「ライリー!」
「ん、お疲れ」
「はあ、本当に疲れた。私にはああいう場所は似合わないわ」

 庭園の隅にある小さな小屋で、干し草に寝転んで私を迎えてくれたのはライリー。ふわふわとした栗毛に草が少しついている。私の領地に住んでいた大切な幼馴染だ。
 ワンルームくらいの大きさで、庭園の手入れに必要なものが無造作に置いてあるだけ。ライリーがどこからか干し草をこっそり運んできてベッドにした。ここはライリーの秘密基地だ。

 ライリーは『ハナロマ』の隠し攻略キャラクター……というか、パラメータが足りなくてベストエンドに行けない時のノーマルエンド用のキャラ。メイン攻略対象と違ってたくさんスチルやイベントがあるわけでもなく、ノーマルエンドにちょっとした恋愛匂わせがある程度だ。

 私は、誰のことも攻略せずにノーマルエンドを迎えたい。

 だって、私はライリーのことがずっと好きなのだから。


「ああそうだ、ドレスだった。寝転がれないや。もう満腹で苦しいから寝転びたいよ」
「ずっと食ってたの?」
「うん、だって美味しいんだもん。……ご飯が美味しいならライリーも行きたかった?」
「いやいい。めんどい」

 本当にめんどくさそうにライリーは答えた。

 ライリーは平民だけど、あまりの魔力の高さに特例でこの学園の入学許可がおりた。本気を出せば生徒会メンバーに入れる気さえするのに、彼はあまりにもやる気がない。
 授業に顔を出さないことも多々あっていつもここで寝転んでいる。そもそも本当は入学許可証が届いてもどうでもよさそうだったところを、私がライリーと一緒がいいと駄々をこねたから来てくれた。

「ほら、これで寝転がれるだろ」
 ライリーはいつのまにか布団まで持ち込んでいたらしい。干し草の上に布団を敷いて私に寝転べと促す。

「これどうしたの?」
「こないだミアの制服がちょっと汚れたから」
「……それで持ってきてくれたの?ありがとう」

 ライリーはぶっきらぼうで思ったことをなんでも口に出すから誤解をされることもあるけれど、本当はすごく優しい。
 さり気なくフォローしてくれるたびに小さな嬉しいが降り積もって、積もった嬉しさに気づいた時にはもう大好きになっていた。

「でもドレスしわになっちゃうからやめとくわ、ごめんね」
「脱げば?」
「脱ぐわけないでしょ」
「裸なんか何回も見てるけど」
「何歳の時の話よ」

 私がふざけて睨むとライリーは笑ってくれるから、私も嬉しくなって笑った。

 本当はライリーと学園生活を楽しく過ごせればそれでよかったのに、ヒロインだと言われて悪役令嬢に絡まれて。本当にうんざりしている。

 ライリーだっていつかの山田さんのように、私の毎日から消えてしまうかもしれない。
 そう思うと、こうしていつも一日のほとんどをここで過ごしているライリーに安心してしまう。ライリーと一緒にいるところをアンバー様にあまり見られないで済むから。

