「俺のことは気にすんな。舞弥が今大変な感じだからな。それに、またあそこに連れて行ってくれるだろう?」

「え?」

舞弥が目だけで上を向くと、玉はにぱっとしていた。

「舞弥の友達がいて、壱が仕事の場所にするとこだろ? 俺はまた先輩たちと遊びたいし、また行きたいと思うぞ」

「……うん、連れて行くことは問題ないよ……ただ……」

「ただ?」

また、舞弥の空気がずーんと沈んだ。

「……壱に合わせる顔がない……!」

「そんくらい、壱の方がどうにかすんじゃね?」

「そうだぞ、舞弥。急に走り去るからびっくりした」

声とともに白いたぬき姿の壱が姿を見せたので舞弥は仰天した。

「……ぎゃーっ! い、壱っ!?」

「なんでたぬきで来たんだ、お前」

「人の姿だと舞弥が恥ずかしがると思って」

「たぬきの姿でも相当恥ずかしがってんぞ。荒療治過ぎるわ」

たぬき姿で現れた壱ですら見られない舞弥は、玉から手を離して自分の目を覆った。

玉は器用に舞弥の頭の上で伸びている。

「お前の呪いを解く条件って、まじなわけ?」

玉も初耳のそれは、つまり二人の間ではどこかで口づけがあったわけだ。

にやにやすべきかきゃーと恥ずかしがるべきか迷う玉。

「まじだ。舞弥、少し古い話になってしまうんだが、聞いてほしい。今から千五百年くらい前の話なんだが」

「少しのふり幅えげつねえな」

玉にも舞弥にも考えの及ばない『少し』だったが、壱は神妙な様子で話し出した。

「……舞弥に言うのは気が引けるが、俺は女性に興味を持たないタイプだった。だが、あやかし七翁のひとつということで、寄って来るものたちがいた。けれどほとんと無視してしまっていて……そのひとりに恨まれて、その者から依頼されたあやかしに呪われてこの姿になった。解呪(かいじゅ)は『心から愛する人の口づけ』という縛りを受けて。俺の周りにいた女性たちは、自分なら解けるとやってきたんだが……おそらく解呪の条件には、双方の感情がないといけなかったのだと思う。俺は誰も特別に思っていなくて、今まで解けないままでいたんだ」