「ごめんなさい!」
そして出てきた言葉そんなシンプルなものだった。
言葉と連動するかのように下がる頭。視界はあっという間に椿のいる世界から、木のフローリング一色に染まる。
顔を上げると椿はポカーンと口を半開きにしている。
「この間の海岸の事。僕の配慮が足りなかった。自分本位に全部抱えたフリして、みんな事なんて考えてもいなかった」
自然と両膝の上で作った拳に力がこもる。
「僕のせいでとか、あの時こうしていればとか、そんなんじゃなかった。ただただ、疎まれているんじゃないか。みんながそんな事、思うはずがないと分かっていても、確信が欲しかった、そんな我儘で椿を傷つけた」
沸々と喉の奥から沸き上がる言葉は、自分自身に言い聞かすような言葉ばかりで、こんな時でも僕は自分本位なんだなと嫌気がさす。
「でも違う。後ろ向きに生きているのは、やっぱり違う。浅井晴也が生きたかったはずの今を、こんな鬱々としたまま生きるのは間違っている。だから、僕が浅井晴也への贖罪として出来ることは、みんなの背中を押すこと。みんなが過去と共に前に進めるように一緒に悩むこと。応援すること。だから」
次の言葉は宣言だ。僕が潮騒部にいる意味だ。
「だから、椿、僕に救わせてくれないか? 僕はみんなの救世主。いや、ヒーローになりたい!」
そう真っ直ぐに椿を見据えた僕の声は、自分の耳に透き通って届いた。
そんな僕の言葉を受けた椿の瞳に浮かんだのは困惑でも、喜びでもない。ただただ流れる落ちる涙だけ。
その涙の理由を察することもできない。しかし表情から見て、怒りでも、悲しみでもないことは分かる。
ただただ穏やかに、少し頬を緩めたその表情に滴る涙は、天気雨のように綺麗で思わず見惚れてしまうほどだった。
「あ、えっと。その。なんか、急にこんなこと言ってごめん。その、気持ち悪いよね。いや、なに言ってんだろうね?本当にあははは………」
その空気感に耐えられずに並べた言葉は、この数分間のどれよりも不恰好なものだった。
椿はそんな僕の言葉に、さらに頬を緩めると小さく3回左右に顔を振った。
そして「ありがとう」と今度は完璧な晴天を僕に見せてくれる。
その瞬間、僕の心を埋めていた曇も晴れていくのを感じた。
ーーー「お疲れ様!」
その日の放課後、職員室への用事とはいっても、香坂先生への忘れ物を届けに行っていたために少し遅れて部に参加する僕。
すでに部室には部員が勢揃いしていた。
「おう!どうした?なんかいつもより元気な感じ?」
そうナルが僕に問うのは今日何回目だろう?
それもそのはず、ここ何日間か抱えていた鉛を下ろした僕は、自然と声が弾んでしまっているのだろう。
「それ何回目だよ?」
「う~ん。1時間ぶり6回目くらい?」
「甲子園?」
そんな軽口を叩けるほどの余裕が出来て心底ホッとしているのは、その会話を聞いてニコニコとしている椿が居るからだろう。
「お疲れ様!」
そこへ勢いよく現れたのは例のごとく香坂先生だった。
忘れ物を届けてから数分しか経っていないが、香坂先生はこうして放課後はすぐに部室に顔を出してくれる。
部員曰く、職員会議を忘れて出席していたくらいだそうだ。
「今日は手土産なしね!ごめんね!それやりも、保月くん。さっき聞き忘れてたんだけど、怪我の具合は大丈夫?」
あの事故直後はアドレナリンが出ていたのか、痛みはさほど感じていなかったが、それでも背中を打ってしまっていたらしく、多少の痣が出来てしまっていた。
しかし、それも触らなければどうってことなかった。
それに、さっきまでの笑顔とはうって変わって心配そうに僕を見つめる椿に気遣うためにも余裕の表情を披露する。
「全然大丈夫です!」
「そう。あまり痛むようだったら病院に行くんだよ?」
最後の最後まで心配そうな表情を崩さなかったのは香坂先生で、椿はホッと一息ついて、美琴が淹れてくたのだろう紅茶を口に含んでいる。
「あ、あっちゃん。そうでして、例の合宿の件ですが、うちの別荘はいつでも大丈夫とのことなので、あとはこっちで、予定決めちゃっていいですか?」
美琴は一通りの流れを慈しみの表情で見終えると、挙手をして香坂先生に問う。
「うん!大丈夫だよ!先生も夏休み中はいつでもいいから!どうせ暇だし!」
「いや、あっちゃんよ~。先生は先生でも、夏休み中にやること多いんじゃねぇの?」
そんなナルの的を得た問いに、チッチッチと人差し指を左右に振る香坂先生。
「私ね、こう見えて要領いいのよ。だから、職務なんてあってないようなもんよ!」
そう胸を叩いて堂々としている香坂先生が、この学校に来て一番心強く見えたということは内緒にしておこう。
