アンバー様のお茶会は数日後に開かれた。
学園の温室は、自由にお茶会を開いていいことになっていて上位貴族たちはここで休日を過ごすことが多い。お茶会という名の小さなパーティーで、ここで交流を深めたり、どれだけ素敵なパーティーを開くことが出来るか試される場でもある。
『ハナロマ』の中でも攻略対象たちの好感度をアップするためにお茶会コマンドを何度も選択したっけ。
「ミア来てくれたのね。あら、アスカム様と一緒にいらしたの?」
「ええ。一緒に誘われましたので」
温室のお茶会に参加するのは初めてだ。どう参加していいかもわからなかったところをアスカム様が教えてくれた。
「ガーネット嬢、お誘いありがとう」
アスカム様が笑顔を作り、私も真似して微笑んでみる。周りからヒソヒソ声が聞こえる。
「ねえ。またあのドレスよ」
「ふふ、失礼よ。あのドレスしか持っていないのよ」
「アスカム様といらっしゃるだなんて」
「アスカム様は誰にでもお優しいのよ、セカンドクラスの生徒にも話しかけているのをよく見るわ」
「それにしたってあのドレス……」
周りの声にアンバー様は眉をひそめた。
「ミア、ドレスの相談をしてって言ったのに。いえ、気がまわらなかった私が悪いわね……次回参加してくれる時はプレゼントするわ」
「ありがとうございます」
私は適当に返して、隅っこにあるソファに腰掛けた。どうせ誰にも話しかけられないし目立たないようにしていよう。アスカム様も隣に座った。
「もしよければ僕がドレスを贈ろうか?」
「いいんです、私はこのドレスが気に入っていますから」
「そう?」
私は目の前に置かれているクッキーをお皿に取った。先日とっても美味しかったクッキーだ。クッキー以外にも色とりどりのスイーツが並んでいる。アンバー様に誘われて唯一嬉しい点だ。
「アスカム様、一緒に来てくださってありがとうございます。私はここにいますからお気遣いなくお過ごしください」
「お花ちゃんはどうするの?」
「私はこういった場は苦手ですから。でもせっかくなので、この場にあるスイーツをコンプリートしてみようと思っています」
「いいね、そっちのほうが楽しそうだ。僕にも手伝わせてくれる?」
「ええ、でも私は全種類食べてみたいので一つしかないものはご遠慮くださいね」
アスカム様は「わかったよ」と言って楽しそうに笑った。やっぱりクッキーはとても美味しい。
・・
「今日は来てくれてありがとう」
お腹いっぱいになった私たちの席にアンバー様がやってきた。淡いピンクのドレスがよく似合う。今日もとびきり彼女は美しかった。
「僕も今日は本当に楽しかったよ、こんなにケーキをたくさん食べたのは初めてかも。お花ちゃんはすごいね」
「甘いものが大好きなんです。アンバー様、お誘いありがとうございました」
「そ、そう。お誘いしてよかったわ。次もたくさん用意するから是非来てちょうだいね」
「もちろんだよ」
アンバー様ともお話が出来たし、もう十分でしょう。私は立ち上がった。
「それじゃあそろそろ私はお暇します。本当にありがとうございました」
キラキラのスイーツは数え切れないほどあって、残念ながらコンプリートは断念した。でもまた誘ってもらえるなら次回の楽しみにしておこう。どうせ誰かと交流することもない。
「お花ちゃんが帰るなら僕も帰ろうかな。ガーネット嬢、今日はありがとう」
隣のアスカム様も立ち上がった。
「あら、もう帰ってしまわれるの?ご令嬢たちがアスカム様とお話したがっていたんですのよ」
「アスカム様、私は大丈夫ですから」
「えぇ、僕ももう帰るよ」
とアスカム様は言うけれど、私たちの会話を聞いていたらしいご令嬢たちが何人も押し寄せた。
「私たちアスカム様を待っていましたのよ」
「お話していきましょうよ」
彼の両腕には美しいご令嬢たち。アスカム様は困った顔をしているけれど、彼なら女性を無下にはできないはずだ。
「では私は失礼します」
私が軽く礼をすると、アスカム様も諦めたようにもう一度ソファに座った。
「私はミアを見送ってくるわ」
アンバー様が代わりに立ち上がり、皆に笑顔を向けた。「皆様ごゆっくり」
温室の出口まで到着してもう一度お礼を言うと
「本当にアスカム様にしたのね」とアンバー様は小さな声で言った。
聞こえないふりをして温室の外に出るが、アンバー様もついてくる。うんざりしながら私は振り向いた。
「アンバー様とも他のご令嬢ともライバルにはなりたくないんです」
「それでアスカム様なのね。貴女が一番好きなのはレオ様だし、次に好きそうなのはゲイティス様だと思ったのに。ゲイティス様には婚約者がいるものね」
アンバー様は残念そうな表情を浮かべた。ゲイティス様……ああ、クールメガネさん。確かに素敵な人で、菜々香が好きそうな相手だ。でも、私はミアだから。
「そうですね……」
ミアが乙女ゲームのヒロインな限り、どうしても攻略対象たちと接点がある。
でも私は彼らと恋をするつもりはない。
「お姉ちゃん」
「私のことをまたお姉ちゃんと呼んでくれるのね」
嬉しそうに笑みを浮かべるアンバー様。いや、貴女はいつまでも萌々香で、菜々香の姉のままでいる。
「私は――ミアは穏やかに過ごしたいだけなんです」
「ええ」
「ですから、私のことはそっとしていただけませんか?貴女に話しかけられると目立つのです」
「でもミアも相当目立っているわよ?この世界のヒロインですもの。ファーストクラスにはならなくても、生徒会メンバーになったじゃない。今はまだただの男爵令嬢でも、これから貴女はヒロインになっていくでしょう?」
ああ、そうか。それを恐れているのかこの人は。
私のパラメータが上がって、それに比例して皆の好感度も上がっていくのを。ヒロインの運命力を。
「お姉ちゃん」
私はもう一度伝えることにした。菜々香として最後の言葉だ。
「私は生徒会の方と恋をするつもりはありません。お約束します。ですから安心なさってください。私は田舎の男爵令嬢のままでいいのですから」
アンバー様の瞳が少し揺らぐ。そして端がちらりと燃えるのを感じる。
「安心……ね。生徒会で一緒に過ごせばわからないわ。貴女にそのつもりはなくとも」
話が通じない。いつもどこでも主人公だったお姉ちゃんの弱いところを初めて見た。
あんなにいつも自信満々だったのに。アンバー様はすべてを手に入れている存在なのにどうしてそこまで怯えているんだろう。
「悪役令嬢」と「ヒロイン」の運命を信じているのかしら。
「『ハナロマ』はハーレムエンドもありませんし、股がけプレイもできませんから。レオ様ルートは選びません」
「本当にアスカム様にするの?」
「……そうですね……」
私は濁しつつ頷いた。なんとか納得させないと伝わらない。
菜々香の最後の言葉が伝わってるといいのだけど。私の願いは「そっとしておいてほしい」だけなのだから。
「それでは本当に失礼します」
アンバー様はまだ何か言いたげだったが、私はアスカム様のルートを選んだという嘘をついた気まずさもあり足早にその場を去った。
私はアスカム様を攻略するつもりもない。
私が目指すのはノーマルエンドだけなのだから。
パーティーは思っていた以上に時間がかかった。疲れた、早く癒やされたい。
私は温室から庭園を抜けて、小さな小屋に向かった。