「本当に開き直りやがったな」

ナルはフンっと鼻を鳴らす。誰が聞いてもバレバレな嘘だ。大とりとしては最低な出来だと思うが、将来への願望が薄い僕にとっては精一杯だったので許してほしい。

「でも、これで全員が宣言を終えたわね。いい?もう一度言うけど、ここからはこれ以上の詮索はしないこと。そして、責任を持って、それぞれが1つの真実を実行すること。ね?」

僕の宣言まで記録し終えた美琴は、手のひらを合わせるようにノートを閉じて、ゲーム終了を告げる。

日はまだ高く、開け放たれた窓からぬるめの潮風が流れ込んでくる。

ビーチまで行けばもう少し冷たい風が浴びられそうだ。

ただ誰一人として、宝石を散りばめたように輝く海を遠巻きに眺めるだけで、近寄ろうとは未だしていない。

これからまだまだ贅沢な退屈が流れていくのだろうと思う。

それはゲームを終えた後、再びソファーに寝転ぶナル、ダイニングチェアに腰掛けながら、観光雑誌やファッション雑誌を広げ、プチ女子会を繰り広げている3人を眺めるようにして、ウッドデッキのウッドチェアに腰掛け、冷たいサイダーを煽る僕の抱いた感想だった。

お供に小説を携えて過ごすこの時間は、自分だけがこの世界から切り取られたように、静かでそれでいて穏やかなものだ。

暖かな気候と、時折頬を撫でる風に触発されて、睡魔が顔を覗かせる。

その睡魔に誘われるようにして、ウッドテーブルを挟んだ先にあるリクライニングチェアに横になる。

重くなる瞼が明るい世界から徐々に光を奪っていく。

微かに聞こえる女子会の声と鳥や虫の声、風で揺れる木々の音が丁度良い子守唄だ。

おかげで意識がどんどん深みに落ちていく。

これを合宿と呼んでいいのだろうか?こんな怠惰な時間を贅沢と捉えて寝過ごしていいのだろうか?

そんな僅かな良心はいとも簡単に睡魔によって無に還される。

そして残されたのは、抗うとは対照的な存在ばかりで、僕は睡魔に誘われるまま眠りにおちていく。

ーーーザザーン、ザザーンと波の音がする。目を瞑り、完全に外界と精神をシャットダウンしたはずのすぐ側で。

ビーチまでの距離はそんなに無いとはいえ、ここまで波音が聞こえるはずはない。

僕はその異変にゆっくりと瞼を開ける。

最初に視界に広がったのは、夕暮れ染まる広い空だった。

それと同時に違和感が込み上げる。

僕の寝ていたウッドデッキには屋根がついており、どうしたって空なんて見上げれるわけがなかったのだ。

頬に伝わる風も、潮の匂いも、全てが本物のようで偽物のようなそんな感覚。

これには覚えがあった。

いつか見た夢。浅井晴也と思われる人物が登場した夢。夢だと認識できた夢。

いつもよりも軽やかな体を起こしてみる。

案の定、さっきまで寝ていた場所ではなく、波打ち際、波が足の裏にギリギリ当たらない砂浜だった。

「やぁ、おはよう。いや、夢の中でおはようも変な感じだね」

ふと右側から聞いたことのある声が鼓膜を揺らす。

「久しぶりだね。浅井晴也くん」

それは間違いなく浅井晴也その人だった。

「どう?合宿は?」

「そうだね。一見、合宿らしくはないけれど、多分意義のあるものになると思っているよ」

「そうかい。それは良かった」

会話が途切れる度に波音が主張する。おかげで沈黙も苦にはならない。

「昔の事は思い出せそうかな? ほら、実際に地に足をつけて、この景色を見ればさ、しまっていた記憶を刺激するかもでしょ?」

「う~ん。記憶かぁ」

そうは言われても刺激を得るどころか、怠惰に支配されてダメ人間になりそうな現状だ。

浅井晴也の言葉に頷く事はできない。

「まぁ。焦ることはないもんね。きっとそのうち分かると思うし。この合宿が君にとってどんな意味を持つのか。いや、合宿というよりは、この場所がかな?」

浅井晴也は海原をパラノマ撮影するように見渡す。

「意味か。そういうことならきっともうみんなが知っていると思うし、僕だって」

僕だって知っている。そう言おうとしたところで、浅井晴也は人差し指を立てて僕の言葉を制する。

「違うよ。これは君の物語だ。みんなではなく。君の。君は知らなければいけない。そして決断するんだ。その決断がどういうものであれ、君の物語では君が正しい。君は心のままに行動すればいい」

「え?それって」

「おっと。そろそろ時間だよ。みんなが君を呼んでる。それじゃあ、また会えたらね!」

「いや、待って!!」

僕の意思と反するように白い靄が世界を包んでいく。

そのまま微かに聞こえる僕の名を呼ぶ声に引き上げられるようにして、僕は夢の中から引き戻されていく。

「刹那くん。刹那くん」

耳心地の良い声で名前を呼ばれ、現実世界にピントを合わせていく。

「あ!起きた!おはよう!」

目を開けてまず目に入った、僕を覗き込む椿の吸い込まれそうな瞳にドキッとしてしまう。

「あれ?寝てた?」

そう確認せずとも、夢に落ちていた事は理解していた。しかし、顔を上げた椿の残像がまだ脳に焼き付いていて、誤魔化しに出た言葉だった。

「うん。でも、30分くらいだけどね」

「あれ? まだそんなもんだったのか」

寝起きの独特の憂鬱はなく、寧ろ脳を洗ったかのようにスッキリとした気分だ。

「先生が今到着したから、一度みんなと集まって、今後の計画を立てようと思って起こしちゃったんだ。ごめんね」

「ううん。ありがとう」

少し汗ばんだ首筋に涼しい風が通りすぎていく。

海から運ばれた風だろうか?それとも、周りの木々からの贈り物だろうか?

何にせよ。自然が成す空気に心穏やかになる。

リクライニングチェアから起き上がると、椿の言っていた通り、ダイニングチェアに腰掛ける香坂先生の姿が目に入る。

僕は寝起きとは思えないほど軽い足取りでリビングへと戻る。

「おはようございます。香坂先生」

「おはようってもうお昼だけどね」

部室と変わらずにコーヒーを嗜みながら、コロコロと笑う先生。その姿はさながら誰よりも若々しいと思う。

「うい~す。おはようございま~す」

僕と同じようにソファーでうたた寝していたナルも起床。ハイライトのような会話を先生と済ませると定位置に腰をおろした。

「それで?この後の時間は何して過ごすの?」

香坂先生はテーブルの下で足をパタつかせる。

「それなんですが。折角のナチュラルなパークなので、お散歩でもどうかな? と思うのですが。ついでに、軽くおにぎりでも握ってどこかで食べましょう。お米は炊いておいたので」

そんな美琴の提案に意義を述べるものはいなかった。

簡易的なピクニックのようなものだ。いくつになっても、ピクニックという響きにワクワクせずにはいられない。

「そうだね。じゃあ、みんなでおにぎり作ろうか!あ、梅干しは先生食べれないからなしね!」

「教師がどうどうと好き嫌いってどうよ?」

「好きなもんは好き!嫌いなもんは嫌い!」

子供のわがままのような態度の香坂先生に、あのナルでさえ呆れたように苦笑する。