アンバー様のお茶会は、アスカム様と一緒に出掛けた。
 別に意図して二人だったわけではない。生徒会の集まりの後のお茶会だったから。
 寡黙なアッシャー様と天才魔法使いのエズラ様はお茶会は欠席されたし、レオ様とクールメガネのゲイティス様は用があり遅れたから。

 アスカム様と温室に入ると、私たちに目線が集まるのを感じる。
 どうせ陰口を叩かれるのだし、私は気にしないようにして「今日こそコンプリートしましょうね」と言って、前回と同じく隅っこのソファに座った。

「ねえあの子のドレス……」
「アスカム様が贈ったのかしら」
「アスカム様のセンスって本当に素敵」

 話し声が聞こえてくる。どうやら彼女たちのドレス審査に合格したようだ!
 アスカム様が選んだものだと勘違いしているからで、平民であるライリーが贈ってくれたドレスとわかれば手のひら返しをするかもしれないけれど。

 でもライリーが褒められた気がして悪い気はしない。それに本当にこのドレスは素敵だ。

 心の中でニンマリしていると
「本当にそのドレス素敵だね、お花ちゃんによく似合ってる」とアスカム様も微笑んでくれた。

「大切な人に贈ってもらったんです」
「彼から?」
「まだ彼ではないですけど」
「好きなんだね」
「はい」

 ライリーのことを思い出すと顔が赤くなってしまう。
 そんな私をアスカム様は「初々しいなあ」とニコニコ見守ってくれるから、ますます恥ずかしくなって私はクッキーを口に放り込んだ。

『ハナロマ』は一途プレイしか出来ない完全個別ルートのゲームだ。一人のルートに入ると、他の攻略対象は良き相談相手になってくれたりあまり登場しなくなる。アスカム様はどのルートでも応援してくれる頼れるお兄さんだったなあ。


「お二人さん、私たちもここに座っていいかな?」
 振り向くとそこにはレオ様とゲイティス様がいた。用事が終わったのだろう。レオ様の微笑みは本当に同じ人間だと思えないほど美しい。

「アンバーは忙しそうだし」
 レオ様が温室の中心を見ると、アンバー様は女生徒に囲まれて話が盛り上がっているようだ。まだこちらには気づいていない。

「今お花ちゃんとスイーツコンプリートチャレンジをしているんだよ」
「この量を、ですか」
 ゲイティス様が眉をひそめるが、レオ様は楽しそうな笑顔を見せる。

「たくさん食べるのはいいことだからね、私も見物させてもらおう」
「殿下はあまり召し上がらないでくださいね」
「お花ちゃん聞いて。レオってこう見えて甘いもの大好きでさ。止めなかったらいつまででも食べているんだよ」
「スタンレー、言わなくていい」

 レオ様は咳払いをしながら顔が赤い。いつも凛としているレオ様がこうして照れている姿は可愛らしい。

「ふふ」

 思わず笑みがこぼれる。
 彼らと恋をするつもりは全くないけど『ハナロマ』をプレイしていたから親近感はある。なんだろう、親の気分かしら?
 三人が話すのを聞くのは楽しくて、つい顔が緩んでしまう。

 私は浮かれて気づいていなかった。アンバー様がこちらをじっと見ていることと、女生徒たちが私を見る目が少し変わっていることを。


 ・・


 翌日のお昼。ライリーと食事をしようと小屋の方に向かっているとファーストクラスの女生徒に声を掛けられた。

「ハリディさん、今からお昼かしら?」

 振り返るとそこには五人程の女生徒がいる。いつか私の水色のドレスをバカにした人たちだ。何か怒られることでもしたのだろうかと身構えていると

「よかったら私たちとランチをしない?」
 と中心にいる女生徒が言った。

 意外な言葉に心底驚いていると「ハリディさんと仲良くしたいのよ」と他の女生徒も続いた。

「ええと、今日は先約があるからごめんなさい」

 アンバー様の差し金かしら。
 断ったら前世のように嫌味をぶつけられるかと不安がよぎったが、彼女たちは嫌な顔をせずに微笑んで「ハリディさんは人気者ですからね」「仕方ないわね」と言うのだ。

