「じゃあ、新入部員(仮)の入部を祝して乾杯!!」

そんなナルの合図で幕を開けた歓迎会と名のつく勧誘会。

そもそも僕はこの部活について全く何も知らない。そんな不透明なままでは選択肢もあったものじゃない。

「あのさ。ずっと気になってたんだけどさ」

「ほ~ん。何?どんくらい気になってた?」

「そうだな。ジャックと豆の木って、いかにもハッピーエンドみたいな終わり方だけど、巨人があまりにも不憫すぎるよね。てかそもそも、豆をくれた老人は何者で、何の目的だったんだ?ってくらいかな」

余計なナルの質問に適当に返してから、間髪いれずに僕は続ける。

「それで、潮騒部って結局なんの部活動なの?言ってしまえば、新しい世界へのチャンスをくれた老人ことナル。しかしその目的が分からないといったところなんだけど?」

部内に流れる沈黙と、目が点となるという表現が具現化されたような皆の表情。いや、1人だけ目尻にシワを寄せている人物がいた。

「ふふふっ!面白い例えだね!!あははっ!!」

椿だ。今日あったばかり、正確には記憶が正しければ子供の頃会っているようだが、それでもほぼ初対面の彼女、物静かで、余り表情を変えないタイプだと思っていたがそうではなないらしい。

…………いや。違う。さっきまで僕に向けられた虚をつかれた3人の視線がそのまま椿に向けられている。

つまり、これもまた珍しい光景なのだろう。

「え?椿ねぇがこんな風に笑うなんて、いつぶりだろ?」

そして極めつけにそう小さく呟いた七海の言葉。

まるで天変地異級の何かが起きたかのような3人の反応。

「なぁ。刹那。やっぱりお前さ、この部活に入るべきなんだよ。うん。そうだ。きっと」

「え?」

自分の投げ掛けた質問を自分自身で忘れてしまうかのようなその返答。

「いや、だからこの部活の目的が…………」

「うん!そうだわ。ナルが珍しくいいこと言った」

僕の言葉は呆気なくナルに同乗した美琴に振り落とされる。

「ちょっと待って。全く状況が飲み込めないんだけど」

「まぁ。仕方ないですね。保月先輩。私も許可します」

僕の喉は振動しているのだろうか?そんな疑問すら浮かぶ。誰一人僕の声が届いていない。

「あ、ああ………」

僕はその圧に、可でも否でもない曖昧な返答をするのが精一杯だった。


ーーーー僕はプールに浮かぶ緑葉のようだ。ただ、誰かの作った流れに身を任せて、行き着く場所も知らぬまま、ただただ漂うだけの。

結局、圧しきられるようにして、全貌の一筋も見えない部の一員となることを、入部届けに記してしまった。

我ながら将来、詐欺師のカモにされないか心配である。

「じゃあ、改めて、正式な新入部員を祝して、乾杯!」

そのナルの乾杯の音頭でいよいよ引き返すことはできなくなった。

「乾杯!!」と皆の声が重なる。

渋々の入部だったが、転校してきてばかりの僕にとっては、こういう居場所が出来るのは素直に喜ばしいことでもある。

「いやぁ、良かった良かった。刹那が来なかったら、男1人で肩身が狭いのなんのって」

「ふ~ん。ハーレムだって、喜んでいなかったかしら?」

美琴に横やりを刺されたナルは、下手くそな作り笑いを浮かべる。

「それでなんだけど。そろそろ教えてくれてもいいかな?この部の活動内容のこと」

乾杯も終わり歓談タイムに入ったところで、再びその疑問を投げ掛ける。

「ん?あぁ。そうだったな。んじゃ部長よろしく」

ナルは、仕事終わりの1杯目のビールのように缶ジュースを煽る。

「部長?あぁそうか。そういえば部長って?」

その僕の問いに答えるようにして、おずおずと手を挙げたのは椿だった。

「私じゃ………似合わないよね………そんな柄じゃないもんね………」

僕の表情を悪い方向に読み取ってしまったらしく、言葉尻をすぼめてしまう椿。

似合わないとかそういう話ではなく、あまりこういう立場に身を置きたくないタイプだと勝手に認識してたため、面食らってしまっただけだった。

「いや、そんな事思っていないよ。えっと、これからよろしくお願いします。部長さん」

「え?そんな部長だなんて!!椿でいいよ!」

両手を体の前で左右に振りながら、呼び名の訂正を求めてくる椿。

「うん。じゃあ、そう呼ばせてもらうね。それで、この部活の、活動内容を聞きたいんだけど?」

「はい」

僕の再三の問いに意を決したような表情をする椿。

「活動内容。というか、最終目的なんだけど、簡単にいえば。みんなで海に行こう!という部だよ」

「…………?海に……行こう?」

あまりにも簡易的且つ、容易な活動内容に戸惑いを浮かべて見せた。

「うん!海に行こう!っていう部活」

再びその言葉を返され困惑。ここからでも眺められてしまうほどの距離。なんなら今すぐにでも行けそうな距離。

海に行ってみんなで遊ぼうという活動か?いや、そうだとしてもこの町に生まれて、この町民であり続けていたのなら、海なんて日常の中のほんの一部みたいなものだろう。

「行けばいいんじゃない?」

そう楽観的な返答をしようとしたその時だった。

激しい波音が耳をつんざいた。いや、違う。耳というより頭の中か?頭の中で小さな砂浜が出来上がり、その隣に佇む断崖に打ちあたる波。

脳を揺らすようなその波音が徐々に収まるにつれて、今度は水中に潜った時のような、耳に水の栓を差し込んだような、そんな息苦しさを感じた。

その息苦しさのせいで目の前が一瞬だけ真っ暗になる。

その一瞬に映った、目、鼻、口、手、胴、足。紛れもなく人の形をした残像。

一瞬だけであったためか、その人物が誰なのかは分からなかった。

「ん?どうした刹那?刹那?おーい」

まるで現実から投げ飛ばされ、時空の狭間を漂っていたかのような感覚から徐々に意識が覚醒していく。

そうしてようやくナルが僕を呼んでいる事に気がついた。

「え?」

「大丈夫か?急に黙りこんだと思ったら、ボーッとして」

「ボーッとして?ああ。うん。大丈夫大丈夫」

体感としてはほんの数秒だった気がするが、心配をかける程度には時が過ぎていたようだ。

「転校初日で疲れちゃったのかな?」

「まぁ、初日からこんな奴と関わっていたら、そりゃ疲れるわよね」

「ナル先輩って、1人だけ宇宙にいるみたいですもんね。空気ってものを感じとれてないです」

「いや、そんな事ないよ。むしろ助かるよ、右も左も分からない所に、そうやって来てくれるんだから」

幼なじみと後輩によってたかって毒を吐かれたナルが気の毒になって、すかさずフォローを入れる。

「え?嘘だろ?聞いたかよ!俺に優しくしてくれる人間がいるだなんて!っしゃ!!もう今日は部活はここまでだ!刹那!ファミレス行くぞ!何でも奢ってやるかんな!!」

それから気を良くしたナルに連れられ、小さな歓迎会を満喫したせいもあり、結局、部の概要までは聞き出せないままだった。