そして一週間後。
そのカズンの一家が避暑地から戻ってきたと聞いて、ユーグレンは速攻でアルトレイ女大公家へ向かった。
だがそこに、カズンやヨシュアの姿はない。
いたのはどこか落ち込んだ様子のヴァシレウスとセシリアだけだったが、勢いづいていたユーグレンはスルーしてしまった。
聞けば、現地で調子を崩したカズンは、少なくとも今月中は避暑地で養生に努めるとのことだった。
世話役のヨシュアとともに。
「と、いうことは……今、カズンとヨシュアは別荘で二人きり……」
ユーグレンは青ざめた。
カズンはまだいまいち理解していないようだが、あの二人はヨシュアからカズンへ想いのベクトルが向いているのだ。
誰よりヨシュアを見ていたユーグレンにはわかる。
そしてその想いは、間違いなくユーグレンがヨシュアへ向けているものと同じ質量と熱量を持っている。
下手するともっと重いかも。
「わ、私も行かなくては……!」
二人だけで先に進まれて堪るか。
王宮に戻るなり、すぐ準備して避暑地へ飛び出して行きかねなかったユーグレンを、王太女とともに四十代はじめくらいの、ヘーゼルの癖毛と翡翠色の瞳を持った中背の男性が引き止めた。
名前はクロレオ。王太女グレイシアの夫でユーグレンの父だ。
「待ちなさい、ユーグレン。話があります」
「父上?」
クロレオはグレイシアと同い年で、国内貴族の伯爵令息だった。
本人は次男だったため爵位を持っておらず、王太女の伴侶となっても王族籍には入らない選択をしていた。とはいえ準王族の立場ではあるが。
そのような事情から、実の息子ではあっても王子のユーグレンにも丁重な態度を崩さない。
その父は、ユーグレンに金貨の詰まった袋を差し出してこう言った。
「ユーグレン。あなたも今後は何かと入り用も増えることでしょう。こちらをお使いなさい」
これまでは王子ではあっても、まだ未成年のユーグレンが使える金は小遣いの範囲内だけだった。
だが、現役伯爵のヨシュアらとの交友機会が増えるとなれば話は別だ。それは社交の一種として、王家から正式な予算が出る。
クロレオは更に、交友の際の注意事項も説明してきた。
「食品など、食べて消えてしまうものなら構いませんが、物品の場合は王家やあなた個人の紋章を入れたものを送るときは気をつけてください」
悪用されないよう充分な注意が必要だ。
送られた側の立場にもよるが、と補足を付け加える。
「まあ要するにだ、遊ぶ際はお前が費用すべて出すのだぞ? 間違ってもカズンやリースト伯爵の財布の紐を緩めさせぬように」
王家の沽券に関わることをするなというわけだ。
「ユーグレン。あなたとカズン様の派閥問題については、自分たちでまとめる前に私たち大人に相談して欲しかった」
「そ、そうかもしれませんが、父上。ですが、何というかその場の成り行きで決まってしまい……」
最初にその話を聞いたとき、グレイシアも夫のクロレオも、また祖父の国王テオドロスも呆気に取られたものだ。
ユーグレンがヨシュアに懸想しているのは知っていた。
その想いが、美貌と強さを兼ね備えたヨシュアへの信仰じみた、相手を崇拝するようなものだったことも。
本人がいつまでたってもヨシュアに話しかけることすらできないチキン野郎であることもバレバレだった。
周囲の大人たちは誰もが、ユーグレンはいずれ現実を見るものとばかり思っていたのだが。
気がついたら、ちゃっかり王弟カズンごと親しくなっているのだから、やりおるな! と家族は皆で大笑いしていた。
「まあそう言うな、クロレオ。カズンはともかく、リースト伯爵家の男子を取り込めたのは大変良い。よくやった、褒めてやる」
「いや、ですから。我々の関係はそういう打算的なものよりまず……」
「これで、外野はうるさく騒ぐだろうが、遠慮なくリースト家を伯爵から侯爵にランクアップさせられる」
有能な魔力使いを輩出するリースト伯爵家は、アケロニア王国の最初期から存在する名家だ。出自を辿れば現在の王朝より古いかもしれない。
その高い能力を如何に王家に取り込み引き付けておくかは、代々アケロニア王族の課題のひとつだった。
しかし、リースト伯爵家の男子は自分の興味があること以外への関心が薄く、権力にも興味を示さない。
能力の偏りも大きいため、扱いづらい一族でもあった。
リースト伯爵家自体が、近年は魔力ポーションをはじめとした薬品類の開発・販売で大層潤っている。
ヨシュアに関していえば、亡父も得られなかった竜殺しの称号持ちで、若年ながら魔法剣士としての実力も充分。
ユーグレンと親しくなったことで今後は更に知名度も上がるだろうから、頃合いを見てもう幾つかの業績を立てさせ、陞爵させてしまおう。
「あるいは、新たに侯爵にすれば、空いた伯爵位は“彼”に渡るでしょうね」
「それだ!」
彼、即ちヨシュアの叔父であるリースト子爵ルシウスだ。
実力からいえば彼が新たなリースト伯爵を継承してもおかしくなかった人物だ。
そうだなそれでいこう、と話題を弾ませている両親をよそに、ユーグレンはいてもたってもいられなかった。
(政治的判断は今はどうでもいい。早く……早く……!)
