僕はお父さんと顔を向き合わせた。確かに、電話の呼び出し音が微かに洩れ聞こえてくる。ニュースや電話という単語を聞いて、頭の中で何かが繋がりそうな予感がした。その時、いつがしかの夕方に見た、テレビのニュースの内容が素早く頭を駆け巡った。身体中が焦燥感に包まれる。
 『この病気について、どうやら複数人の誘拐犯が無差別に誰かを誘拐し、この病気をなんらかの形で発症させている可能性が高い、ということが判明いたしました』
――病気。誘拐。
 『きっと、物好きな奴らが実験としてこの病気を流行らせているのだろうね。いやーほんとくだらないよ。その頭脳をもっと別のことに使ったらいいのに。いや、そんなことよりもうちの息子がね』
――実験。有名な政治家の意見。
……宏太は、散歩している途中に、誘拐されたのではないか?
――さっきから、鳴り止まない電話。
……お父さんが、今もずっと掛けている電話ではないか?
 恐怖で身体が立ち竦んでしまいそうになるが、お父さんがアパートの階段に全速力で駆けて行ったのを見て、僕もすかさず後ろをついて行った。

 「おい、お前ら! 何やってるんだ!」
ドアには鍵が掛かっているのか、お父さんがドアノブをいじくってみても、ドアがカタカタと揺れるだけだ。
 『やばい、誰か来ましたよ!』
 『鍵掛けておいたんだから、大丈夫だろう』
 『んもう、さすがですねー、先輩!』
 お父さんのこめかみから流れた汗が、地面を濡らす。
 「ふざけんじゃ、ねえぞ!」