだな、それは欠かせぬことだったな」
「で、オレの保護者もいま王都にいるので、よろしくお願いしますね?」
ぴたり、と示し合わせたようにカズン、ユーグレンの動きが止まった。
「る、ルシウス殿に、甥御殿を下さいと言わねばならんのか……!」
「ユーグレン、落ち着け! 結婚の挨拶じゃないのだぞ、『僕たち仲良くなりました』だけで良いんだ!」
「あはは、混乱してますねえ」
甥のヨシュアはもちろん、カズンとユーグレンもルシウスが王都にいる間は子供好きの彼によく遊んでもらっていた。
何はともあれ。
「ようこそ、ユーグレン殿下。後で一緒に温泉に行きましょうね」
にっこり麗しの美貌を輝かせて、ヨシュアが微笑む。
「そ、そうだな。……何だか一人で先走って済まなかった」
ユーグレンはちゃんと己の非を認めて謝れる男だった。
ただし、今回のことでカズンとヨシュア、ふたりにとっての印象はだいぶ変わった。
(ユーグレン殿下、大らかな方だと思ってたけど嫉妬する独占欲強めタイプかあ。……ふふ、かわいいなあ)
こちらはヨシュア。意外なことに好感度が上がったようだ。
(……わかっちゃいたが、本格的なウザ男だった。この調子で僕たち上手くやっていけるんだろうか?)
対して、カズンはこの先への不安が増してしまったのだった。
勢いよく木造建築のドアを叩かれ、何事かとカズンたちが外に出てみれば、そこにはいるはずのないユーグレン王子が汗だくで立っていたのである。
「ユーグレン? 何の連絡もなしにどうした?」
「どうしたではないわ、連絡がないから心配して来たのだろうが!」
暑い季節になってきて、カズンの背中に汗疹が出たため、美肌で有名な温泉地に湯治に行ったのだとユーグレンは聞いていた。
しかも家族旅行だ。まだロットハーナの件が未解決のままだから、護衛の任を解かれていないヨシュアも途中から一緒だったと。
両親のヴァシレウスとセシリアは数日で帰ってきたが、カズンは現地で調子を崩したのと、まだ汗疹が消えなかったので、避暑も兼ねてこのままヨシュアと残ることにした、と。
もうそれを聞いたユーグレンはいてもたってもいられなくなった。
ヴァシレウスたちと入れ替わるようにして、王都からカズンたちの滞在先の別荘に急襲してきたというわけである。
馬車だと時間がかかりすぎるからと、いつも学園で側に置いていた護衛のローレンツだけを連れて。
別荘の居間に移動し、ユーグレンにタオルを渡して汗だくの身体を拭ってもらっているうちに、ヨシュアが率先して茶を入れる。
居間も畳敷きで、木製のローテーブルに座布団と座椅子の設えで、旅館風の趣がある。
ユーグレン一人対カズンとヨシュア二人で向き合うなり、非難するような目で睨みつけられた。
「旅行に行くなら、せめて予定くらい教えてほしかったぞ、二人とも」
「一週間で戻る予定だったんだ。帰ってから連絡すればいいかと思ったんだが」
そんな悪びれないカズンの言い訳に、普段温厚なはずのユーグレンが怒った。
「派閥問題はまだ解消したばかりなのだぞ! 夏休みだからといって離れ離れでは周りの目を欺けぬだろうが! それに私は二人のことならどんな小さなことでも知りたい! それを、王都を離れるというのにお前たちときたら!」
「も、申し訳ありません、ユーグレン殿下。まさかそこまでお怒りになられるとは……」
ヨシュアは素直に頭を下げたが、カズンは納得いかないような顔をしていた。
何でそれぐらいのことで怒っているのだ? という表情だった。
それを見て更にユーグレンは激昂した。
「たとえただの友人だったとしても! 行き先も知らせないとは、私に対して誠意が足りぬのではないか、カズン!」
「誠意って、おまえな。要するに何が言いたいんだ?」
カズンからのぞんざいな扱いに、ぐっと詰まってからユーグレンは涙目になって吠えた。
「私ひとりを除け者にして、二人で楽しく遊んでいたのだろう!?」
「「えええっ!?」」
要するにそれが、一番言いたいことだったらしい。
カズンがヨシュアと二人で郊外の温泉地に出かけたと聞いて拗ねているのだ。
「なぜだ。どうせ遊ぶなら私だって混ぜてほしい!」
「いや、遊ぶって、お前なあ」
「一緒に温泉に入ってただけですよ? しかも二人きりじゃないです、ヴァシレウス様も一緒でした」
そんなの子供の頃からやっている。
互いの家にお泊まりするときは、邸宅の浴場だってよく一緒に使っていたものだ。
「だって……そんな……私は、てっきりお前たちはもう……」
カズンとヨシュアは顔を見合わせた。
「殿下。変な心配は不要ですから。ね?」
「う、うむ……」
とりあえずヨシュアが麗しく微笑んでユーグレンの反論を封じた。つよい。
「それはともかく、ユーグレン殿下。派閥のことにしろ、友人としてお付き合いしていくにしろ、とりあえずそれぞれの家族にご挨拶させていただけませんか」
湯飲みに入った緑茶(現地の集落特産品)を啜りながら、ヨシュアが説明してきた。
「我々全員、まだ未成年の子供ですし、王族と貴族です。なのに、互いの家族に挨拶もしてません。必要ですよね?」
「あああ!? 言われてみれば!」
ちなみに昨日、ヨシュアはカズンの父ヴァシレウスには確認を取った。後に母セシリアにも。
「王都に戻ったら、ユーグレン殿下のご両親に一度お会いできればと思います」
「わ、わかった……そうだな、それは欠かせぬことだったな」
「で、オレの保護者もいま王都にいるので、よろしくお願いしますね?」
ぴたり、と示し合わせたようにカズン、ユーグレンの動きが止まった。
「る、ルシウス殿に、甥御殿を下さいと言わねばならんのか……!」
「ユーグレン、落ち着け! 結婚の挨拶じゃないのだぞ、『僕たち仲良くなりました』だけで良いんだ!」
「あはは、混乱してますねえ」
甥のヨシュアはもちろん、カズンとユーグレンもルシウスが王都にいる間は子供好きの彼によく遊んでもらっていた。
何はともあれ。
「ようこそ、ユーグレン殿下。後で一緒に温泉に行きましょうね」
にっこり麗しの美貌を輝かせて、ヨシュアが微笑む。
「そ、そうだな。……何だか一人で先走って済まなかった」
ユーグレンはちゃんと己の非を認めて謝れる男だった。
ただし、今回のことでカズンとヨシュア、ふたりにとっての印象はだいぶ変わった。
(ユーグレン殿下、大らかな方だと思ってたけど嫉妬する独占欲強めタイプかあ。……ふふ、かわいいなあ)
こちらはヨシュア。意外なことに好感度が上がったようだ。
(……わかっちゃいたが、本格的なウザ男だった。この調子で僕たち上手くやっていけるんだろうか?)
対して、カズンはこの先への不安が増してしまったのだった。