時は流れて、九月になった。明日は会社で年に一度の総会が行われる。大規模な人事異動や社則の改定などは毎年このタイミングで発表される。
 今日は日曜日なので朝美と僕はデートをしていた。
「昨日ね、うちの犬の誕生日パーティーやったの」
「ああ、キャラメルちゃんの」
「あれ、私あの子の名前言ったっけ」
 しまった、と思った。慌ててごまかした。
「言ってたよ。うん、言ってたよ」
「そっか。キャラメル、うちに来てちょうど1年なんだ」
「え、キャラメルちゃんって昔の朝美と写真に映ってたあの子じゃないの……?」
 僕は激しく混乱した。
「ああ、あの子はキャンディー。小さい頃からずっと一緒だったんだけどね、一昨年天国に行っちゃったの。それで、去年たまたま公園に捨てられてたキャラメルをお迎えしたの。本当にキャンディーそっくりで生まれ変わって帰ってきてくれたのかなって思ったの」
 懐かしそう、愛おしそうに、「キャラメル」ではなく「キャンディー」の話をした。
「どの写真だっけ? 私が送ったキャンディーの写真」
 僕は恐る恐る画像一覧を遡った。そこには赤いランドセルを背負いボーイッシュな格好をした朝美がいた。朝美の髪はいつ見ても短かった。あーちゃんにそっくりな顔立ちにばかり目が行って気づかなかった。
「私、朝寝坊だからおしゃれする時間なくて適当な格好ばっかりしてたんだよね。あの頃」
 僕のスマホの画面を見ながら、朝美は八重歯を見せて笑った。あーちゃんは八重歯ではないし、髪が長くて、薄紫のランドセルを背負っている。あーちゃんは僕が知らないアニメの傘をさしている。あーちゃんの犬の名前はキャラメル。あーちゃんは昔の朝美ではない。
 その日はもやもやとした感情のまま家に帰った。明日は全社総会だというのに、眠れなかった。頭の中であーちゃんと出会ってからのことをすべて反芻した。
 そもそもタイムトラベルなんて仮定がおかしかったのだ。そんなことが現実に起こりうるはずがない。
 タイムトラベルの実現なんて、とんだ夢物語だが、朝美が夢いっぱいに語るものだから、僕までそれが現実になればいいと柄にもなく願ってしまった。僕はあの時、タイムトラベルが実現したら、僕が生まれる少し前の世界を見て見たいと心の底から思っていた。たとえば、両親の若い頃を覗き見したいと言ったら父に怒られるだろうか。いや、昔の両親に会う前に今の両親に会えという話だが。
 ここまで考えて、僕はあることに気づいた。朝美もあーちゃんも「キャラメル」という犬を飼っている。

――子供ができたら葵って名前にしたいの。
――だってパパが早起きだから。

 あーちゃんは朝美と僕の娘だ。