「その。こんな事言うのはお門違いだってことは分かってるんだけど、その刹那くんはさ。私の事どう思ってくれているの?」

それは恋愛対象としてということだろうか?それならば包み隠す事なんて1つもない。素直な言葉で伝えよう。

「僕も同じかな。代わりになろうとかじゃないけど、晴也くんの穴を埋めれるのなら何でもしようって、そう思ってた。でも違った。これもまた僕のエゴで。罪滅ぼしのつもりで。でもそれはかえってみんなの傷を抉る事にもなっていたと思う」

この短いながらも充実した日々に思いを馳せつつ続ける。

「そして芽生えた気持ちを恋とは呼べない。僕が椿に対して思うこの気持ちは恋じゃなくて、深さは違えど同じ傷をおった同士の舐め合いなんだって。そこから始まった友情であって。恋ではないんだって。そう思う」

きっと無意識の内に必要としてしまっていたのだろう。僕ら潮騒部は、過去と向き合うために互いを必要として、きっと誰もが初めは自分本位で、それでもまだ純粋な僕らは、そこに友情を見出だしてここまでやってきた。

「うん。ありがとう。正直に答えてくれて。なんか、今なら空を飛べそうかも。よく小説でも、アニメや漫画でもそういう描写ってあるけど、心が軽くなるってこういう事なんだね」

「そうだね。今ならあの星にタッチできそうだね」

僕は夜空を指差し、星と星を繋ぐようになぞる。

「それはいいね。ならいっそのこと新しい星座でも作ってみちゃう?」

「そうだな~、どんな星座にも負けないくらい大きな。何処にいても見えるくらいの大きな星座を作ろうか」

「じゃあ、繋ぐ星は誰よりも輝こうとしている、7つを繋げようよ。それぞれの星に潮騒部のみんなの名前をつけて。晴也の星と繋ごうよ」

「それは…………とても魅力的だね」

そんな青い春に当てられたかのような、きっと後から思い出せば歯の浮くような台詞も、今の僕らの中ではハッキリと縁取りした言葉で空に浮かぶ。

「ありがとうね。刹那くん」

「え?どうしたの急に?」

不意にかけられたその言葉の意味は僕には分からなかった。

「刹那くんが転校してきてから、潮騒部は大きく変わる事ができた。まさか、ここでこうして、この海を眺める時が来るとは思わなかった。みんなも私もずっと待っていたんだよ。踏み出すきっかけの訪れを。それを運んできてくれた。ううん。導いてくれた刹那くんには感謝してるの」

