「宏太、いじめられてんのか?」
 「うん……」
 金曜日の帰り際、学校の廊下で偶然行き合った小学三年生の弟、宏太が、泣きながら駆け寄ってきたため、和弥はとても困惑した。その後、どこに向けたらいいのか分からない怒りが身体中を埋め尽くした。
 「何、されたんだ? 話せるか?」
 「うん……。ぼくの漢字練習帳にね……」
 そう言うと、宏太は背負っていたランドセルを下ろし、中からくしゃくしゃになった漢字練習帳を取り出した。
 「これ、クラスメイトに、やられたの?」
 「分かんないけど、多分、そう。中、見て……」
 漢字練習帳を開いてみると、ところどころのページに、『死ね』や『消えろ』などの端的な悪口が、太いマッキーで、意外と整った字で書かれていた。
 「何だよ、これ」
 中を見ないようにさっきまで目を瞑っていた宏太が、目を開けた。僕が開いた『学校に来んな』のページを見てしまったのか、さらに大きな声で泣き叫び、僕に抱きついてきた。
 「ぼく、多分、みんなに嫌われているんだ。勉強もあまりできないし、足も遅いから」
 涙で輪郭を失った言葉を懸命に繋ぎながら、宏太が言う。 
 「なんで、勉強ができないと、嫌われるんだ?」
 「分かんない。ぼくだって、頑張ってるのに……」
 「よし、宏太。もう大丈夫だ。お兄ちゃんが何とかしてやる。僕たちには合言葉がある、そうだろ?」