「そう、珍しい。宏太は普段、他人に自分の悩みを打ち明けたりしないからな。だから俺は、『どうしたんだ?』って聞いたんだけど」
 「うん」
 「宏太は『やっぱ、いいや』なんて言うからさ、俺もしつこく聞くのはどうかと思って、それで、その話は終わっちゃったんだ」
 「じゃあ結局、宏太は相談できなかったってことか」
 「まあ、そういうことになるな。けれど、何か、宏太なりに切迫した状況だったってことは理解できた。だから心配だったんだ」
 きっと宏太は、漢字練習帳の下品な落書き以外にも、前から何かしらの嫌がらせを受けていたのだろう。けれど、今までそのことを僕たちに告げてこなかった。
 「どうしたらいいんだろう」
 「まあ、人生、学校がすべてじゃないってことは、俺が今まで生きてきて分かったことの一つだ。もし宏太が学校に行きたくないのなら、しばらく休ませてあげればいい。学校には、俺が明日言っておくよ」
 「ありがとう。本当は僕が助けようと思ったんだけど、どうしたらいいか分からなかったから」
 「いいんだよ。むしろ、たまには俺が、助けてあげたい」
 『いやー、本当に怖いよね。私もこの病気に毎日ビクビク怯えていますよ。いや、そんなことよりもうちの息子がね』
 テレビのニュースでは、出演している有名な政治家が、慣れた様子で自分の意見を吐露していた。
 「何だこの、血縁忘却症って」