ーーーーそれから早2週間の時間が流れていった。
潮騒部に入部した僕は律儀に登校日は毎日部室に顔を出していた。
しかし、潮騒部での活動は、本を読んだり、ゲームをしたり、居眠りしたり、お菓子を食べたり、談笑したりと、ゆるやかな時間だけが支配する空間だった。
自由が生み出したものがこの怠惰で本当にいいのか立浪校長と問いたくなる気持ちと、それでもこの日々に居心地の良さを感じている気持ちが入り交じり、結局流されるがままの日常だ。
「お疲れ様!今日はなんとね!シュークリームを買ってきたよ!!」
そして、律儀に部活を訪れているのは部員だけではない。
今日もまた誰よりも元気よく姿を現したのは、シュークリームの箱を抱えた小さな影、潮騒部の顧問、そして僕らの担任でもある香坂先生。
2週間過ごして知ったのだが、香坂先生は生徒たちから、あっちゃんと慕われており、それを当人は先生の威厳がないと不満を抱えているらしい。
だから僕が香坂先生と呼ぶと大層に喜ばれる。
「あっちゃん先生、お疲れ様です。もしかしてそのシュークリームって、パンプキンのですか!?」
パンプキンとは駅前にある大人気スイーツ店で、特にシュークリームは入手が困難なほどらしい。
そんなパンプキンのシュークリームに目を輝かせ、珍しく前のめりになっているのは椿だった。
「私はコーヒーを用意しますね」
「美琴先輩!私も手伝います!」
「え?じゃあ私も……」
「椿ねぇは座ってて!」
スムーズにコーヒーを淹れはじめる雫と、それを手伝う七海。
これもこの2週間でわかったことなのだが、椿はこういった炊事のようなものを手伝おうとすると、美琴や七海に制される事が多い。
その理由は考えるに容易く、恐らく椿は家事が苦手なのだろう。
思えば、よく美琴や七海はお菓子を作ってきてくれるが椿はまだ無かった。
人には向き不向きがあるものだ。そこについてとやかく考えるのはよそう。
「あ、そうそう。それとね、さっき廊下で会って、言伝てを頼まれたのだけど、鳴神くんは、今日は水泳部に顔を出すから、行けないかもしれないって」
ここ2週間、欠かすことなく全員出席だった潮騒部に初めての欠席者だ。
僕以外の3人はそれが当たり前かのように了承の意を示している。
「水泳部ですか?ナルって、水泳部とかけ持ちだったんですか?」
「あれ?聞いてない?」
「はい」
香坂先生はコホンと咳払いをすると、僕の問いに答えてくれる。
「かけ持ちっていうかね、コーチをしているんだよ。ああ見えて、なんて、教師が言ってはいけないね。鳴神君はね、中学時代はそれはそれは有望な選手だったんだよ。県大会上位は当たり前なくらいにね」
きっと今僕は、鳩が豆鉄砲を喰らったということわざの教材のような顔をしてるかもしれない。
意外と言ってしまえば失礼かもしれないが、あまりにも普段のナルからは想像のできない実績に驚かざるにいられない。
「そんなに凄い選手だったのに、今は水泳部には入ってないんですね。それって………」
「あぁ違うわよ。選手生命に関わる怪我をしたとか、そんな重い話ではないわよ。ナルが水泳を続けない《《理由はね》》」
僕の無粋な想像を正したその美琴の言葉尻に違和感を覚える。
「鳴神君の分は、後で渡してあげてね。じゃあ、コーヒーも淹れてもらえたし、幸せなティータイムと行こうか!」
僕のその違和感を口にする間もなく、生徒よりもはしゃぐ香坂先生の音頭により、コーヒーの香りと苦味、シュークリームの甘さが包むティータイムが始まった。
「うんまい!!」
香坂先生のその弾けた言葉がこの場の全員の代弁となる。
さっくりとしたシュー生地に、カスタードと生クリームの2色の甘さが心地よく口の中一杯に広がる。
1口だけで幸福感が体内を循環していくのを感じる。
なるほど入手困難なほど人気が出ているのは納得だ。
「そうそう。保月君。早くも2週間が経ったけど、生活にはもうなれた?」
あっという間にシュークリームを胃に流し込んだ香坂先生が、僕に気遣いを向けてくる。
「はい。お陰さまで。クラスにも、徐々にですが打ち解けていますし、この潮騒部のメンバーに関しては、一緒に帰ってくれたり、こうして活動したり、よく気遣ってもらってますよ」
その僕の言葉に首を小さく横に振ったのが椿だった。
「そんな言い方は嫌かな。気遣ってもらってるだなんて。私たちはお友達として接しているだけ、そこに変な気遣いなんてないよ」
ああそうだ。ここ2週間ずっとそうだった。この潮騒部のメンバーに関しては、他のクラスメイトとは違う、妙な親近感みたいなものがあった。
気遣いなんて他人行儀な言葉で括ってはいけない優しさや温かさも。
「そう。うまくやっているようで安心したよ」
そんな椿とのやり取りからそう読み取った香坂先生は、安堵の笑みを浮かべティーカップに口をつける。
「ニガッ!!」
そしてすぐにカップを遠ざけると、砂糖をと粉末クリームをスプーン2杯分投入する。
シュークリームに惑わされ、砂糖とクリームを入れ忘れていたのだろう。
多分こういつ天然系な所が生徒から慕われるひとつの理由なのだと思う。
