「ん?どうした刹那?誰か探してんの?」

ナルが紙パックのコーヒー牛乳のストローを咥えながら聞いてくる。

「椿なら、先生に呼ばれて職員室よ」

そんなナルの背後から顔を覗かせ、クールな表情を崩さないのは美琴だ。

「え?うん。ありがとう」

「おうよ!」

勘の鋭い 美琴にかけたはずの礼を、何と勘違いしたのかナルが受け取る。

「あんたにじゃないわよ。頑張りなさいね」

これから先も美琴には敵わないだろうなと心の中で苦笑いを浮かべると、階下にある職員室に向けて階段へ向かう。

階段まで来るとちょうど尋ね人と遭遇した。

とはいっても予想外だったのは、階下の職員室ではなく、階段の上から下りるような形で現れたことだ。

その手には何やらプリントの束のようなものを積んでおり、落とさないように慎重に歩を進めている。

そんな美琴は僕に気づいていないようで、僕は自分の存在を示すように声をかける。

「おはよう、椿」

「え、え?刹那くん!?」

急に声をかけられたからか、それとも声をかけた主が僕だからか、体を弾ませるかのようにビクつかせる椿。

「きゃ!!」

それが災いして、歩くペースを乱した椿は足を踏み外し、前屈みになって倒れ込んでくる。

「椿!」

僕は反射的に椿を庇うようにして階下で待ち構えると、小さな体を包むように受け止める。

しかしいくら女の子だとはいえ、勢いを完全に殺すことはできず、そのまま僕は背中から倒れていく。

体に廊下の硬い衝撃が走り、一瞬朝御飯が胃から逆流しそうになる。

幸い頭を打つことはなく、椿もしっかり受け止めることが出来たようだ。

胸に倒れ込んだ椿がもぞもぞと体を起こすと、まだ状況が把握できていないように、前と左右を見回しやっと下敷きになる僕を見下ろす。

「え、えっ、え?」

それでも状況を完璧には把握できていないようだ。ただただ困惑が表情に浮かんでいる。

「おい!大丈夫か!?」

周りには生徒が野次馬の群れを作り始める。

「あ、あ………刹那くん!!」

やっと状況を理解した椿は、今度は僕を下敷きにしてしまっているという現実にあたふたとし始める。

「あ、えっと。椿。とりあえず、下りてもらってもいいかな?」

椿とは対称的に意外と冷静な僕は、この体制の気まずさに焦りを覚える。

「え?え?ごめんなさい!!」

まるで猫のように飛び離れる椿は、野次馬に囲まれて頬を赤くしている。

「ちょっと2人ともどうしたの?この騒ぎは?」

そこへ現れたのは香坂先生だった。

「いや、ちょっと階段で転んでしまって」

咄嗟に椿を庇うような形になってしまったが他意はない。

「ち、違います!私が階段で足を踏み外してしまって、それで!それで!」

「あーはいはい。大丈夫。大丈夫。なんとなく分かったから。とりあえず保健室行くよ。歩ける保月くん?」

「はい。大丈夫です」

背中に僅かな熱を感じるくらいで、特に大きな怪我は体感では無さそうだ。しかし、念のためということと、ここで断れば、香坂先生、それに椿はそれを許すまいと無駄に時間を要してしまうだろう。

僕は素直に従い保健室へ向かおうと1人歩きだした。

「え?ちょっ、1人で大丈夫?」

「ええ、問題ないですよ」

「ん~でもな~」

香坂先生は悩む素振りを見せてすぐに解へとたどり着く。

「じゃあ、椿さん。一緒に付き添ってあげて」

「いえ、1人でも」

「念のためよ!念のため!」

僕は香坂先生に圧しきられるようにして、申し訳なさそうに背中を支える椿と共に保健室へと向かう。

「失礼します」

保健室までの道のりは、心配そうに顔を覗き込む椿と何度か目が合いながらも、一言の会話もなかった。

その2人きりの気まずさから逃げるようにして開いた保健室の扉。その先にもいるはずの先生の姿はなかった。

タイミング悪く席を外してしまっていたのだろう。

もともと念のためということで来たわけで、特に体には異変がなかったために帰ることも出来た。

しかし、もともと椿を探していた僕にとっては、この2人きりというシチュエーションは願ったりだった。

僕は身近な椅子に腰をかける。

「私、先生を呼んでくるね」

「あ、ちょっと待って!椿」

そう椿が離れようとしたところで名前を呼んで引き留める。

「え?どうしたの?」

面食らったような表情で踵を返した椿は、僕にある椅子に腰をかけた。

「いや。ずっと探していたんだ。椿と話せるタイミングがないかなって。だから」

「うん」

まず何から言うべきか。準備してきた脳内の台本が一瞬にして真っ白になる。

ああだこうだ考えるのは今は愚策に過ぎない。とりあえず身を任せよう。今、自然にだせる言葉を紡ごう。

そう意を決めて椿の顔を真っ直ぐに見つめる。