翌日も少女はエントランスの前で挨拶をしてきた。
「おはよう」
昨日とは違う淡いパステルカラーのワンピースもとてもよく似合っていた。
「おはよう」
僕は一呼吸置いた後、昨日より大きな声で少女に挨拶を返した。少女は整った歯並びの綺麗な白い歯を見せてニカッと笑った。
次の日、僕は少しだけ寝坊をして家を出るのが普段より十分遅れた。接待の飲み会がだいぶ遅くまであったせいだろう。小走りでエントランスを出ると昨日、一昨日とは違う時間なのに少女がいた。
「おはよう」
急いではいたが、ここは大人として人として
「おはよう」
を少女に返したあと、走って駅に向かった。
「がんばってねー」
後ろから少女の声が聞こえた。チアガールからの応援は素直に嬉しかった。
また次の日。前日の反省を生かしてアラームの時刻を十分前倒しにして、スヌーズを十分刻みから五分刻みにした。同じ失敗はしない。いつもより十五分早く家を出ることができた。
「おはよう」
なぜか少女はいつ家を出ても出くわすようだ。時間的余裕のあった僕は「おはよう」と少女の目を見て手を振っていった。四日目の朝にして、少女は僕に話しかけてきた。
「ねえ、お仕事楽しい?」
今週は仕事に行くのがあまり億劫でない自分に気づいた。忙しい日々に心をなくしかけて、忘れていたけれども、広告の仕事は高校生のころからの夢だった。夢のために、一面の畑ばかりの田舎から上京した。畦道で安い自転車を漕いでいたあの日の僕に、少しは誇れる自分になっていると思う。贅沢を言えば、もう少し労働環境がよくなればベストだけれど。お盆に実家に帰れる余裕くらいほしいものだけど。そういえば、母からまたLINEが来ていた。
「楽しいよ」
「そっか。よかった」
一昨日と同じ笑顔で、少女は手を振った。
五日目、金曜日の朝、僕はいつもより一時間早く起きた。今夜は久々に朝美とデートだから、早く仕事を終わらせるために早朝出社をする。さすがにこの時間帯に少女はいないと思っていたけれど、なぜか今日も少女は春風のように現れて言うのだ。
「おはよう」
「おはよう。早起きだね」
「だってパパが早起きだから。いつもパパが髪の毛結んでくれるの」
「そうなんだね。よく似合っているよ」
名前も知らない通りすがりの少女に「可愛い」なんて不審者扱いされないだろうか、と言った後に不安になった。けれど、少女は嬉しそうに「ありがとう」と大事そうに髪の毛を触った。
「ねえ、毎日楽しい?」
「ああ、とっても。今日は好きな女の子とお食事に行くんだよ」
少女は嬉しそうに拍手をした。
「いいねえ。『愛してる』の?」
少し気恥ずかしいけれど否定したくはなかった。かといって、話題をそらすにしても、「君は好きな男の子はいないの?」なんて聞いてしまったらそれこそセクハラになってしまう。
「君は毎日楽しい?」
「うん。パパもママも、キャラメルも学校のお友達も大好き」
お菓子とお友達、順番逆じゃない? と思いながらも、ぼかして聞いた適当な話題に対する純粋な答えになんだか心が温かくなった。
かくいう僕も彼女くらいの年の頃は、キャラメルが大好きで、友達と同じくらいの優先度で好きだったような気がする。
「昨日は友達とドロケイしてね、四人も捕まえたんだよ。だから警察が勝ったの」
彼女は得意げに話した。もう少し彼女と話していたかったが、二日連続で遅刻したら上司に何と言われるか想像するだけで恐ろしい。
「ごめんね、僕もう行かなきゃ。今日もドロケイ頑張ってね」
名残惜しさを抑えて彼女に手を振ると、彼女も小さな手を振り返してくれた。
「いってらっしゃい」
「おはよう」
昨日とは違う淡いパステルカラーのワンピースもとてもよく似合っていた。
「おはよう」
僕は一呼吸置いた後、昨日より大きな声で少女に挨拶を返した。少女は整った歯並びの綺麗な白い歯を見せてニカッと笑った。
次の日、僕は少しだけ寝坊をして家を出るのが普段より十分遅れた。接待の飲み会がだいぶ遅くまであったせいだろう。小走りでエントランスを出ると昨日、一昨日とは違う時間なのに少女がいた。
「おはよう」
急いではいたが、ここは大人として人として
「おはよう」
を少女に返したあと、走って駅に向かった。
「がんばってねー」
後ろから少女の声が聞こえた。チアガールからの応援は素直に嬉しかった。
また次の日。前日の反省を生かしてアラームの時刻を十分前倒しにして、スヌーズを十分刻みから五分刻みにした。同じ失敗はしない。いつもより十五分早く家を出ることができた。
「おはよう」
なぜか少女はいつ家を出ても出くわすようだ。時間的余裕のあった僕は「おはよう」と少女の目を見て手を振っていった。四日目の朝にして、少女は僕に話しかけてきた。
「ねえ、お仕事楽しい?」
今週は仕事に行くのがあまり億劫でない自分に気づいた。忙しい日々に心をなくしかけて、忘れていたけれども、広告の仕事は高校生のころからの夢だった。夢のために、一面の畑ばかりの田舎から上京した。畦道で安い自転車を漕いでいたあの日の僕に、少しは誇れる自分になっていると思う。贅沢を言えば、もう少し労働環境がよくなればベストだけれど。お盆に実家に帰れる余裕くらいほしいものだけど。そういえば、母からまたLINEが来ていた。
「楽しいよ」
「そっか。よかった」
一昨日と同じ笑顔で、少女は手を振った。
五日目、金曜日の朝、僕はいつもより一時間早く起きた。今夜は久々に朝美とデートだから、早く仕事を終わらせるために早朝出社をする。さすがにこの時間帯に少女はいないと思っていたけれど、なぜか今日も少女は春風のように現れて言うのだ。
「おはよう」
「おはよう。早起きだね」
「だってパパが早起きだから。いつもパパが髪の毛結んでくれるの」
「そうなんだね。よく似合っているよ」
名前も知らない通りすがりの少女に「可愛い」なんて不審者扱いされないだろうか、と言った後に不安になった。けれど、少女は嬉しそうに「ありがとう」と大事そうに髪の毛を触った。
「ねえ、毎日楽しい?」
「ああ、とっても。今日は好きな女の子とお食事に行くんだよ」
少女は嬉しそうに拍手をした。
「いいねえ。『愛してる』の?」
少し気恥ずかしいけれど否定したくはなかった。かといって、話題をそらすにしても、「君は好きな男の子はいないの?」なんて聞いてしまったらそれこそセクハラになってしまう。
「君は毎日楽しい?」
「うん。パパもママも、キャラメルも学校のお友達も大好き」
お菓子とお友達、順番逆じゃない? と思いながらも、ぼかして聞いた適当な話題に対する純粋な答えになんだか心が温かくなった。
かくいう僕も彼女くらいの年の頃は、キャラメルが大好きで、友達と同じくらいの優先度で好きだったような気がする。
「昨日は友達とドロケイしてね、四人も捕まえたんだよ。だから警察が勝ったの」
彼女は得意げに話した。もう少し彼女と話していたかったが、二日連続で遅刻したら上司に何と言われるか想像するだけで恐ろしい。
「ごめんね、僕もう行かなきゃ。今日もドロケイ頑張ってね」
名残惜しさを抑えて彼女に手を振ると、彼女も小さな手を振り返してくれた。
「いってらっしゃい」