「はぁ……」
 戸惑っていると「明日はどうかしら?」だの「今度は私の開催するお茶会にいらして」だの、何やら本当に私と仲良くしようとしているらしい。

 やんわりと断っても「またお声がけさせてもらうわね」と微笑まれてしまうのだから驚きだ。

「ところでハリディさんって、アスカム様とお付き合いされているのかしら?」
「えっ、アスカム様と?」
「ええ。先日のドレス、とても素敵だったわ。あれはアスカム様から贈られたんでしょう」
「えっ?」
「だって、ねえ」
「ええ。だってアスカム様の瞳のドレスだったから」
「アスカム様にそんな独占欲があるとは思わなかったわ」

 何か勘違いをされているようだ。そういえばアスカム様の瞳はグリーンだったか。そんなこと全く気にしていなかった。
 だけどせっかくライリーが贈ってくれたものだ。そんな風に思われたくない。

「違うわ、あれは……」と否定するけれど「照れなくていいのよ」と微笑まれてしまった。

「アンバー様が貴女に声を掛けたとき、はじめは何事かと思ったけど」
「さすがアンバー様よね」
「貴女、生徒会に入るんだもの」
「きっと次の学期からはファーストクラスになるわ」

 私のドレスをあざ笑っていた人たちとは思えない。彼女たちは「またご一緒しましょうね」と去っていったが、私はしばらくぽかんと突っ立っていた。



 ・・


「そりゃそうなるだろ」
 私が買ってきたパンを食べながらライリーは言った。

「公爵家のアンバー様が目をかけていて、生徒会メンバーに選出されて、ファーストクラスのお茶会に参加して、そこで生徒会メンバーと親しくしてたんだろ。そりゃ仲良くしようと思うだろ」
「あんなに私をバカにしていたのに?」
「心の中じゃ今も見下してるかもしれないけどな。まあ客観的に見たら、今のミアとは仲良くしとくべきと思ったんじゃない?」
「それもそうか……」

 ミアと仲良くしたいわけじゃないのだ、上位貴族たちと繋がりが深くなったミアと仲良くしたいだけだ。

「なんだか嬉しくはないわね」
「まあな。めんどいことに巻き込まれてんな」
「うん。それに……」
「それに?」
「せっかくライリーが贈ってくれたドレスなのに」
「あー……まあ言いたいやつには言わせておけば?」

 私の心を一番重くするのはそれなのだけど、ライリーはどうでもよさそうにパンを齧っている。

「誰が何と言おうと俺が贈ったドレスなんだから」
「でも、やっぱり瞳の色は特別みたいよ」
「どうしても欲しかったら次はブルー買うけど?」
「ううん!あのドレスはとっても気に入ってるの!」
「ふうん、じゃあいいじゃん」

 ライリーは本当に気にしていなさそうなので、逆に少し不安にもなる。

「嫉妬とかは、ない?」
「嫉妬?」
 ライリーは少し考えてから「ないな」とあっさり答えた。
 こんなことを言うだなんて、めんどくさい女だと思われたかしら。でも少し残念な気持ちになってしまう。ライリーは私のことを幼なじみとしか思っていないのかも、なんて気持ちがしぼんでしまう。

「まあ本当にアスカムってやつが贈ったの着てたら嫌だけど。俺が贈ったの着てるってだけでいいだろ?優越感ってやつ」

 ライリーは少し笑いながらサラリと言った。
 今、なんて言った?一瞬で顔に熱が集まるのを感じる。私の顔を覗き込んで、ライリーはドレスを選んだときのように満足気な顔をしている。

「またドレスが必要になったら俺が買うから。他のやつから贈ってもらうなよ」
「うん。絶対ライリー以外からはもらわない」
「それならいいよ」

 もうライリーの顔を確認するのは恥ずかしくて、私もパンを齧った。