ーーーー何度目かチャイムが鳴り響く。本日の課程の終わり告げるチャイムだ。

ここからは所謂、放課後と呼ばれる時間となる。

この放課後を何色に染めるかは自分たち次第だ。

部活に汗を流すもの、恋愛にのめり込むもの、友情を深めるもの、学力向上や夢のために勤しむもの。

撤回しよう。何色に染めるかではない。きっとどれもが、澄んだ青色に違いない。

さて、僕はどうしようか?このまま帰宅部一直線で怠惰な日々を過ごしたとして、それも青色に認定されるのだろうか?

まぁ、何色でもいいか。大きな問題さえなければ、平凡が一番の幸せだと思うから。

そんな感傷を鞄に詰め込むと、昇降口に向かうと席を立つ。

「おっと!刹那!どこへ行こうと言うのだね!」

そんな僕を制するように、首に左腕を巻き付けてきたのは、相変わらずのコミュ力ぶりを発揮する広明だった。

いや、本人が望んでいるのだからナルと呼称しようか。

「やぁナルくん。どうしたの?」

「う~ん。惜しいな。ナルはいいけど、君付けはどうよ?なんがゾワッとしたぞ」

ナルは歯を全て剥き出すようにして笑みを浮かべる。

「うん。じゃあナルで。それで?どうかしたの?」

「うんうん。刹那、君を勧誘しにきたんだよ」

「勧誘?何か買わされるの?場所移動する?カフェとかが定番だよね?」

「え?うほ?俺そんな風に見える?」

「急にゴリラの部分を出されても困るけど、嘘って言いたかったの?てか、割りと勇気だしたボケに、ボケで返されると、立場がないんだけど」

「わりーわりー。ノリがいいからついな!」

ナルは豪快に笑いながら、痛くない程度に背中を叩いてくる。

「それで勧誘って?」

「そうそう。部活に迷っていたみたいだからさ、どうせなら、うちの部にでも入ってみないかなと思ってよ」

正直そういう事だろうとは思っていた。部活に入るか否かすらまだ決められていない僕にとって、まだ得体の知れないその誘いに素直に首を縦に振れずにいた。

「まぁまぁ、実際に見てみないとわからないよな!っし!じゃあ行くか!!」

しかしナルは僕のその沈黙を違う意味に捉えたらしく、僕の首に腕を回したまま、僕を引っ張るようにして歩き始めてしまう。

ここで断る事も容易にできたが、授業中に顔を出した疑問の答えに近づくためと、抗うことなくナルについていくことにした。

教室棟の対面に位置する実習棟。

被服室や科学室、音楽室に生物室など特定の授業の際に使われる教室が並ぶ棟。

その棟の3階、昇降口から一番離れた隅っこに位置するその教室の前でナルは足を止めた。

「うっし!とうちゃーく。さぁさぁ遠慮しないで入ってクレパス」

「わぁ、クレヨンが相場だと思ってた」

「なんかさ、クレパスって、クレヨンより美味しそうな感じしないか?」

「うん。別にしないし。強いて言うなら、カルパスに似てるねってくらいだし。それでクレパスにした理由もわからないし」

「それはフィーリングってやつよ」

ナルは親指を立てた右手を僕に突き出すと不器用にウィンクする。

「また厄介者に絡まれてるみたいね。お疲れ様」

どう反応したらいいか迷う僕は逃げるように、ナルの背後から向かってくる美琴と視線を交わらせる。

それに気づいた美琴はやれやれと肩をすくめ再三助け舟を出してくれた。

「厄介者って、酷いぞ美琴!刹那はそんな面倒な奴じゃねぇって!」

「そういう自覚の無いところとか、本当に厄介よね。まぁこの人のことは、寂れた遊園地で、場違いのようにはしゃいで、風船を渡しているのに、子供に全く興味を持たれていない、マスコットだと思ってもらえればいいから」

「ピンポイント過ぎる上に、あまりピンと来ない例えだなそれ。まぁ、それはともかく2人も待ち疲れているだろうから、さっさと行くか」

2人の息のつかない会話に入り込めず、傍観者に努めていた僕は、ナルの伸ばした扉に貼ってある紙を視界で捉える。

ーーーー潮騒(しおさい)部。

その単語の意味を頭で理解するよりも先に開かれる扉。

準備室程度の広さしかない教室。

そこに縦長の机と両側面に2つずつ、所謂お誕生日席と呼ばれる場所に1つずつおかれたパイプ椅子。

その机を挟むようにして置かれている物の少ないスチールラック。

そして左側面に並んで座る2人の女子生徒の姿。

そして、僕より先に入室したナルは僕に振り向くと、美琴と目配せをしてニヤリと口角を上げると次にこう口にする。

「ようこそ!潮騒部へ!!」