 ライリーを隠して私だけのものにしたくなった、というのは乙女ゲームのヒロインにあるまじき考え方かもしれないけれど。


 ・・


 私の願いは聞き入れられず。またしてもアンバー様にお茶会に誘われた。

「また誘われたわ」
「断れないの?」

 ライリーと二人、干し草に転がって私は招待状を眺めていた。
 せっかくの休日。ライリーとのんびり過ごせると思っていたのに憂鬱な気分だ。

「正式に招待状が来てしまったから。公爵家のお誘いを断れないわ」
「貴族って面倒だな」
「本当に。私がこんなことに巻き込まれるなんて予想もしなかった」

 ため息をつく私を見て、ライリーは思い出したように言った。

「またあの水色のドレスを着てくの?」
「うん、あれしか持っていないから」
「バカにされるんだろ?」
「別にいいわ、私が価値をわかっていればいいの」

 ライリーはちょっと黙ってから起き上がり、干し草からおりると「行くぞ」と言った。

「どこに?」
「ドレス買いに」
「えっ?」
「あのドレスは俺も好きだよ。でも貴族様ってのは何着も持ってるもんなんだろ?」
「それはそうだけど……」

 私の戸惑いを無視して、ライリーが私を引っ張り上げた。

「お金は?」
「金ならある」
「なんで」
「働いてるから」
「時々どこかに出かけてると思ったら働いてたの!?」
「うん」

 ライリーは涼しい顔で、私の手を繋いだまま小屋から出た。そしてずんずんと歩いていく。学園から出るつもりだ。

「……ねえ仕事って、危ないことに手出してない?」
「ない」
「私に言えること?」
「うん。魔法が必要な人をちょっと手伝ってるだけ」
「それならいいけど」
「学園にも許可もらってるから」

『ハナロマ』でライリーにそんな設定があった記憶はない。でも学園に許可をもらっているなら心配になることはないのだろう。

 それよりもドレスショップに歩いていくライリーについていくことに必死だった。

 ・・


 学園の近くにはドレスショップがある。
 上位貴族は皆お抱えの職人がいてドレスを何着も作るようだけど、セカンドクラスの女生徒はここでドレスを調達することが多いようだ。
 色とりどりのドレスがあって目移りする。既製品ではあるが、ここに置いてあるものもどれも高価でとてもハリディ家が買えるものではない。

 たくさんのドレスに囲まれて困っていると、ドレスショップの店員は色々と紹介してくれる。

「流行りのドレスはこちらです、ああそれから、パートナーの瞳の色のドレスを着るのも流行っているのでこちらのドレスはどうですか?」

 そして、ライリーの瞳の色であるブルーのドレスも持ってきてくれた。パートナーだなんて、と少しドキドキしていると

「うん、これがミアに似合う」

 ライリーは店員のおすすめをスルーして、迷うことなく近くに飾ってあるミントグリーンのドレスを指した。

「店員さんがブルーをおすすめしてくれたけど?」
「え、でもこれがミアに似合うから」
「瞳の色のドレスが流行っているみたいよ」
「ふうん」

 興味なさげにライリーは、ミントグリーンのドレスに目を向ける。
 それは爽やかなドレスだった。ビスチェには細かな花の刺繍が施されていて、柔らかいシフォン生地がふわりと広がっている。初夏の日差しのような明るいドレスだ。

 ライリーは私の返事を待たずに「これを試着で」と店員に伝えると、あっという間にドレス姿になっていた。

「あら、本当によくお似合いですよ」

 店員がニコニコと笑顔を作る。鏡に映る自分はいつもと別人みたい……!自分でもわかる、私に本当によく似合っている。ボリュームのある胸元が私の貧相な胸をカバーしているし、柔らかい色とピンクブロンドの相性は抜群だった。

「お客様は色白で可愛いお顔立ちですから、こういうドレスがとても似合いますね」

 店員の言葉にライリーは満足気に頷いている。こんなに私にぴったりなドレスを、着飾ることにまるで興味がなさそうなライリーが選んでくれたことが嬉しい。

「じゃあこれでお願いします」
「待ってライリー、これ結構なお値段するけど」
「俺稼いでるから」

 一体なんの仕事をしているんだろう……!?
 そんな疑問が浮かんでいる間に、ライリーはさっさとお会計を済ませてしまった。後日届けてくれるということで私たちは手ぶらで元来た道を帰る。

「ライリー本当にありがとう。とっても素敵なドレスで嬉しい」
「……うん」
「大切にするね」

 隣を歩くライリーを見ると「ん」と一言だけ発して、ライリーはそっぽを向いた。耳が赤い、照れているんだわ。
 嬉しいをたくさんくれて、私の心をこんなに温かくするのはライリーだけだ。