そして出てきた言葉そんなシンプルなものだった。
言葉と連動するかのように下がる頭。視界はあっという間に椿のいる世界から、木のフローリング一色に染まる。
顔を上げると椿はポカーンと口を半開きにしている。
「この間の海岸の事。僕の配慮が足りなかった。自分本位に全部抱えたフリして、みんな事なんて考えてもいなかった」
自然と両膝の上で作った拳に力がこもる。
「僕のせいでとか、あの時こうしていればとか、そんなんじゃなかった。ただただ、疎まれているんじゃないか。みんながそんな事、思うはずがないと分かっていても、確信が欲しかった、そんな我儘で椿を傷つけた」
沸々と喉の奥から沸き上がる言葉は、自分自身に言い聞かすような言葉ばかりで、こんな時でも僕は自分本位なんだなと嫌気がさす。
「でも違う。後ろ向きに生きているのは、やっぱり違う。浅井晴也が生きたかったはずの今を、こんな鬱々としたまま生きるのは間違っている。だから、僕が浅井晴也への贖罪として出来ることは、みんなの背中を押すこと。みんなが過去と共に前に進めるように一緒に悩むこと。応援すること。だから」
次の言葉は宣言だ。僕が潮騒部にいる意味だ。
「だから、椿、僕に救わせてくれないか? 僕はみんなの救世主。いや、ヒーローになりたい!」
そう真っ直ぐに椿を見据えた僕の声は、自分の耳に透き通って届いた。
そんな僕の言葉を受けた椿の瞳に浮かんだのは困惑でも、喜びでもない。ただただ流れる落ちる涙だけ。
その涙の理由を察することもできない。しかし表情から見て、怒りでも、悲しみでもないことは分かる。
ただただ穏やかに、少し頬を緩めたその表情に滴る涙は、天気雨のように綺麗で思わず見惚れてしまうほどだった。
「あ、えっと。その。なんか、急にこんなこと言ってごめん。その、気持ち悪いよね。いや、なに言ってんだろうね?本当にあははは………」
その空気感に耐えられずに並べた言葉は、この数分間のどれよりも不恰好なものだった。
椿はそんな僕の言葉に、さらに頬を緩めると小さく3回左右に顔を振った。
そして「ありがとう」と今度は完璧な晴天を僕に見せてくれる。
その瞬間、僕の心を埋めていた曇も晴れていくのを感じた。
ーーー「お疲れ様!」
その日の放課後、職員室への用事とはいっても、香坂先生への忘れ物を届けに行っていたために少し遅れて部に参加する僕。
すでに部室には部員が勢揃いしていた。
「おう!どうした?なんかいつもより元気な感じ?」
そうナルが僕に問うのは今日何回目だろう?
それもそのはず、ここ何日間か抱えていた鉛を下ろした僕は、自然と声が弾んでしまっているのだろう。
「それ何回目だよ?」
「う~ん。1時間ぶり6回目くらい?」
「甲子園?」
そんな軽口を叩けるほどの余裕が出来て心底ホッとしているのは、その会話を聞いてニコニコとしている椿が居るからだろう。
「お疲れ様!」
そこへ勢いよく現れたのは例のごとく香坂先生だった。
忘れ物を届けてから数分しか経っていないが、香坂先生はこうして放課後はすぐに部室に顔を出してくれる。
部員曰く、職員会議を忘れて出席していたくらいだそうだ。
「今日は手土産なしね!ごめんね!それやりも、保月くん。さっき聞き忘れてたんだけど、怪我の具合は大丈夫?」
あの事故直後はアドレナリンが出ていたのか、痛みはさほど感じていなかったが、それでも背中を打ってしまっていたらしく、多少の痣が出来てしまっていた。
しかし、それも触らなければどうってことなかった。
それに、さっきまでの笑顔とはうって変わって心配そうに僕を見つめる椿に気遣うためにも余裕の表情を披露する。
「全然大丈夫です!」
「そう。あまり痛むようだったら病院に行くんだよ?」
最後の最後まで心配そうな表情を崩さなかったのは香坂先生で、椿はホッと一息ついて、美琴が淹れてくたのだろう紅茶を口に含んでいる。
「あ、あっちゃん。そうでして、例の合宿の件ですが、うちの別荘はいつでも大丈夫とのことなので、あとはこっちで、予定決めちゃっていいですか?」
美琴は一通りの流れを慈しみの表情で見終えると、挙手をして香坂先生に問う。
「うん!大丈夫だよ!先生も夏休み中はいつでもいいから!どうせ暇だし!」
「いや、あっちゃんよ~。先生は先生でも、夏休み中にやること多いんじゃねぇの?」
そんなナルの的を得た問いに、チッチッチと人差し指を左右に振る香坂先生。
「私ね、こう見えて要領いいのよ。だから、職務なんてあってないようなもんよ!」
そう胸を叩いて堂々としている香坂先生が、この学校に来て一番心強く見えたということは内緒にしておこう。