早く、あの二人に逢いたい。
そのカズンの一家が避暑地から戻ってきたと聞いて、ユーグレンは速攻でアルトレイ女大公家へ向かった。
だがそこに、カズンやヨシュアの姿はない。
いたのはどこか落ち込んだ様子のヴァシレウスとセシリアだけだったが、勢いづいていたユーグレンはスルーしてしまった。
聞けば、現地で調子を崩したカズンは、少なくとも今月中は避暑地で養生に努めるとのことだった。
世話役のヨシュアとともに。
「と、いうことは……今、カズンとヨシュアは別荘で二人きり……」
ユーグレンは青ざめた。
カズンはまだいまいち理解していないようだが、あの二人はヨシュアからカズンへ想いのベクトルが向いているのだ。
誰よりヨシュアを見ていたユーグレンにはわかる。
そしてその想いは、間違いなくユーグレンがヨシュアへ向けているものと同じ質量と熱量を持っている。
下手するともっと重いかも。
「わ、私も行かなくては……!」
二人だけで先に進まれて堪るか。
王宮に戻るなり、すぐ準備して避暑地へ飛び出して行きかねなかったユーグレンを、王太女とともに四十代はじめくらいの、ヘーゼルの癖毛と翡翠色の瞳を持った中背の男性が引き止めた。
名前はクロレオ。王太女グレイシアの夫でユーグレンの父だ。
「待ちなさい、ユーグレン。話があります」
「父上?」
クロレオはグレイシアと同い年で、国内貴族の伯爵令息だった。
本人は次男だったため爵位を持っておらず、王太女の伴侶となっても王族籍には入らない選択をしていた。とはいえ準王族の立場ではあるが。
そのような事情から、実の息子ではあっても王子のユーグレンにも丁重な態度を崩さない。
その父は、ユーグレンに金貨の詰まった袋を差し出してこう言った。
「ユーグレン。あなたも今後は何かと入り用も増えることでしょう。こちらをお使いなさい」
これまでは王子ではあっても、まだ未成年のユーグレンが使える金は小遣いの範囲内だけだった。
だが、現役伯爵のヨシュアらとの交友機会が増えるとなれば話は別だ。それは社交の一種として、王家から正式な予算が出る。
クロレオは更に、交友の際の注意事項も説明してきた。
「食品など、食べて消えてしまうものなら構いませんが、物品の場合は王家やあなた個人の紋章を入れたものを送るときは気をつけてください」
悪用されないよう充分な注意が必要だ。
送られた側の立場にもよるが、と補足を付け加える。
「まあ要するにだ、遊ぶ際はお前が費用すべて出すのだぞ? 間違ってもカズンやリースト伯爵の財布の紐を緩めさせぬように」
王家の沽券に関わることをするなというわけだ。
「ユーグレン。あなたとカズン様の派閥問題については、自分たちでまとめる前に私たち大人に相談して欲しかった」
「そ、そうかもしれませんが、父上。ですが、何というかその場の成り行きで決まってしまい……」
最初にその話を聞いたとき、グレイシアも夫のクロレオも、また祖父の国王テオドロスも呆気に取られたものだ。
ユーグレンがヨシュアに懸想しているのは知っていた。
その想いが、美貌と強さを兼ね備えたヨシュアへの信仰じみた、相手を崇拝するようなものだったことも。
本人がいつまでたってもヨシュアに話しかけることすらできないチキン野郎であることもバレバレだった。
周囲の大人たちは誰もが、ユーグレンはいずれ現実を見るものとばかり思っていたのだが。
気がついたら、ちゃっかり王弟カズンごと親しくなっているのだから、やりおるな! と家族は皆で大笑いしていた。
「まあそう言うな、クロレオ。カズンはともかく、リースト伯爵家の男子を取り込めたのは大変良い。よくやった、褒めてやる」
「いや、ですから。我々の関係はそういう打算的なものよりまず……」
「これで、外野はうるさく騒ぐだろうが、遠慮なくリースト家を伯爵から侯爵にランクアップさせられる」
有能な魔力使いを輩出するリースト伯爵家は、アケロニア王国の最初期から存在する名家だ。出自を辿れば現在の王朝より古いかもしれない。
その高い能力を如何に王家に取り込み引き付けておくかは、代々アケロニア王族の課題のひとつだった。
しかし、リースト伯爵家の男子は自分の興味があること以外への関心が薄く、権力にも興味を示さない。
能力の偏りも大きいため、扱いづらい一族でもあった。
リースト伯爵家自体が、近年は魔力ポーションをはじめとした薬品類の開発・販売で大層潤っている。
ヨシュアに関していえば、亡父も得られなかった竜殺しの称号持ちで、若年ながら魔法剣士としての実力も充分。
ユーグレンと親しくなったことで今後は更に知名度も上がるだろうから、頃合いを見てもう幾つかの業績を立てさせ、陞爵させてしまおう。
「あるいは、新たに侯爵にすれば、空いた伯爵位は“彼”に渡るでしょうね」
「それだ!」
彼、即ちヨシュアの叔父であるリースト子爵ルシウスだ。
実力からいえば彼が新たなリースト伯爵を継承してもおかしくなかった人物だ。
そうだなそれでいこう、と話題を弾ませている両親をよそに、ユーグレンはいてもたってもいられなかった。
(政治的判断は今はどうでもいい。早く……早く……!)
早く、あの二人に逢いたい。