「んじゃあ、どういう感じで言えばいいんだ?宣言すればいいんだよな?」

「そうね。あ、言っておくけどちゃんと記録は残すから、変な事は言わないように」

そうナルに釘を刺した美琴は、バックからノートとシャーペンを取り出した。

表紙には油性ペンで「潮騒部 活動録」とかかれている。

入部してから初めて見るその記録書の中身がなかなか気になる。

「おっけ!じゃあ、俺。鳴神が宣言します。俺は夏休み明けのテストで、美琴に勝ってみせます」

「なるほど。分かりやすいダウトね」

「おい!こら!」

美琴は軽口を叩きながら達筆でナルの文言を記していく。

「んで2つ目。俺は2学期から、水泳部の選手として復帰したいと思います」

ふむなるほど。もともとは不甲斐な自分を変えるために泳ぎを習得したらしいが、それイコール選手を辞める事には結びつかないと思っていた。

これはナルの中の僕にはわからない葛藤があったとして、それを乗り越えるという意思表示にも思えた。これが真実ならばだが。

「そして最後に、俺は2学期に恋人をつくる!!」

最後の最後にどの宣言よりも高らかに胸を張るナル。

「はぁ?」

すると眉間に皺を寄せて、低い声で圧をかける美琴。

「みこ、とさん?」

「フンッ」

ただ事ではない美琴の変わりように、ナルはおずおずと顔色を伺うが、それにすら見向きもせずに、達筆の並んだ文字の下に今度は殴り書きで「彼女をつくる」と記す美琴。

「え?? なんだ? なんでそんな怒る理由があるんだよ? 訳がわからん」

「別に」

その美琴の態度から、ナルに対する美琴の気持ちがダダ漏れだ。

しかし当の本人達はそれに気づいていないらしく、椿と七海と顔を見合せやれやれと肩をすくめる。

「なぁ? どうなってんだよ?」

まるで物語の主人公のような鈍感さに呆れて返す言葉も見つからない。

「ま、まぁ。うん。そういうことじゃない?それじゃ、次は誰がいく?」

僕は話を流すように次を促す。

「そうね。じゃあ時計回りでいいかしら? 私が次で、ななちゃん、つばちゃん、刹那くんの順番ね」

美琴もさっさと話を切り上げたかったらしく進んで立候補する。

「うん。いいよ」

僕はトリを務めることになりホッとする。というのもまだはっきりと宣言の内容を決めれずにいたのだ。

ここはみんなの宣言を聞きつつ、参考にして僕の番を迎えるのが良策と美琴に賛同した。

「じゃあ、私のまず1つ目ね。私は2学期に行われる生徒会選挙に立候補するわ」

その美琴の1つ目の宣言に、示し合わせたかのように皆が「おー」と拍手をする。

それほどに違和感のない。むしろ、そうなるべきだと皆思っていたのだろう。

「それじゃあ2つ目、私はみんなの前で泣こうと思うわ」

「え? 泣く?」

その2つ目の宣言にいち早く反応したのが椿だった。

内心ではみんながそう聞き返していたと思う。

「そう。泣く」

「泣く?」

「うん。泣く」

「泣くんだ」

「うん。泣くよ」

一向に進展のない美琴と椿のキャッチボール。

泣くという感情にも種類がある。悔しさからの涙、心が揺るがされた時の涙、怒りから込み上げる涙、嬉しさから溢れる涙などなど。

美琴のいうソレはどれに当てはまっているのか?どれにも当てはまっていないのか?

これが真実だとしての美琴の心情は僕には計れない。

「それじゃあ最後の宣言ね。私もこの夏、恋人を作ってみようと思うわ」

「はぁ!?」

まるでさっきまでのハイライトを見ているようだった。違うのは演者が逆になっていることだけだろうか。

「はぁ?って何よ。アンタも同じこと言っていたじゃない。それとも何?アンタは恋人を作ってもいいけど、私は作っちゃダメな訳?」

「いや、別にそういう意味で言ってねぇよ。いや、だからな。その………。お前もそういうのに興味があるんだなとか、そういう相手がいるんだなとか、余りにも珍妙すぎて驚いたんだよ」

「珍妙? 私は人間の感情のない、アンドロイドだとでも思ったわけ? 救いようがないほど馬鹿なのね」

「ばっ!おま、馬鹿って、おい!」

再び開演された夫婦漫才を、冷めたような目で見つめる僕たちの身にもなって欲しいものだと思う。

「まぁまぁお二人さん。折角、合宿に来ているんですから、喧嘩は辞めましょうよ。仲良くしましょうよ!」

ついに我慢の限界を迎えた後輩の七海が、2人の間を取り持つ。最後に小声で「痴話喧嘩は他でやって下さいよ」と本音も漏らしていたが、なんとか2人の熱は冷めてくれたようだ。

「ん、んんっ」

そして七海は咳払いをして喉の調子を整えると、律儀にも起立をして注目を集める。

「次は私の番です。ご清聴よろしくお願いします!」と得意気に胸を張る七海が、背伸びをする子供のように可愛らしく思った事は内緒だ。

「まずは1つ目です!ここは流れに乗っておこうと思います!私は好きな人に告白しようと思います!!」

七海の1つ目の宣言はそんな堂々としたものだった。

「七海。流れに乗ってとか言っちゃったら、それが真実じゃないって事にならない?」

姉からもっともな指摘をくらった七海は、チッチッチと人差し指を左右に傾ける。

「それ自体がフェイクということもありえるでしょ? それにそんなこと言ったらさ、恋人を作るっていうより、告白するの方が現実味あるでしょ? それだけなら結果は伴わないんだからさ!」

そしてこれまたごもっともな言葉を返されて納得をする椿。

一方で間接的に批判をくらったナルと美琴は、居たたまれないように紅茶を口に含んだ。

「それでは2つ目に参りたいと思います!2つ目は、好きな人の恋を応援したいと思います!!」

これまた恋の宣言。そしてそれはさっきの宣言とは真逆の意味に捉えられる。

「好きな人に告白するか、それとも自分の気持ちを押し殺して、好きな人の恋を応援するかか、それって告白が成功したらどっちも実現ってことになるんじゃね?」

確かにそれはそうだとナルの言葉に納得してしまう。確かルール上は、1つだけ実現可能な真実を宣言するだ。この場合2つの未来を実現してしまうことになる。

「いやいや、鳴神先輩?告白は自分のためにすることです。それは相手を応援することとは別物ですよ。それに、もし私の好きな人の、好きな人がもうすでに分かっているとしたら? 告白して後悔するより、好きな人の恋を応援する方が合理的なんです!それは乙女心です!」

何かの漫画の受け売りだろうか?まるで、物語のヒロインのようにキラキラと言葉を連ねる七海。

「ふ~ん。まぁ、そんなもんか」

「なんですかその然して興味がないみたいな反応は? まぁいいです!次で最後の宣言になります!」

七海は一旦間を開けて、咳払いで喉をリフレッシュさせる。

「最後はですね!私、アイドルになります!!」

七海の最後の宣言終了後、流れたのは無だった。

誰もが面を食らったように身動きも止め、誰も声を発することはない。

まだまだ現役な立派な振り子時計の秒針の音だけが包む気まずい時間。

その沈黙に耐えかねたかのように七海はもう一度口を開く。

「私、アイドルになります!!」