高校生になったばかりのカズアキの毎日は、期待していたほど充実しなかった。

 高校デビューを失敗した感がある。

 学校ではいじめられることこそないが、同級生たちの輪の中に混ざれなかった。
 顔を合わせれば挨拶ぐらいはするが、昼を一緒に食べたり、放課後に遊びに行く友達ができなかった。



 高校に進学してすぐの一年生の春、小遣いが欲しくて地元のファミレスでキッチン調理のバイトを始めた。
 下校後、夕方から夜の22時まで、土日を含めて週に5回。

 そのアルバイト先でも、仕事上がりの後で雑談しているバイトやパートの主婦たちの中に混ざれなくて、いつもそそくさと、ひとりで帰宅していた。

 家に帰ると、台所にはデリバリーのピザの空箱がゴミ箱の横に折り畳まれている。
 テーブルの上や冷蔵庫の中を見ても、自分用に一切れでも残っている気配はない。

「……今からコンビニに買いに行くのも億劫だな」

 炊飯器の中を覗くと残りご飯があったので、適当にふりかけで食べて、風呂に入ってすぐ自室に引っ込んだ。

 別にカズアキが家族から虐待されているとか、そういうことではない。
 バイト先がファミレスだから、仕事の後に何か自分で夕飯を食べてくるだろうと思われているだけだ。

(ピザ、僕も好物なんだけどなあ)

「………………」

 部屋の時計を見ると、そろそろ日付が変わる頃だった。
 通学カバンの中から、バイト前に本屋に寄って買ったライトノベルを取り出す。

 聖剣を構えた勇者のイラストが今どきっぽく格好良くて表紙買いしたやつだ。
 中央に勇者、右手にちょっと悪役っぽい魔法使い、左手に頭の良さそうな賢者。
 コテコテのファンタジーものだ。

(学校でもバイト先でも親しい友達はできなかったけど、バイト代を好きに使えるのは嬉しいよな)

 今回のラノベは当たりだったようだ。挿絵も好みだった。
 続編も出ているようだし、明日また本屋に行って見てこようと思う。




「お先に失礼しまーす!」

 変わり映えのしない毎日を繰り返して、季節は冬になった。
 カズアキはまだ同じファミレスでバイトをしている。

 店を出る前、店内フロアのスタッフたちに声をかけたが、雑談に夢中の社員やバイトの女子たちは聴こえていないようで反応すらない。
 カズアキは溜め息をついて、店を出た。

「雪か……朝はまだ雨だったのに」

 休日の今日は午前中からの前半シフトだったから、まだ時刻は夕方前で陽は落ちていない。けれど外はもう雪で真っ白だ。
 10センチ以上積もっている。都市部のこの辺りでは大雪だ。

(これじゃ自転車は乗れないな……引いて帰るしかないか)

 ゲンナリしながら傘を開こうとしたところで、何かが軋むような重い音が聞こえた。


 ぎ……ぎ……


 ファミレスの店の入口の上にある店名の看板が、雪の重みで傾いていた。

「!?」

 あ、と思う間もない。
 大量の雪ごと落ちてきた看板はそのまま真下にいたカズアキの頭部を直撃した。

 泥混じりの雪で汚れた地面に倒れ込む。
 周囲から悲鳴が聞こえた。ちょうどファミレスに入ろうとしていた駐車場からの客たちが、倒れたカズアキを目撃したようだ。
 すぐに店内から社員やスタッフたちが駆けつけてきたが、店の前での惨状に声を失っている。

(やばい。身体がもう動かない)

 落ちてきた看板が激突した頭部が、ズキズキと痛いような、熱いような。大雪の寒空の下なのに。
 これはもう駄目だな、無理だなと自分でもわかった。

(僕の人生はこれで終わりなのか。もっとこう……素敵な人生だったら良かったなあ)

 例えば、カバンの中の読みかけのワクワクするようなファンタジー系ライトノベルみたいに、だなんて贅沢は言わない。
 何なら今と同じモブでもいい。派手じゃなくても、冒険と仲間たちと美味い飯。そのぐらいでいいのだ。

(家族。学校。同級生たち。アルバイト。……そんなに不満があったわけじゃない。でも、もうちょっとだけ……)

 遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。

(もし、ラノベみたいに異世界転生とかできるなら、次はもっと……)

 最後まで考えることはできなかった。

 そうして、まだ16歳だったモブ男子、カズアキの人生は終わったのである。