結局、合宿日はそれぞれの日程を擦り合わせて、2週目の金曜日から日曜日にかけた2泊となった。

美琴曰く、遠慮せずに何日でも居ていいということだったが、話し合いの結果、長く滞在しすぎるとダラダラと時間を消費してしまい、名ばかりの合宿にしないようにという椿の意見が採用された形になった。

しかし僕はその意見に、長くあの場に留まることを避けたいという意思だと捉えた。

そもそもこの合宿の目的は過去と向き合い前に進むこと、どうやってそれを実現すべきかまだ分からないが、更に尻込みしてしまう展開には僕も持ち込みたくはない。

その後はいつものように談笑だけが流れて、部活終了時間まで来てしまった。

「あ、ごめん保月くん。ちょっと残ってもらえる?大したことはないんだけど、ちょっとお話があってね!」

そう呼び止められた僕を残して、帰りの挨拶を済ませると部員たちは校舎を後にしていく。

僕はというと、部室で香坂先生と向き合うように椅子に腰かけていた。

「ごめんね!呼び止めちゃって!」

「いえ、大丈夫ですが」

特に心当たりのない僕は、このゲリラ面談に不安を覚える。

「そのね。まぁ、この部に所属しているから知っていると思う。いや、むしろ関係者なのかな?それを聞いておこうと思って」

「それって。浅井晴也のあの事故の事ですか?」

「うん」

当然とも言うべきか、香坂先生はあの事故の事を知っていたようだ。

僕はその事故と自分との関係性を包み隠さず打ち明ける。

「なるほどね。あの事故のあの少年は君だったのか」

「先生は知っていたんですね。もしかして先生も関係者?」

全てをあの事故に結びつけるのは短絡的だろうか?

「うん。とはいってもみんなのようにあの場にいなかったけどね。私はね、浅井晴也くんの従姉にあたるの。浅井晴也くんのお母さんの姉の娘ね」

「え?」

ここに来ての衝撃的な事実にまさに開いた口が塞がらない。

「当時は私はこの町に住んでいなくてね、事故の話を聞いて、慌てて駆けつけたんだけど、間に合うはずもなかったの。あの子は結構私に懐いていてね。長期の休みの度にこの町に遊びに来ていたくらいだったわ」

その香坂先生の過去に心が抉られる思いだった。

香坂先生もまた僕たちとはまた別の意味での後悔をしているのだろう。

「先生は気づいて居なかったんですか?僕がそのあの場にいた子供だったってことに」

「う~ん。薄々って感じかな。意味もなくあの子たちが、この部活に誰かを勧誘することはまずないだろうし、少なくともあの事故の関係者だとは思っていたけど」

香坂先生はどう思っているのだろうか。それを知って僕にどんな感情を持ったのだろうか。

ここでそれを問いてはまた同じ事の繰り返しだと言葉を飲み込む。

「そうか。じゃあここ数日、椿さんと少し距離が出来ていたのは………」

「はい。僕が余計な思い込みで、苦しめてしまって」

「そう。うん。でも、もう大丈夫そうだし良かった!」

もしかした呼び止められた理由は、僕を気遣ってなのだろうか?

「ねぇ、保月くん」

「はい」

いつも以上に真剣な表情の香坂先生につられて、たった2文字の返答に力がこもる。

「私はね。あの子たちに前を向いて欲しいとか、過去と向き合って欲しいとか、正直どうでもいいの。あの子たちが出した答えならどんなことでも肯定してあげたい。そう思ってるの」

「そうですね。でも」

「でも」

香坂先生は僕の言葉を引用してカットインする。

「あの子たちが今、前に進もうとしている。この部が創設して以来、初めてといってもいいかもしれない。それもこれもあなた。保月くんがここに越して来てからなの」

勿論、僕にはそんな自覚はなかった。僕が潮騒部にそこまでの影響を生み出していることに。

「だから。お願い」

「ちょっ!先生!」

香坂先生は僕に頭を下げていた。生徒の僕に頭を下げていた。まだ後ろめたさの残る僕に頭を下げていた。

「あの子たちを導いてあげて。保月君もあの事故の被害者だって事は分かっているし、それは本当は、私がやらなきゃいけないことも分かってる。でも!形なんて関係ない。あの子たちが進むきっかけがあるならそれも肯定する。勿論、保月君のサポートは私がする。だから!」

まるで声が鋭利に型どって突き刺さってくるような、そんな言葉を受けては僕に返す言葉はひとつしかなかった。

「はい。僕も出来る限りやってみようと思います。その時は、よろしくお願いします。香坂先生」

「うん!」

窓から差し込むオレンジが、帰宅する生徒達の声、まだ活動中の運動部の声と共にこの放課後を色づけていく。

出来るならこれも青と呼べるようにそう願ってみたりした。