特段、料理をするわけでもない僕でも、おにぎりだけはそれなりに形づくろうことはできる。
一見、料理とは縁のなさそうなナルでさえというのは失礼だろうか?手際良くおにぎりを量産していく。
その中でも小ぶりで歪なおにぎり?が数個。
米をぽろぽろと落としながら、おにぎりを握っているだけとは思えないほどの集中力を見せている椿のお手製のおにぎりだ。
以前から勘づいていた椿の家事能力。料理の腕前だけだろうか?それが現れている。
だからといってそこに嫌悪感なんて浮かべることはない。寧ろ不器用ながらも頑張っている姿に好感を持つ。
「あ~!ちょっとちょっと七海さん!梅干しは禁止って言ったでしょ!」
「先生…………」
「え?ちょ、ちょっと!何か言ってよ!そんな可哀想な目でみないでよ!」
七海の冷めた視線が端から見てもとても痛い。そして、さっきから誰よりも楽しそうにはしゃぐ顧問。
きっと何も知らない人から見れば僕らの関係は、部員と教師には見えないだろうと思う。
「よし!これでラストね」
そんなやり取りを環境音のように流していた美琴は、誰よりも綺麗な最後のおにぎりを作り終えると、ふぅと右腕で額の汗を拭う。
思わずその可憐な姿に目を奪われていると、その視線の先に気がついた椿が嬉しそうに微笑む。
「ねぇ。美琴ちゃんって、いいお嫁さんになると思わない?」
「え?まぁ。うん。確かにそれは思うかも」
「お嫁さんね~。鬼嫁にならなければいいけどな」
「あ?」
またナルが余計な一言を加えたことにより、美琴のこめかみに怒りのマークが浮かんだように見えた。
「まぁ。美琴先輩もいいお嫁さんになると思いますけど、私だって負けないつもりですよ!」
小さな体で大きく胸を張る七海。
「うん。そうだね。確かに七海ちゃんもいいお嫁さんになれそうだ」
「え?う、うん。そうでしょ?」
自ら振った話題のはずなのに、僕が肯定すると赤面で俯く七海。心なしか口元が緩んでいるように見えた。
「まぁ、そんな全く見えない未来の話は置いといて、あっちゃん先生もなんか気まずそうだし、ハイキングに行くわよ」
「はい………。どうせ生涯独身ですよ………」
まだ若いだろうに項垂れる香坂先生に、触れてはいけない闇を見た事は心に留めておくことにしよう。
ーーーー獣道というほど鬱蒼とはしていない。かといって、舗装されてるともお世辞には言えない。
そんな細道を並んで歩く。マイナスイオンというものに生まれてこのかた触れて来なかった。そう思えるほど空気が綺麗だ。
頭も心もスカッとする感覚。青臭さすら心地よいそんな昼下がり。
他愛のない会話をお供にいく宛知らずに歩いていく。
ナビゲーションは美琴に丸投げして、鳥の囀りが歩行のテンポを軽くする。
「それにしても本当にいいところだよね。万病に効果ありそうなくらい」
そんな椿の大袈裟な例えも、あながち間違いではないと思えるほど空気が綺麗だ。
「そうね。誰かさんのお馬鹿も治るといいのだけれどね」
「ふっ。そうやって俺が喰ってかかったところ、誰もアンタと言ってないじゃない。とかってからかうつもりだろうが、毎度毎度はそうはいかねぇぞ」
「もうその発言が、自分のお馬鹿を認めとてるって事気づいてない?」
「はぁ!?…………はぁ?」
ナルと美琴に場所や空気は関係ないようだ。どこでも通常運転。それは関係値としては完成形にも思える。
「まぁ、その話は置いといて、そしたら長雨のせいで流木と共に流されて、いつか漂流した孤島で誰かの役にたつ事を祈っておいて、到着よ」
「いらん前置きのせいで話が入って来ないんだけ…………どうぉわ!」
そうナルが表現に困る野太い声を上げた理由は、僕の眼前にも広がる黄色い景色だった。
夏の話。向日葵。人が3人ほど歩けるスペースだけ残し一面に咲いている。
その開けられた道の先には、ミステリーサークルのように円状に切り開かれた場所があり、そこに木製だろうか?茶色のテーブル、それを挟むようにベンチが並べられている。
「どう?凄いでしょ?私達が小さい頃はまだ無かったんだけどね、数年前かな?私の母の趣味でね、こんな観光地みたいな場所を作ったってわけよ。ここでお昼にしましょう」
そう言い残してスタスタと花道、いや向日葵道を歩いていく美琴。
僕たちは絵画をリアルに投影したようなその圧巻に、すぐには後を追うことはできず立ち尽くしていた。