「そんな、僕なんて…………」

何もしていない。僕はまだ何もできていない。そんな後ろめたさを言葉にするか僕は迷って口を閉じた。

「それじゃあ、私はそろそろ戻るね」

椿は未だ夜空に黄昏る僕を置いて踵を返す。

「あ、そうそう」

そうしてすぐに立ち止まり再び僕に向き直る。

「七海を見ていない?さっきから姿が見えないんだけど?」

「え?七海?」

僕は呼ばれた名前をおうむ返しする。そして口にするとなんとなく嫌な予感が全身を駆け上がる。

「七海?は見ていないと思うけど………。最後に見たの」

見たのはいつ?と聞こうとしたその時だった。椿は「あ!」と一文字声を発すると、僕から見て右背後の方を指差した。

僕は反射的にそこへ顔を向ける。

そこには海へ伸びた岩崖があり、その先端に腰をかけ、足をプラプラと揺らした1つの影があった。

月夜の晩に浮かぶその小さな影は、幻想的に夜空に溶け込んでいて、まるで有名な絵画を見ているかのようだ。

「七海!!」

椿がその影目掛けて声をあげる。どこか焦ったような。怒りのこもったような。そんな声を。

不意に声をかけられ遠目でも分かるほど体をビクつかせたその影は、猫のように飛び立ち上がるとこちらに体を向けた。

「え?え?椿ねぇ!?…………」

恐らく変な勘繰りをされたであろう。七海は椿の名を叫ぶように呼ぶと停止してしまう。

「もう。なんであんな所にいるのよ。てか、私なんで気づかなかったんだろう」

そう自分に呆れたようにため息をつく椿に僕は同調する。

「いや、それを言ったら僕なんて椿よりも前にここにいたのに、最後の最後まで気づかなかったんだけど」

ともあれ嫌な予感が当たらなくて良かったという安堵の方が今はどの感情よりも強い。

そう。本当に良かった………。

その瞬間だった。脳裏に走馬灯のように駆け巡る1つの記憶。

幼少期の記憶だ。僕はあの崖のすぐ下に座っていて、見上げると崖の上には同じくらいの年齢の女の子が2人。

七海と呼ばれた子と、椿ねぇと呼ばれた子。

そのうちに七海と呼ばれた子が崖から踵を返そうとして振り返る。

その後の結末はとても直視したくないような悲運。

「はぁ。はぁ。なんで、今、こんな事思い出すんだよ………」

荒くなる息。呼吸の仕方を忘れてしまったかのように上手く息が吸えない。

「刹那くん?」

そんな様子のおかしな僕を心配してくれたようで、椿は僕の顔を覗きこんだ。

それでも過去の記憶は僕かは冷静を奪い取ってしまった。

「な、七海!!早くそこから降りるんだ!!」

そして気づいたら僕はそう叫んでいた。自分の耳をつんざくような、喉が割けてしまうかのようなそんな大声で。

僕の叫び声は予想以上に反響する。それほどの声を上げていたのか。

その声を聞いて何事かとナル、美琴、香坂先生も別荘から顔を覗かせている。

七海は戸惑ったかのように体を縮こませると、ゆっくりと先端から身を引こうと歩みを進めはじめた。

その時だった。

遠目から見た小さな影がゆっくりと体を背中の方に傾けた。

いや傾けたのではない。足場が傾いてそれに道連れにされたのだ。

そう。あの時のように。

先端が重みに耐えられず板チョコのようにぱっくりと割れてしまった。

無論その上の七海はなす術なく、海面の方へと体が倒れていき、ついには月明かりが反射された水面に吸い込まれように叩きつかれていった。

その一連がスローモーションのように水晶体に映る。

上がる水しぶきをあの時のように鮮血と錯覚する。

「な、七海!!」

ああまただ。後先考えずに僕の体は一直線に走り出していた。

後先考えずに。いや、違う。救わなきゃいけない。七海を救えなかった未来なんて見たくない。後先考えた結果もきっと同じ行動していただろう。

助ける。助ける。絶対に助ける。僕は、僕はヒーローになりたいんだ!いつまでも変わらずヒーローになりたい。大切な人の、大切なものを守れるヒーローに。

無我夢中で海岸を走り抜け、海水へと飛び込む。

眺めていただけだったら美しかったものも、いざ飛び込んで見ればそこは真っ暗な闇。

地獄の入り口かのようにさえ思える。

それでもただただ水を掻き分ける。一秒でも速く七海に手が届くまでひたすらに。

もうあの頃の僕とは違う。体力も運動能力も、知識も、勇気も、心も、何もかもが大きく強くたくましく。

大丈夫。だから大丈夫。大丈夫。

そう自分に言い聞かせ腕を回していく。息継ぎなんて忘れるくらいに水中に顔を埋め、必死に七海の影を探す。

どれくらい泳いだ?水中では時間の感覚は狂い、長く感じれば、短くも感じる。

ただでさえ見えずらい水中でこの暗闇だ。それでも容易ではない探索でも心は折れることはない。

そのひた向きが神に届いたのか、僕の視界に写りこむ見慣れた姿。

あとひとかきもすれば手が届きそうな距離。そこに漂う七海。

「七海!!」

水中で上手く声にならない声を上げると、七海の体をを優しくも強く抱き締める。