憧れの生徒会といっても、私の主な仕事は雑務だ。
行事がある時なんかは生徒会主導で色々行われて目立つけれど、普段華やかなことはほとんどない。『ハナロマ』での生徒会活動は行事がある時に恋愛イベントが起きたけど、それ以外はコマンドで選ぶだけのもので実体は謎だった。現実は地味な作業を繰り返すだけだ。
ほとんどをレオ様とゲイティス様が担当しているので、私には書記と会計のような仕事が回される。
今日はアスカム様と入学パーティーの費用の会計報告書類を作っている。
アスカム様はゲームの中では、いつも女生徒たちと遊んでいる印象が強かったけれどわりと真面目で現実的な方だ。
「本当は面倒だけど生徒会活動は今後の地位にも関係するからね」なんて言っている。
卒業後は領地に帰ってライリーと過ごせればいい私にとって生徒会はタダ働きなだけだ。でも週に数回のこの活動によってハリディ家が少しでも認められたらいいか、の気持ちでやっている。
「みなさん、こんにちは」
レオ様と一緒にアンバー様が現れた。後ろにはアンバー様の付き人がいてスイーツや紅茶が載ったワゴンを押している。
「アンバー、ありがとう」
レオ様が優しく微笑みかける。アンバー様も微笑みを返すとレオ様の机の近くのソファに腰掛けた。
アンバー様の付き人が空いている机にスイーツを並べ始める。
最近、お茶会に誘われなくなったけれど、アンバー様はこうして生徒会によく差し入れをくれる。早く業務を終わらせてあのクッキーを食べたいと思っていると
「……最近あの人来るの多くない?」
手伝ってくれず、寝ているとばかり思っていたエズラ様が言った。
そう言われてみるとそうだ。ほとんど毎回のようにアンバー様は集まりに顔を出す。
ちらりとアンバー様を見ると、レオ様と何か話しながら優雅に紅茶を飲んでいる。
「最近どうしたんだろうね」
アスカム様も小さな声で首を傾げた。
「今までも生徒会室にいらしてたんじゃないんですか?」
「レオと約束がある前には寄ったりもしたけど、こんな風に滞在することはなかったかなあ」
「僕甘い匂い嫌いなんだよね、帰る」
エズラ様は不機嫌な顔を隠さずに立ち上がり、生徒会室を出ていてしまった。
「全くエズラはマイペースだなあ。まああいつは何にも仕事してないけどね」
苦笑しながらアスカム様がエズラ様が去ったドアを見る。
「さっさと終わらせて美味しいもの食べましょう!」
私は明るい声を出して、書類に向かった。
・・
アンバー様と過ごす時間は自然と増えた。
生徒会室にはよくいらっしゃるし、何かと理由をつけて私とランチやお茶をしたがった。通りすがりに出会った時も話しかけられる。――いや、私の姿を探しているのかもしれない。広い学園内で、毎日何度も会うのは偶然にしてはおかしい。
アンバー様に見張られているようで息が詰まる。
ライリーとも会う時間が減ってしまった。アンバー様にライリーの存在を知られたくなくて、小屋に行くのが憚られるから。
そっとしておいて欲しいと言ったのに。
どうして放っておいてくれないのだろうか。
そんなに四六時中見張らなくても、私はレオ様を盗るつもりなんて全くない。
・・
「ガーネット嬢の出入り禁止を殿下にお願いしましょう」
それから一月ほど経った頃、ゲイティス様が言った。
今日はレオ様がいない。アンバー様とご両親との食事会なのだそうだ。
「賛成〜。今日は息ができるよ」
エズラ様がほっとしたように息を吐いた。
あれからも生徒会で集まるたびにアンバー様は訪れた。いつも素敵な差し入れをしてくれるし特別に私たちの邪魔をしているわけではないけれど、元々は「生徒会メンバー以外は立ち入り禁止」なのだ。
そこに毎回豪華なお茶の用意をして、アンバー様が入室するのだから他の生徒から疑問の声が上がっていたそうだ。そりゃそうだ。生徒会はただでさえ目立つ。こっちは真面目に仕事をしているのに、優雅にお茶会をしていると思われるのは困る。
エズラ様は前々から甘い匂いが気持ち悪いとゲイティス様に不快さを訴えていて、ゲイティス様も生徒会の印象が悪くなることと、レオ様の仕事のスピードが下がることに悩んでいた。アンバー様がいるとレオ様はどうしても彼女に気を配るからだ。
「ガーネット嬢どうしたんだろうね」
アスカム様も不思議そうな顔をしている。「今まで彼女と親しくなかったのに、なぜかここ最近はよく話しかけられるんだ」
そういえば何度かアスカム様とアンバー様が一緒にいる姿を見た。私との恋の進捗が気になって探っているのかもしれない。
「アスカムに乗り換えようとしてるんじゃない?」
「それはないと思うけど」
「だとしても、彼女の立場上周りの目は気にしなくてはなりません。殿下の婚約者が特定の男性と親密にしているだなんて、殿下の評判に関わりますから」
黙って話を聞いていたアッシャー様も「規則だからな」とだけ言った。
私としても少しでもアンバー様の監視するような瞳から逃れられるならありがたい。特に反対意見も出さず、その場の意見に頷いた。
・・
アンバー様がレオ様と出かけているのなら!と、生徒会の集まりの後。急いでライリーのいる小屋に向かう。
小さな小屋をそっと開けると、ライリーが干し草の上で眠っている。
起こすのも悪いし、隣に寝転んで寝顔を見つめる。久々にゆったりとした時間を過ごせる。
「んっ」
うとうとして目を閉じた瞬間に、ライリーに鼻をつままれた。
「ライリー、起きてたの」
「うん」
ライリーと会うのは三日ぶりだ。嬉しくて私はにやけるけど、ライリーはぶすっとしている。
「全然来なかった」
「ごめんね。アンバー様の目が気になって……」
ライリーは起き上がると、私をじろりと見た。
「そもそもアンバー様はなんでそんなにミアに執着してるわけ?今まで会ったこともなかったんだろ?」
「うん」
「まあそれはいいとして……なんで俺と会ってること、その女にバレたくないの?」
「えっ」
ライリーの瞳は全然笑っていない。怒りのようなものも見える。
「ミアは最近生徒会や公爵令嬢様といるから、俺といるのが恥ずかしい?」
ライリーの冷たい言葉に、私の身体は凍りつく。
最近の私はアンバー様を気にするばかりだった。ライリーと会ってることを知られたくない、が先行しすぎてしまって私は一番大切な人のことを考えられていなかったのか。
でもどうしよう。アンバー様がライリーのことを狙うかもしれない、そんな話をしたって言い訳にしか聞こえない。公爵令嬢で王子の婚約者のアンバー様が平民のライリーを好きになるかもしれないと言ってもおかしなことを言うと笑われるだけだ。
そうだ、おかしくなっていたのだ。私の考えが。
普通に考えたら、アンバー様がライリーを好きになるわけがない。それなのにこうして怯えてしまっているのは、私に菜々香の感情が戻ってしまっているからだ!このままじゃダメだ。
……伝わるだろうか。でも隠したままでは伝わらない。私は意を決してライリーに話すことにした。
「ライリー、あのね。聞いてくれる……?」