「うん。頑張ってね!お姉ちゃん応援しちゃう!!」

2度目の宣言でやっとひきつり笑顔で反応をする椿。

「何?私にはどうせ無理だと言いたいわけ?」

「いやいや!そんなこと言ってないじゃん!」

「いやいや!なんて否定する人は大体、図星をつかれて咄嗟に否定しているだけって、相場が決まってるんだよ!!」

「えぇ~? 本当に無理だとは思ってないんだからね!七海は小動物みたいで可愛いし!アイドルになったら大人気間違いないよ!でもね、今まで一言もそんな願望を聞いた事なかったから、少し驚いただけ!」

椿と同感な僕は頷いて肯定を示す。

「そうね。確かに驚いたわ。ななちゃんなら、お姫様になりたい!ってくらいしか思っていないと思ったから。意外と現実的なのね」

「いやいや!お姫様に憧れるわけないでしょ!…………。いや、確かにそれも魅力的だけど!そもそも言うほどアイドルも現実的じゃないからね!」

「いや、アイドルになりたいって言ったのは七海じゃん」

「うっさい鳴神先輩。喋らないで!」

「辛辣すぎん? それは」

夏の日射しよりもヒートアップして、顔を真っ赤に茹で上がらせた七海は、ドスッと着席するとフンッと鼻を鳴らす。

「あははっ。じゃあ、次は私の番だね」

椿はそう気まずく笑うと、七海に習って起立をする。

「まず1つ目の宣言はね、私は過去と決別しようと思います!!」

そう高らかな宣言はその場の雰囲気を一気に変えた。

「椿ねぇ…………」

言いたい言葉はあっても、それを言葉にすることは躊躇われた。

椿の表情は、春の陽気に当てられた日だまりのように穏やかだったからだ。

無論、それが本心からでた宣言とは限らないのが今回の主旨だ。

しかし、それをわざわざ口にすることは皆が避けた事だろう。

そもそもそれを高らかに宣言するという事自体、頭にはなかっただろう。

それをわざわざ宣言するということは、つまりそれは真実ということだろうか?

そう惑わされているのは僕だけではなさそうで、皆が神妙な顔つきで椿を見上げている。

「よし!じゃあ次の宣言にいくね!」

そんな僕らとは裏腹に、わきわきと次の宣言に向けて息を吸う椿。

僕らは何も言えずにただこの時間を椿に託すしかなかった。

「じゃあね。2つ目の宣言はね。私は過去を忘れてしまおうと思います!」

2つ目のその宣言でその場に更に深い影が差す。

先ほどの決別と意味は似ているものの、こちらはどちらかというと後ろ向きな感想を抱く。

忘れるということは、どうしようもなくなって過去から逃げるということ。

決別は、意を決して過去と自分を別つこと。

どちらにせよ椿は、この2つの宣言から読み取るに過去から脱却しようとしている。

しかしそれは逃げという形に思えた。

この合宿の意義を根本的に否定してしまっているかのように………。

「それじゃあ、最後の宣言にいきたいと思います!」

そんな僕らをお構い無しに椿は続ける。

「最後はね。私は過去と向き合いたいと思います」

そして椿がそう最後の宣言を述べ、再び場の空気は一転する。

その最後の宣言は今までの2つとは違い、どこまでも前向きなものだった。

きっとこれが椿の真実だと信じたい。しかし、それと同時にそれがフェイクだった場合も想像してしまいどうにも煮え切らない。

しかしそんな杞憂を抱いたのは僕だけだったらしく、最後の宣言から1拍置いて、ナル、七海、美琴が一斉に手を打ち合わせた。

それに照れるようにして頬を緩ませる椿。

僕はその雰囲気に飲まれるようにして続いて拍手をする。

場に流れる空気はすっかり陰から陽に面を変え、そのおかげもあってか、その椿の今までの宣言が、僕らに向けたある種の意思表明にも思えてきた。

ここまで来て尻込みする事はない。全てを受け入れようと。全てを吐き出さそうと。そんな僕らへのメッセージに思えた。

それは僕の都合のいい解釈だろうか?

まぁなんでもいいかと今この場で、潮騒部の一員として存在する僕にはそう楽観的にやり過ごせた。

「流石は部長ってところかしら? こうなれば最後の最後はとても重要になるわね」

「はぁ?ちょ、ちょっと!なんでそこでわざわざハードルをあげるわけ!?」

美琴から悪戯っ子のようでいて小悪魔のように微笑まれて動転してしまう。

というかすっかり僕の番がまだ終わっていなかった事を忘れてしまっていた。

無論、宣言の内容を考えるという時間を無駄に消費してしまった僕の頭は空っぽ状態。

ここからは自分のアドリブ力に期待するしかない。

僕はなんとなく七海と椿に習って起立をした。


今までにないくらいに脳をフル回転させる。僕のやりたいこと。叶えたいこと。

「僕は………みんなのヒーローになりたい」

朧気に思い浮かんだ像を声にしてしまう。

そんな僕の発言に場が凍りつくのを感じる。

高校生ともなろう者が、子供じみた事を口走ったのだ無理はないだろう。

「刹那くん………。それって…………」

しかしこの場に流れる空気は僕の考えているようなものではなく、もっと別、それも全員が共通して持っている感覚のようだ。

「えっと………。いや、そんな深刻そうな顔しないでよ!ほら、まだ1つ目の宣言なんだしさ、あははっ」

僕の乾いた笑い声が無慈悲にフェードアウトしていく。

「それさ」

すると言葉を詰まらせている椿に代わるようにしてナルが口を開いた。

「あいつの口癖みたいなもんなんだよ。昔、俺たちに何かある度にさ、そうやって手を差しのべようとしてくれてたんだよ」

ナルの指すあいつが誰なのか。それは容易く理解できた。僕は無意識に浅井晴也をトーレスしてしまっていたようだ。

「えっと。その全く知らなくて。なんとなく思い付いた事を口にしただけで…………」

「バーカ。それ言ったらネタバレだろうが」

一度崩れかけた団欒は、そんなナルのツッコミにより再び体勢を取り戻す。

「あ、そうだね。それもそうだ。んじゃあ、今のはなかったということで、2つ目の宣言に行きます!!」

僕も元気を繕い話を変えようと努める。

まだ難しい顔をしている椿以外は、そんな僕とナルの意図を汲み取り通常営業に戻る。

「じゃあね2つ目。2つ目は、みんなとこれからも末長く仲良く、この関係が続くように努めたいと思います!」

これもまた浮かんだ言葉を口にした。口にして気づいたのだが、これが真実ではないとしたら大問題だ。

いや、真実だとしても大雑把な展望でしかない。

あれ?これは僕。このゲームを崩壊へと導いていないか?そんな自己嫌悪に陥る。

「凄いイージー問題ね。3つ目の宣言は聞かなくてもいいんじゃない?」

そんな僕に遠慮なく切り込む美琴。

「うん。僕もちょうどそう思っていた所だよ」

もうこうなってしまえば半ば自暴自棄だ。最後の宣言はもう守るものもない。適当に大爆死でもしてやろう。

「それじゃあ、最後の宣言を一応させてもらうよ!最後の宣言はね。僕は近い内、みんなの前から姿を消すことにしよう!」

そんな1ミリも思っていない事を宣言として、このゲームに終止符を打つ。