「それにしてもこう向日葵に囲まれていると、監視されているようで落ち着くような、落ち着かないようなだな」
おにぎりをバクつきながらナルは一辺を見渡す。
「そうですね。向日葵って背が高いから見下ろされてる感じはしますよね。でもでも、その間に微かにできた小道を潜っていけば、不思議な国に行けそうじゃないですか!?」
この光景のおかげで、隠していたつもりであろうメルヘンが溢れでている七海。
「でも、そんな風に監視されてる~って思うって事は、それだけやましい事があるという事じゃなくて?」
「おいおい。おれがそんな男に見えるか?」
「いや、一周回って小心者過ぎて犯罪にすら踏み出せないか」
「それを人は小心者と呼ぶんじゃなくて、常人と呼ぶんだぞ」
なんだかいつにも増して椿のナルへの当たりが強い気がする。
まぁなんとなく理由は分かってはいるが。
「いやぁ~でもさ。教員として生きてきて初めて顧問として合宿に参加できたけど、こんなに幸ある合宿で良かったのかな~」
香坂先生も向日葵に当てられて目尻を下げながら、これまでの教員生活を馳せている。
「でも笑われるかもしれないけれど、こういうのは私の夢だったんだよね。みんなでこうしてご飯を食べて、何があるってわけじゃなくても楽しくて。これが私達の等身大なんだって改めて気づかされた気分」
そんな椿の普段では口にしないような心内も、この空間では自然に届いてくる。
そしてきっとみんな考えたことだろう。
みんなと比べて関わりの薄い僕でも考えてしまったことなのだから。
ここに、浅井晴也が居てくれたのなら、もっと…………
「さぁさぁ!まだまだあるから食べないと!こういう時しか味わえないんだから、楽しんで食べよう!」
そんな傾きかけた空気を察してか、香坂先生は童心に返ったかのように両手におにぎりを携える。
「いっただきまーす!!」
そうして小いさな口でおにぎりを頬張る。
「ちょっ!あっちゃん先生!それに梅干し!」
そんな七海の制止は時既に遅し。香坂先生の口内に苦手な梅干しの風味が広がった。
「んんーーー!!」
そんな香坂先生の呻き声が向日葵畑に響き渡った。
一見、料理とは縁のなさそうなナルでさえというのは失礼だろうか?手際良くおにぎりを量産していく。
その中でも小ぶりで歪なおにぎり?が数個。
米をぽろぽろと落としながら、おにぎりを握っているだけとは思えないほどの集中力を見せている椿のお手製のおにぎりだ。
以前から勘づいていた椿の家事能力。料理の腕前だけだろうか?それが現れている。
だからといってそこに嫌悪感なんて浮かべることはない。寧ろ不器用ながらも頑張っている姿に好感を持つ。
「あ~!ちょっとちょっと七海さん!梅干しは禁止って言ったでしょ!」
「先生…………」
「え?ちょ、ちょっと!何か言ってよ!そんな可哀想な目でみないでよ!」
七海の冷めた視線が端から見てもとても痛い。そして、さっきから誰よりも楽しそうにはしゃぐ顧問。
きっと何も知らない人から見れば僕らの関係は、部員と教師には見えないだろうと思う。
「よし!これでラストね」
そんなやり取りを環境音のように流していた美琴は、誰よりも綺麗な最後のおにぎりを作り終えると、ふぅと右腕で額の汗を拭う。
思わずその可憐な姿に目を奪われていると、その視線の先に気がついた椿が嬉しそうに微笑む。
「ねぇ。美琴ちゃんって、いいお嫁さんになると思わない?」
「え?まぁ。うん。確かにそれは思うかも」
「お嫁さんね~。鬼嫁にならなければいいけどな」
「あ?」
またナルが余計な一言を加えたことにより、美琴のこめかみに怒りのマークが浮かんだように見えた。
「まぁ。美琴先輩もいいお嫁さんになると思いますけど、私だって負けないつもりですよ!」
小さな体で大きく胸を張る七海。
「うん。そうだね。確かに七海ちゃんもいいお嫁さんになれそうだ」
「え?う、うん。そうでしょ?」
自ら振った話題のはずなのに、僕が肯定すると赤面で俯く七海。心なしか口元が緩んでいるように見えた。
「まぁ、そんな全く見えない未来の話は置いといて、あっちゃん先生もなんか気まずそうだし、ハイキングに行くわよ」
「はい………。どうせ生涯独身ですよ………」
