駅から別荘まで距離として1キロと少しくらいだろうか。

夏の暑さと、無理をさせた腕が小さく悲鳴をあげて、根気との勝負になり始めた頃、ようやく秋津家が所有する別荘へと辿りついた。

国道から逸れた林道を潜った先にある別荘は、僕の別荘のイメージしたログハウスではなく、まるでドールハウスのように白を貴重にした可愛らしいデザインの建物だった。

これが本邸と言われても疑わない、立派な佇まいに圧倒され見上げて立ちつくしてしまう。

「う~ん!久しぶりに来たけど、ここは空気が美味しいよね!」

「光合成で身長伸びないかな~?」

僕を挟むようにして立つ2人は、それぞれ違う思惑を抱えて背伸びをしている。

所々に木漏れ日があり、それが万華鏡のように不思議に輝いている。

風も心地よい。身近な避暑地。叶うなら夏休み中ずっとここに滞在したいくらいだ。

早くもそんな別荘に魅了されていた僕は、先行く2人に遅れながら、玄関前へと辿り着いた。

僕が辿り着くよりも先にインターホンを押していた椿のおかげで、待つことなく扉が開かれる。

「いらっしゃい!暑かったでしょ?早く上がって」

扉が開かれて現れた美琴に目が止まる。

見るからにお嬢様。誰が見てもそう疑わないだろう上品な身なり。

まるでお伽の国の住人のような佇まいに少し緊張してしまう。

「あれれ? 先輩? そうか、初めてですもんねフリーの美琴先輩を見るのは。どうしちゃいました?見惚れちゃいました? 」

にししと小声で僕の思考を見事に読み取る七海。

「うん。正直ね」

「はぁ!?馬鹿ですか!!」

すっかり非日常感に入り浸れた僕は正直に心内を語れば、今度は烈火の如く怒りを露にする七海。

「七海。大きい声ださないの。ごめんね。騒がしくなっちゃうね」

「なに言ってるのよ。そのために皆で集まったんでしょ?そんな気遣い無用よ」

どうやら僕らの会話は2人には聞こえていなかったらしく、急に声を荒らげた七海に椿は驚いている。

「美琴先輩!椿ねぇも!気をつけて下さいね!刹那先輩はこんな人の良さそうな顔しても、男性なんですからね!」

「いやいや、まさか刹那がそんなことねぇ~。そうか意外ってこともあるか~」

「ん?どういう事?刹那君がどうしたの?」

三者三様の僕に向けられる視線が微笑ましく思えるほど心に余裕の空間が生まれているようだ。

別荘に足を踏み入れ、広い玄関がそのまま続いているかのような廊下を進めば、これまたお洒落なリビングへと到着する。

お金持ちの象徴とも言える小ぶりシャンデリアに、絵本でしか見たことのない立派な暖炉、そしてこれまた現実では中々お目にかかれない鹿の頭部のモニュメントが飾られている。

そしてその暖炉の前に設置されたアンティークなローテブルを囲むように鎮座された、高級感のある白いソファーに我が家のように寝転んでいるのは、先に到着していて暇をもて余していたナルだった。

「おう!いらっしゃい!どうだ?味のある別荘だろう?ここな夜になるとな…………」

「夜になると?」

「散弾銃を持ったおじさんが森の中を徘徊していて、目が合うと足下から徐々に撃ち崩されて、生きたまま首を切り落とされて、あの鹿みたいにコレクションにされるんだってよ」

「いやこわっ!予想の数十倍こわっ!」

そんなブラックなジョークでも、穏和に流されていく魔法がかけられた別荘。

「それよりも。これは………」

ナルと挨拶代わりの下らない会話を終えた僕は、目の前に広がる大きな掃き出し窓の先に広がる砂浜、そして大海原に目を奪われる。

「どう?いい景色でしょ?」

僕より少し遅れてリビングに入った美琴が隣に立つ。

「うん。どんな高級なホテルでも、オーシャンビューな客室でも、これには越えられないと思うくらいにね」

「ふふっ。ありがとう。まぁ、ここは私のおじい様が、立地に特にこだわって建てたものだからね。そこを褒められておじい様も鼻が高いと思うわ」

きっと夕陽の沈む景色も綺麗なんだろうと、あと数時間後の情景に期待を込める。

「ああ。そうそう。荷物は上の階の部屋に運んでもらえる?…………って凄い荷物ね」

「あ、そうだ忘れてた。これは椿と七海の分なんだよ」

「あらあら。女の子の荷物を持ってあげるなんて紳士なことね。どこかの怠惰で、無力な男とは大違いね」

美琴はソファーに寝転ぶその主に悪態をつく。

「聞こえてんぞ~」

「あら?別にあんたとは言ってないでしょ?それとも自覚があるのかしら?」

「あんだと?」

「あ、えっと。じゃあ。僕は荷物を置いてくるね」

チクチクと言い合う2人を置いて僕はリビングを後にした。

その直後廊下で落ち合った椿と七海と共に、それぞれの部屋に荷物を置いて再びリビングに降りると、じゃれ合いはすでに終わっており、美琴が忙しなくお茶の準備をして、相変わらずナルはソファーの住人のまま天井を仰いでいた。