潮騒部に入部した僕は律儀に登校日は毎日部室に顔を出していた。
しかし、潮騒部での活動は、本を読んだり、ゲームをしたり、居眠りしたり、お菓子を食べたり、談笑したりと、ゆるやかな時間だけが支配する空間だった。
自由が生み出したものがこの怠惰で本当にいいのか立浪校長と問いたくなる気持ちと、それでもこの日々に居心地の良さを感じている気持ちが入り交じり、結局流されるがままの日常だ。
「お疲れ様!今日はなんとね!シュークリームを買ってきたよ!!」
そして、律儀に部活を訪れているのは部員だけではない。
今日もまた誰よりも元気よく姿を現したのは、シュークリームの箱を抱えた小さな影、潮騒部の顧問、そして僕らの担任でもある香坂先生。
2週間過ごして知ったのだが、香坂先生は生徒たちから、あっちゃんと慕われており、それを当人は先生の威厳がないと不満を抱えているらしい。
だから僕が香坂先生と呼ぶと大層に喜ばれる。
「あっちゃん先生、お疲れ様です。もしかしてそのシュークリームって、パンプキンのですか!?」
パンプキンとは駅前にある大人気スイーツ店で、特にシュークリームは入手が困難なほどらしい。
そんなパンプキンのシュークリームに目を輝かせ、珍しく前のめりになっているのは椿だった。
「私はコーヒーを用意しますね」
「美琴先輩!私も手伝います!」
「え?じゃあ私も……」
「椿ねぇは座ってて!」
スムーズにコーヒーを淹れはじめる雫と、それを手伝う七海。
これもこの2週間でわかったことなのだが、椿はこういった炊事のようなものを手伝おうとすると、美琴や七海に制される事が多い。
その理由は考えるに容易く、恐らく椿は家事が苦手なのだろう。
思えば、よく美琴や七海はお菓子を作ってきてくれるが椿はまだ無かった。
人には向き不向きがあるものだ。そこについてとやかく考えるのはよそう。
「あ、そうそう。それとね、さっき廊下で会って、言伝てを頼まれたのだけど、鳴神くんは、今日は水泳部に顔を出すから、行けないかもしれないって」
ここ2週間、欠かすことなく全員出席だった潮騒部に初めての欠席者だ。
僕以外の3人はそれが当たり前かのように了承の意を示している。
「水泳部ですか?ナルって、水泳部とかけ持ちだったんですか?」
「あれ?聞いてない?」
「はい」
香坂先生はコホンと咳払いをすると、僕の問いに答えてくれる。
「かけ持ちっていうかね、コーチをしているんだよ。ああ見えて、なんて、教師が言ってはいけないね。鳴神君はね、中学時代はそれはそれは有望な選手だったんだよ。県大会上位は当たり前なくらいにね」
きっと今僕は、鳩が豆鉄砲を喰らったということわざの教材のような顔をしてるかもしれない。
意外と言ってしまえば失礼かもしれないが、あまりにも普段のナルからは想像のできない実績に驚かざるにいられない。
「そんなに凄い選手だったのに、今は水泳部には入ってないんですね。それって………」
「あぁ違うわよ。選手生命に関わる怪我をしたとか、そんな重い話ではないわよ。ナルが水泳を続けない《《理由はね》》」
僕の無粋な想像を正したその美琴の言葉尻に違和感を覚える。
「鳴神君の分は、後で渡してあげてね。じゃあ、コーヒーも淹れてもらえたし、幸せなティータイムと行こうか!」
僕のその違和感を口にする間もなく、生徒よりもはしゃぐ香坂先生の音頭により、コーヒーの香りと苦味、シュークリームの甘さが包むティータイムが始まった。
「うんまい!!」
香坂先生のその弾けた言葉がこの場の全員の代弁となる。
さっくりとしたシュー生地に、カスタードと生クリームの2色の甘さが心地よく口の中一杯に広がる。
1口だけで幸福感が体内を循環していくのを感じる。
なるほど入手困難なほど人気が出ているのは納得だ。
「そうそう。保月君。早くも2週間が経ったけど、生活にはもうなれた?」
あっという間にシュークリームを胃に流し込んだ香坂先生が、僕に気遣いを向けてくる。
「はい。お陰さまで。クラスにも、徐々にですが打ち解けていますし、この潮騒部のメンバーに関しては、一緒に帰ってくれたり、こうして活動したり、よく気遣ってもらってますよ」
その僕の言葉に首を小さく横に振ったのが椿だった。
「そんな言い方は嫌かな。気遣ってもらってるだなんて。私たちはお友達として接しているだけ、そこに変な気遣いなんてないよ」
ああそうだ。ここ2週間ずっとそうだった。この潮騒部のメンバーに関しては、他のクラスメイトとは違う、妙な親近感みたいなものがあった。
気遣いなんて他人行儀な言葉で括ってはいけない優しさや温かさも。
「そう。うまくやっているようで安心したよ」
そんな椿とのやり取りからそう読み取った香坂先生は、安堵の笑みを浮かべティーカップに口をつける。
「ニガッ!!」
そしてすぐにカップを遠ざけると、砂糖をと粉末クリームをスプーン2杯分投入する。
シュークリームに惑わされ、砂糖とクリームを入れ忘れていたのだろう。
多分こういつ天然系な所が生徒から慕われるひとつの理由なのだと思う。