まだ若いだろうに項垂れる香坂先生に、触れてはいけない闇を見た事は心に留めておくことにしよう。
ーーーー獣道というほど鬱蒼とはしていない。かといって、舗装されてるともお世辞には言えない。
そんな細道を並んで歩く。マイナスイオンというものに生まれてこのかた触れて来なかった。そう思えるほど空気が綺麗だ。
頭も心もスカッとする感覚。青臭さすら心地よいそんな昼下がり。
他愛のない会話をお供にいく宛知らずに歩いていく。
ナビゲーションは美琴に丸投げして、鳥の囀りが歩行のテンポを軽くする。
「それにしても本当にいいところだよね。万病に効果ありそうなくらい」
そんな椿の大袈裟な例えも、あながち間違いではないと思えるほど空気が綺麗だ。
「そうね。誰かさんのお馬鹿も治るといいのだけれどね」
「ふっ。そうやって俺が喰ってかかったところ、誰もアンタと言ってないじゃない。とかってからかうつもりだろうが、毎度毎度はそうはいかねぇぞ」
「もうその発言が、自分のお馬鹿を認めとてるって事気づいてない?」
「はぁ!?…………はぁ?」
ナルと美琴に場所や空気は関係ないようだ。どこでも通常運転。それは関係値としては完成形にも思える。
「まぁ、その話は置いといて、そしたら長雨のせいで流木と共に流されて、いつか漂流した孤島で誰かの役にたつ事を祈っておいて、到着よ」
「いらん前置きのせいで話が入って来ないんだけ…………どうぉわ!」
そうナルが表現に困る野太い声を上げた理由は、僕の眼前にも広がる黄色い景色だった。
夏の話。向日葵。人が3人ほど歩けるスペースだけ残し一面に咲いている。
その開けられた道の先には、ミステリーサークルのように円状に切り開かれた場所があり、そこに木製だろうか?茶色のテーブル、それを挟むようにベンチが並べられている。
「どう?凄いでしょ?私達が小さい頃はまだ無かったんだけどね、数年前かな?私の母の趣味でね、こんな観光地みたいな場所を作ったってわけよ。ここでお昼にしましょう」
そう言い残してスタスタと花道、いや向日葵道を歩いていく美琴。
僕たちは絵画をリアルに投影したようなその圧巻に、すぐには後を追うことはできず立ち尽くしていた。
「それにしてもこう向日葵に囲まれていると、監視されているようで落ち着くような、落ち着かないようなだな」
おにぎりをバクつきながらナルは一辺を見渡す。
「そうですね。向日葵って背が高いから見下ろされてる感じはしますよね。でもでも、その間に微かにできた小道を潜っていけば、不思議な国に行けそうじゃないですか!?」
この光景のおかげで、隠していたつもりであろうメルヘンが溢れでている七海。
「でも、そんな風に監視されてる~って思うって事は、それだけやましい事があるという事じゃなくて?」
「おいおい。おれがそんな男に見えるか?」
「いや、一周回って小心者過ぎて犯罪にすら踏み出せないか」
「それを人は小心者と呼ぶんじゃなくて、常人と呼ぶんだぞ」
なんだかいつにも増して椿のナルへの当たりが強い気がする。
まぁなんとなく理由は分かってはいるが。
「いやぁ~でもさ。教員として生きてきて初めて顧問として合宿に参加できたけど、こんなに幸ある合宿で良かったのかな~」
香坂先生も向日葵に当てられて目尻を下げながら、これまでの教員生活を馳せている。
「でも笑われるかもしれないけれど、こういうのは私の夢だったんだよね。みんなでこうしてご飯を食べて、何があるってわけじゃなくても楽しくて。これが私達の等身大なんだって改めて気づかされた気分」
そんな椿の普段では口にしないような心内も、この空間では自然に届いてくる。
そしてきっとみんな考えたことだろう。
みんなと比べて関わりの薄い僕でも考えてしまったことなのだから。
ここに、浅井晴也が居てくれたのなら、もっと…………
「さぁさぁ!まだまだあるから食べないと!こういう時しか味わえないんだから、楽しんで食べよう!」
そんな傾きかけた空気を察してか、香坂先生は童心に返ったかのように両手におにぎりを携える。
「いっただきまーす!!」
そうして小いさな口でおにぎりを頬張る。
「ちょっ!あっちゃん先生!それに梅干し!」
そんな七海の制止は時既に遅し。香坂先生の口内に苦手な梅干しの風味が広がった。
「んんーーー!!」
そんな香坂先生の呻き声が向日葵畑に響き渡った。